事実は変わらない
住吉視点
駿人の強さを強く実感しながら、警戒を高めた状態で駿人は再びサーブをする。駿人が放ったサーブは先程と同じように、高く奥に向けてのものだった。
そのサーブは先程まではチャンスタイムだと言わんばかりに打ち返せていたものだが、駿人の先程の行動によって、多くの考えが頭の中に出てくる。
このままごり押しで返せば、間違いなく駿人との術中にはまる。だかと言ってどうすればいいのかも分からない。駿人の言葉がハッタリだと考えて、もう一度右方向へとスマッシュをするのか、駿人の言葉の裏をかいて、左方向にスマッシュをするのか、それとも普通に返すのか、無数の選択肢が浮かんでくる。
ダメだダメだ、完全に駿人の言葉に翻弄されかけている。
それが分かったとしても、どうすればいいのか分からない。もし、駿人に攻撃を仕掛けて、完璧に対応されて失点すれば、今度こそ俺たちは駿人の術中に確実にハマるだろう。
その考えは鮎莉も同じなのか、先程は余裕で返せたものも、ギリギリまで打たずに悩む。そして、選んだ選択は、駿人を避けるように奥へと打ち込むこと。少なくとも駿人が何もしなければ、これ以上盤面が悪くなることはないという考えだったが、それが駄目であった。
打たれたシャトルは駿人を避けるために、少し高めに打たれた。それは駿人を避けることに意識されて打たれてものであり、そんな攻撃は桜木にとってはボーナス以外のないものでもない。
桜木は、こちらに来たシャトルに対して、強烈なスマッシュをする。
体力が全快していないのと、今後の試合配分を意識したのか、全力のスマッシュと比べれば弱いが、それでも十分に強い攻撃だった。
それを俺はギリギリで対応する。
「これで二点目」
しかし、打ち返した先にはこちらの行動を予測してなのか、すでに駿人のラケットが待ち構えており、二人が対応出来ない所へと打ち返され、俺たちは二回連続で失点をする。
「しまった」
その言葉しか出てこない。
俺たちは完全に駿人にはめられていた。先程の印象的なプレイと言葉によって、俺たちの注意は駿人にかなり割かれてしまい、その結果桜木への警戒がかなり薄くなり、手痛い反撃を許してしまった。
駿人の術中に嵌らないことを意識し過ぎて逆に嵌ってしまったのだ。
自分たちの失態に動揺している間に、再び駿人は先程と同じように最奥へと高く打ち上げる。あいつ人の心とかないのかよ。一切の容赦なく一番きつい選択をしてくる駿人。
鮎莉は今回のことで駿人に攻撃をすることが危険だと判断したのか、次も駿人が触れないように奥の方に打ち返す。ただし、反撃をされないように強めに打った。しかしながら、それがあだとなった。
強く打ったシャトルはそのままコート外に落ちてしまった。
「これで三点目と」
完全に負のループである。これによって俺たちはさらなる沼り、4点、5点と失点を重ねる。
このままではまずい、何か変えなくてはと思い、鮎莉に指示をする。
指示の内容は最初と同じように全力で打てにする。
それを聞いた駿人は何をするのかなと言った表情を見せながら、一度持っているラケットを一周させた後、再び最奥へと打つ。
それに対して鮎莉はこちらの指示通りに、スマッシュを放つ。駿人は先程と同じように軌道上におり、叩き落とす。
「分かっているなら対処ができる」
どう対処されるか分かっているなら、対処は出来る。俺は万全とは言い難いが比較的に安定した姿勢で打つことができ、先程よりもはるかに強く返すことができた。と言っても桜木なら余裕で対処できるレベルだが、駿人には対応が難しいだろ。
そうして、駿人の反撃に構えようとした瞬間だった。駿人たちは驚きの事をする。
駿人は自分にきたシャトルを避けるように横へ移動し、そこから、桜木が走ってきて強烈なプッシュを打ってくる。
予想外の反撃に対応ができず、またもや失点する。
この行動には後ろ鮎莉も口を開けて驚く。
「本当にうまくいきましたね!」
「だろ!」
曲芸に近いことをした、当の本人たちは喜び合っている。
こっちからしたら何が何だかよく分からない状況だ。普通にやれば、罠にはまるし、それを回避しても桜木でダメ。なら、再び真正面からの勝負をしたら、先程みたいな有り得ないプレイをされる。
もはやなんでもありっといった感じだ。三度も反撃を完全に防がれ、完全に流れは駿人チームなった。幸いだったのが、駿人がたまにミスをして、こちらにも得点が入ることだった。
