冒険をさせられる
自分のしたいことをすると決めた私だが、わたしは早速迷っていた。
迷っている事とは、誘うのをメールか電話どちらでするかだ。
いきなりメールでするのもどうかと思うし、メールはメールで文字だけなので今考えていることをうまく伝えれるのか自信がない。
どちらにしようか迷うが、皆既月食までの時間もあるため、時間をかけて悩んでいる時間もない。
どちらにしても迷惑をかけるのだから、電話で話した方が事情が話しやすいかもしれないと考えて電話をする。
そして、わたしは電話をする。
出てくれるのか、何か言われないか、そんな事を考えて緊張しながら、コールがなる。
私が電話した相手は私の予想に反して素早く電話に出た。
「こんな時間に電話なんて、何かあったの?」
電話に出た隅風は優しい口調と声で言ってくれる。
そのことに少しだけホッとする。
「夜遅く、電話してごめんなさい。ちょっとお話がしたくて」
私は冷静になって喋る。
「なるほどね。それでどんなお話をする?」
隅風はこちらに聞いてくる。その声からはどこか面白そうにしているのが感じる。
「今日は皆既月食の日だと知ってましたか?」
「知ってるよ。400年ぶりらしいからね。今日、たまたまニュースで見かけた。」
隅風も知っているようだ。
しかしながら、ここからどのように言えば一緒に見ることができなか分からない。
「そうなんですよ。珍しいことなので、見逃さないようにと思って」
取り敢えず、会話を繋げようと適当な事を言ったが、無意識の間にわたしは誘うということから逃げてしまった。
「貴重な機会を見逃さないようにと思って電話で教えてくれたんだね。ありがとう」
私の言葉から、皆既月食を教えるために電話してくれたのだと考えた隅風はお礼を言ってくる。
本当は一緒に見ないかと誘いたいのだが、一度逃げたからか、どんどん違う方向に話が変わっていく。
どうしようどうしようと思う私だが、会話は止まらない。
「調べたけど、皆既月食のピークは1時らしいね。明日、学校がある身としてはきつい時間だよね」
「そ、そうですね」
気にしていた時間についてあちらから言及してきたので、わたしはかなり動揺してしまった。
やっぱり時間帯もあり、誘うのは迷惑そうだ。
勇気を出して電話をしてみたが、相手に迷惑をかけるような事をするなんて出来なかった。
私が諦めようとした時だった。
「時間帯はきついかもしれないけど、もし一緒に見れたら、いい思い出になるかもね」
「えーと、それはどういう意味で」
まさか一緒に見ようと、あちらから言ってくれるとは思っていなかった私は、その真意を聞いてしまう。
すると隅風は思い出すかのように言った。
「いや、少し前に桜木がまたこのような時間を過ごしたいと言っていたのを思い出してね。その時も同じような雰囲気だったから、一緒に見てみたいなと考えただけだよ」
「覚えていてくれたんですね」
数週間前に私が話していた事を覚えいてくれたことに嬉しさを感じる。
「しっかりと覚えてるよ。だけど、今の時間だと桜木に色々と迷惑かけるからできないね」
隅風はそう言って苦笑いして、別の話に移ろうとする。
千載一遇のチャンスが過ぎ去ろうとしている。
隅風が私の言葉をしっかりと覚えて作り出してくれたチャンスが終わってしまう。
一言だ、一言、私が誘えば全てが変わる。
言うんだ、私!
一言言いたいのに、色々なことが私の邪魔をする。
本当に誘っていいのだろうか、迷惑ではないだろうか、もし出掛けて補導にあったら親にも迷惑を掛けてしまう。
行くことに意味はない、自己満足のために他人を迷惑にかけてもいいのか?
それが桜木家として上に立つものとしてやっていいことなのか。
あと少しのところまで来ていた言葉は一歩、また一歩後ろへと戻っていく。
やっぱり無理だ。
私の今までの積み重ねが、自分のしたいと思う事を否定する。
私は諦める。
大丈夫、ここで終わりじゃない。
また、機会を見つければいいだけ。
そう!そうにきまっている。
そうやって別の話題に行こうとした。
「もしかして、何か迷っていることがありますか?」
「!!」
私の考えている事を見抜かれ、私は何の返答もできなかった。
「その反応はどうやら当たりだったかな?」
隅風は安心したように言った。
「どうして分かったんですか?」
「ただの勘だよ」
「勘ですか」
いつも、計画的物事を行うイメージがあるからからは出てくることのない言葉についつい聞き返してしまう。
「そうだよ。ただ、何かに迷っているかもと思ったから聞いただけだよ」
「そんなに分かりやすかったのでしょうか」
今日は自分の考えが読まれることが多く、そんなに分かりやすいのかなと、落ち込む。
「全く分からないよ」
「え!?」
当たり前と言わんばかりに言われて、私はまたもや驚いてしまう。
「僕は凄い人じゃないからね。声だけでは分からないよ」
「なら、どうして迷っているのかと聞けたんですか?」
確証に近いものがあるなら、聞いてみるのも分かるが、何の確証もなくそんなことを聞くには少々の勇気が必要だ。
「簡単だよ。ちょっとした冒険で何かが変わるならするべきでしょ」
「冒険」
「安全な範囲に答えがないなら、冒険をしてみるしかない。僕の考えの一つだよ。」
それを言う声はどこか清々しいと言った感じだ。
「僕は実力がある人じゃないからね、いつだって何かしらのリスクを背負って冒険している。」
変わることがない事実だと言わんばかりに言う。
「どれだけうまく逃げてもいつかは、冒険しないといけない時がある。その冒険の時はいつでも来るわけじゃない。ほんの一瞬しか現れないこともある。」
確かにそうだと思う。
神様は決して優しくはない。
二度も三度もチャンスを与えてはくれない。
「僕は臆病者だから、冒険するのは嫌だけど、それで何か大切なものを失うのも嫌だから、冒険をさせられる時だけは決して見逃さないようにしているだけだよ」
冒険をさせられる時、するのでなく、させられるというあたり隅風の性格を表している。
隅風は最後まで諦めない。
諦めないからこそ、隅風は冒険をさせられると言うのだろう。
積極的にしたいとは思わないが、諦めたくもないから渋々と言った感じでやるのだろう。
そんなふうに考えると困っている隅風を思い浮かべて、少し笑ってしまう。
「話が逸れたね。僕では力になれるか分からないけど、何か悩み事があるならいつでも聞くよ」
申し訳なさそうに言いながらも、しっかりとこちらの考えを尊重する言い方をする。
「大丈夫。今、解決したから」
私は今までになく気楽に言った。
「そうなんだ。それは良かった」
隅風からしては、何が起こったのか分からず、上の空といった感じだ。
「隅風に提案があるんだけどいいかな?」
そんなことに気を使うことなく私は話を進める。
「どうぞ」
「今から会って、一緒に皆既月食を見れないかな?」
わたしは先程まで言えなかったことを、言うことができた。
わたしは冒険をさせられてみるのだ。
こんなにリスクがあって、自分勝手なことはしたくはない。だけど、これを逃したら次はないかもしれない。
だから、わたしは仕方なく冒険をするのだ。
大切なものを失わないためにも。
それに冒険させられるのは私だけではない。
私には迷惑をかけられる友達がいるのだから。
一緒に冒険をさせられよう、隅風くん。
「分かった。一緒に見ようか」
隅風は何かを察したのか、少しだけ疲れたように言った。




