娘の成長と変化
想定以上にすんなりと認めたお母さんに私は驚きを隠しきれなかった。正直、反対されると思っていた。
お母さんはこちらの目をしっかり見つめ言った。
「葵、あの言葉に嘘偽りはありませんね?」
「はい」
決して力強い声ではなかったのだが、女同士だからこそ伝わる強い圧を感じる。
それに私はただ肯定することしかできなかった。
「ならば、葵のしたいことをさせて見てもいいと思います。」
「綾子もそう言うことらしい。安里、この資料のスケジュールについて本当に問題ないかを調べて、改善したらそれ通りにスゲジュールを組んでくれ。出来るだけそのままの方がいい」
「かしこまりました。」
お父さんは秘書の安里に資料をわたす。
「葵、今回の提案をまとめることにする。1週間以内に出来るだけ希望に沿ったスケジュールに変更する。そして、今回の案がうまくいったのかどうか、期末のテストまでの期間で判断する。それまでに結果を出せないのならば、私たちのやり方でやっていく。それでいいな」
「あ、はい!それで大丈夫です。」
お父さんは素早く期間やルールなどを決める。もっと何かあるかと思っていたが、最後はすんなりといった。
そのことに実感が湧かず、反応が少し遅れてしまった。
「今日は疲れたことだろう。部屋で休むといい」
「は、はい!そうします」
私は、お父さんの言葉に導かれこの部屋から出る。
部屋を出て、少しずつだが、実感が湧いてくる。
それと同時に自然と笑みと涙が溢れる。
「私、やったんだ。初めて何かをすることができた。」
私の中から溢れ出す喜びの感情を止めることができない。今日、確かに私は一つのことを成し遂げることができた。
それは全体から見れば小さな一歩かもしれない。だが、その小さな一歩は大きな意味を持っていた。
今まで盲目的に努力し続けた一人の少女は盲目から目覚め変化の道を歩み出そうとするのであった。
桜木隆二目線
この部屋から退出する娘の姿を見届ける。
「顔がにやけていますよ、あんた」
「娘の成長を喜ばない親はいないだろう」
「あれは、成長したと言えるのでしょうか?」
綾子が懐疑そうな視線をこちらに向けてくる。
「確かに、まだ目に見えるような成長の証を残している訳ではない。しかしながら、今までの葵ではこのようなことは出来なかっただろう。私たちが促すことなく葵は自分の手で変化をしようとしている。」
「その変化がいい方向にいくとは限りませんよ?」
「だろうな。だが、もしもの時があった時にどうにかするのが親や大人の役割だ。」
「確かにそうかもしれませんね」
綾子も昔の事を思い出したのか、感慨深いように答える。
私は親としては多くの事をしてあげられていなかったかもしれない。だからこそ、今回の挑戦に私は期待している。
だが、それと同時に人の上に立つ者としても考えなければならない。
「葵の成長もうれしいが、確実に知恵を貸したものがいるだろう。それはどうしようか」
今回のやり方はこちらの立場をよく見極めていた。根本的に葵の教育担当は綾子だ。本来であれば説得するべき人物は綾子である。しかし、綾子は結果主義の所がある。冒険することをあまり良しだとは考えていない。
今まで葵から何か提案するときは、担当の綾子に直接提案していた。それで納得するもの、もしくは自分だけでは判断が難しいものなどについては綾子からこちらに連絡がきて話し合うことになっている。
しかし、今回は私の方に直接話がしたいと連絡がきた。勿論綾子にも、連絡は来ており、それを了承している。連絡の内容は今回の件について軽い説明があった。
これが今回仕掛けられた策略の一つだった。
今回、知恵を貸した人物は綾子を直接説得していくことは難しいと判断し、先に私の方を攻略して味方にすることで綾子に何もさせずに提案を通そうとしていた。
最終的な責任は私にあり、綾子も私が認めたものを簡単には反対出来ない。
だからこそ、要件を先に軽く提示することで、この場において綾子に聞く回数を減らしている。
とても些細なことだが、これによって私は本題にいきなり入ることができ、葵は最初に自分の考えを述べることで今回の主導権を握ることができた。
次に交渉の仕方についてだ。私が納得したとしても、それに高いリスクなどがあれば綾子は当然否定的な意見をしてくるに違いない。
そのため、この提案はどちらに転んでもいいと思えるようにしてきた。成功したらそれでもいいし、失敗したらしたらでそれは葵の経験にもなるし、こちらがより介入しやすくなる。なにより、葵の意思を尊重した上で進めることができる。
損のない話だ。だが、そう思わせることは難しい。何しろ、これは葵が心の底から考え、そのために全てかけていいと思わなければいけないから。
そうでなければ、失敗した場合に葵との間に何かしらの確執が出来ることになり、私たちの関係に壊滅的がダメ―ジを与えかねない。
結果としては、半分足りなかった。心のそこから考えたとは葵からは伝わらなかった。ただ、それに全てを賭けてもいいと考えていることは分かった。
この時点で、第三者がいる可能性が高くなる。それはつまり、私たちを陥れるために娘を使おうとする連中がいる可能性を考えることになる。その時点、私はこの提案をすぐに許可することはなくなる。
だが、それも読んでいたのだろう。その者は資料を活用し、葵とは違う人物が作成したことが分かるようにまとめると同時にその完成度からある程度の実力があることを証明することで、こちらにコソコソと悪だくみをするつもりはなく、それなりに実力もあることを教えると共にこちらがその意図に気が付けるほどの人物であると認識しているので安心してくださいと思わせようとしてきた。
勿論それだけでは安心できないとも分かっているのか、娘の決断に任せていることを証明するためにその理由や失敗したときの責任では具体的なアドバイスを避けて、娘に任せることで、葵自身の言葉を引き出し、決して一方的に押し付けている訳ではないと証明した。
事実、最初の方の説明では、しっかりとした口調で話していた葵だが、そこら辺の話題になると微かに緊張したのか、早口になっていた。
あくまでこちらに決定権があると十分すぎるほど強調しつつ、娘の成長の可能性という曖昧で判断しにくい所を、親心と言った様々な要素をフル活用して後押しさせた。
結果的に私は娘の提案に賛同し、綾子もその提案がどっちに転んでも問題ないと判断し、反対もしなかった。
かなりのやり手だ。一つ一つの要素を無駄なく活用し、葵にも、私たちにもほとんど違和感なく望む結果を出すことに成功している。
そこまでの策謀が巡らされていることに気が付いているのは私だけだ。綾子や竜馬も多少は気が付いているかもだが、その全てには気が付いていない。気が付いているならばその人物の危険性について意見しているはずだ。
さて、どうしたものか。今回の手腕を見るに想像できる人物像は視野が広く、人の事を良く知っている。葵の事を尊重し行動していることぐらいだ。イメージ的には30代か40代ぐらいなら、出来るかもしれないと言った感じだ。そうでなければ、相当の才能を有している人物だ。
何もしないは論外だが、私が直接行動するほどのものにはなっていない。かといって、適当なものを送り込んでも、察知されて逆に利用される可能性がある。
どうしようものかと考えていると、竜馬が提案する。
「その人物について、私が調査しましょうか?」
「仕事の方は大丈夫か?」
「大丈夫です。大きな仕事も終わり、部下たちにも休みを与えたいと考えていたので都合がいいです」
その提案に少し考える。竜馬なら実力は足りているだろう。それにこれはある意味で私たちにとって転機かもしれない。
「わかった、この件については竜馬に任せる」
「ありがとうございます」
さて、これから起きるであろう変化はどのような結果をもたらすのか、楽しみがまた一つ増えたのであった。




