この世に大人なんていない。
次か、2話くらいで叶編は終わりです。
「ぅ、うう……」
彩愛が目を覚ますと、見覚えのない部屋だった。
いい香りのするベッドと、暖かい毛布。それに濡れていた体も衣服も、何もかも先程までの状況との違いに、彩愛は困惑を隠せない。
「ど、どこ、ここ……」
「あ、起きたね」
側で看病をしていた楓太が話しかける。
「だ、だれ! ……あ、あれ、あんた……」
「えーと、初めまして……って言うには、変な状況だけど」
お互い、正月にすれ違いざまに顔を見た程度だったけれど、直接声をかけるのは今回が初めてだった。
「……わたし、なんでここに」
「叶と一緒に運ばれてきたんだよ。……あぁ、着替えとかは、叶の姉たちがしたから」
「……そう」
ふと隣のベッドを見ると、叶はそこで眠っていた。
穏やかな表情の寝顔で、意識を失うまで戦っていた相手とは思えなかった。
「うぅん……」
彩愛に続くように叶も目を覚ました。そして彩愛が目を覚ました時と同じような反応をしたかと思えば、彩愛と楓太を見て何かを察したような顔をした。
「あぁ……そっか、お父さんにやられたんだ」
「……叶、起きてすぐのところ悪いんだけど、峰十郎さんから何か話があるらしい。……君も、一緒に」
★★★
「起きたか」
「うん」
「……」
叶と彩愛、二人揃って峰十郎の前に腰を下ろす。
「お父さん、帰ってきてたこともびっくりだけど、なんで私達の喧嘩を止めたの?」
「あれは喧嘩ではない」
峰十郎の言葉に叶は少し首を傾げる。
あれが喧嘩ではないのなら、一体何だと言うのだろうかと、叶は問いかけた。
「あれはお前たちにとっての破滅だ」
「……破滅?」
彩愛もそこで反応を見せた。
わたしたちにとっての破滅とはなんだろうと、少し自分なりに考えながら続きを待つ。
「あのまま続けていて、平和に事が終わったと思えるか?」
「それは……わかんない、けど」
「分かる──必ず後悔する結末が待っていた」
はっきりとそう告げた。
そこで叶は一つ、とある事に気付く。そしてそれは、今までに一度もなく、まさかと思いながらも、もうそれとしか考えられなかった。
「お父さん……もしかして、これお説教?」
「そう思っているのなら、最後まで黙って聞け」
叶は冷水を浴びせられた気分だった。強くなること以外に教えのない峰十郎に、まさかそんな、友との関係についての説教があるだなんて万に一つも想定していなかった。
「まず理由を聞こうか」
喧嘩をしていた理由を話す。
あれは互いの意地や譲れないものが関係していて、引くに引けなくなっていたものだったと。
「君は、大人が嫌いだと言っていたな」
「……そうよ。嫌い、大嫌い。だからわたしは、叶を大人に近づけさせたくなかった」
「つまり、君のその大人嫌いが克服されればいいわけだな?」
「簡単に言ってくれる……それができるなら、苦労なんかしないのよっ!」
「あ、彩愛ちゃん、落ち着いて……」
峰十郎に向かってとんでもない態度を撮る彩愛に叶は肝が冷えに冷えていた。
そんなことを知る由もない彩愛は止まらない。
「わたしの……無くしたものは、失ったものはもう帰ってこないのッ! 友達も、純潔も、信頼も……ぜんぶクソみたいな大人のせいで……!」
「──なるほど、子どもだ……」
「あぁ!?」
頭に血が上った彩愛は峰十郎に飛びかかる。
拳を上げて、殴りつける……だが峰十郎は、それを防いだりはしなかった。彩愛の振るう暴力を、そのまま身で受け止めた。
「いや、子どもだからこそ、君はまだ変わっていける」
「な……」
「今の君は、嫌なことから逃げているだけだ。トラウマに立ち向かわず……そして、一つ訂正したい」
額で受け止めた拳をおろして、ある意味では最も伝えたかった言葉を、彩愛に伝えた。
「この世に、本当の意味で大人なんていない……もちろん、俺も含めて、だ」
今回もここまでお読みいただきありがとうございます!