そして、現在は14対7でこちらが7点差で負けている。点数自体は先程よりマシかも知れないが、状況的には先程よりも絶望である。
なぜなら、相手チームの流れを止める手段を見つけられていないからだ。点自体も駿人のミスのお陰であり、こちらが攻略の糸口を掴めていない。さらには、駿人に先程の桜木のような油断は一切ない。
こちらが、反撃を試みてもすぐさま防ぐ。控えめに言って詰みである。
こうしている間にも着々と点差は開いていく。
このまま負けるのか、手も足も出ずに負けていくのか。それは許せなかった。何も出来ずに負けることだけはどうしてもできなかった。
抗ってやる、それが俺だ。だからといって、どうするべきか分からない。そんな時だった、ふと思い出したことがあった。
昔、同じような状況に陥った時にどうするか駿人に聞いたことがあった。その時に駿人はどう答えたか一生懸命思い出す。
「大切なのはどうしてこうなっているかを知ることだ。住吉に分かりやすいように君の特技が封じられた時を想定しよう。住吉が封殺されている場合に想定出来る原因は大きく分けて3つだ。一つは根本的に実力差が開きすぎている。これは諦めるしかない。二つ目は相性の問題。その時は実力自体は拮抗している訳だから、不意打ちに賭けるもよし、上手く立ち回って自分の特技も封じられることになるが、相手も封じられたら、五分五分の勝負へと持ち込める。後は粘り勝つだけ。」
最初のパターンには当てはまらない。実力自体はこちらの方が上だ。
次の相性に関しても確かに手のひらに踊らされているが、それは相手の策略が上手いだけであり、相性は関係ないように思う。
「最後に、封殺されていると勘違いさせて、誤魔化しているパターンだ。この場合は気付くかどうかが大切になってくる。何しろ、君の特技を封殺されていると誤魔化す相手だ。相当のやり手だ。だが、気付いてしまったら一番やり易い。自分の特技を信じて戦うだけ。それだけでいい。なぜなら、相手は完全に対応できるわけではないのだから。」
特技が封じられていると誤解させる。その考えを元に今までのプレイを思い返す。そして、だんだん今回の駿人が仕掛けた策略が見え始める。冷静に振り返ったからこそ、巧妙に隠された事実が浮かび始める。
まず、失点されている時はどういった状況であったか。
それは全て甘い返しをしたときだった。
ではどうしてそうなっているのか。
それはどうすれば分からず取り敢えず反撃が出来ない程度の中途半端な攻撃をして、徐々に追い詰められたから。
どうして中途半端な攻撃をすることになったか。
それは鮎莉の全力攻撃とそれのカウンターの守られたからだ。
では、それは通用しないと言えるのか。
通用しないとは言えない。
そう、どちらもかなりインパクトが強いやられ方をしたので、通用しないと思い込んでしまったが、しっかり思い返せば、根本的にこちらの全力を受けたことは駿人は一度もなく、それどころか、そこそこ鋭い攻撃ですら、返すのが精一杯と言った感じでそこだけ普段よりもラリーが長く続いている。
それは、こちらを誘導出来るような打ち方が出来なかったから。
そこまで考え付けば、周囲を覆っていた煙が消えていくのを感じる。
そして、今までの行動の全てに辻褄があっていく。
根本的に、駿人はこちらの全力を打たせないように接近戦を強要する位置にいる。後ろの方に桜木を配置することで後ろの心配をせずに、前の事だけ集中出来るようにする。そうすれば、こちらに全力の一撃を打たせないように立ち回ることは可能だ。
それだけではない、所々で種明かしをするのも、このことから目を逸らすほかに、こちらが自暴自棄になって、スマッシュを打たせないようにすること。接近戦での全力はもし返されたら隙が大きくほぼ、間違いなく失点をする。
駿人の策略をしって、本当に恐ろしいと思う。最初の手からどれだけの罠を仕掛けていることやら、俺たちは気が付けば周囲全てが罠だらけになっていたと言うことだ。
だが、それに気が付くことができた。そのことに一筋の光が見えてくる。
後はこの罠だらけの所からの突破方法だが、それは駿人が教えてくれている。自分の特技を信じる事。
駿人、ありがとう。駿人のお陰で勝てる!
俺は心の中でそうつぶやく。これをもし駿人が聞いたのであれば、「ふざけるな!」と怒っているだろう。
しかしながら、勝利の女神はこちらに微笑んだ。
反撃開始だ。




