大好き。
「はぁ……はぁっ、はぁ……」
「げほっ、えほ……」
その決闘が始まり、まだ10分程度しか経っていないにも関わらず、互いに蓄積されたダメージは無視できないほどだ。
叶はタフな彩愛からの想定以上の重い一撃に、確実に体力を奪われていた。
しかしそれでも実力の差は歴然で、肩で息をする彩愛。
「ずいぶん、打たれ強くなったもんだね、彩愛……」
「あんたとは何度もぶつかったし、その度に打ちのめされて……わたしはわたしで、もう負けないようにいろいろと鍛えてんだから……!」
中学生離れした肉体。
割れた腹筋、立派な下半身。別の意味で、脱けばすごい……一流のアスリートの如く、ストイックにここまで鍛え上げてきていた。
「……すごいね、本当に彩愛は頑張ったんだと思うよ、でも」
距離を詰める一歩は、まるで飛ぶようだった。危険を察知した時には、既に彩愛の懐に潜り込んでいる。
瞬間的に腹筋に力を込める彩愛だが、打ち込まれた砲弾のような一撃を受けること自体が間違いだった。
「うぼぉあっ!?」
嘔吐反応に視界が霞む。
足がぐらつくが、叶はそれを見て待ってくれはしない。
ワン・ツー、右頬、左頬に拳を交互に打ち込む。
「うぁ……」
膝から崩れ落ちそうになる。視界に星が散る。
意識がブラックアウトする──寸前、彩愛は足腰に無理矢理にでも力を入れる。
「ゔっ、ぉぉぇっ……!」
なんとか意識を保つが、嘔吐は堪えられなかった。吐き出せるものもないのに、胃液だけが地面に飛び散る。
胃液の酸味が、切れた口内の傷に染みていた。
「……もうやめなよ、彩愛」
「うるさい……勝負はまだついちゃいないわよ……!」
雨が降り出した。まるで二人の決闘を止めるかのように。
けれどそんなことでは二人は止まらない。彩愛と叶は止められない。
「気に入らないのよっ、わたしを置いて一人で前に進もうとすることが!」
「だったら一緒に来ればいいだけでしょ! 一人で拗ねて、勝手にいじけてるのは誰!?」
「だから……! わたしがしたいのは、そういうことじゃない!!」
彩愛は叫ぶ。
雨にかき消されたりなんかしないように、声を枯らして。
それはまるで慟哭のようだった。
「わたしとずっと一緒にいてよ! ずっと子どものままで、あんな大人たちみたいにならないで、あの日みたいに舐めた連中をぶちのめして……!」
いや……ようだった、ではない。それは紛れもない、慟哭だった。
「見たくないのっ!! 大好きなあんたが大嫌いなモノに変わっていくその過程なんか、死んだって見たくない!
……ちがう、死んでもいいから見たくない!! わたしの、わたしだけのヒーローが……」
「……彩愛」
泣き叫びながら、その場にへたり込んでしまう彩愛にはもう戦う気力は残っていなかった。
残る体力は、叶の気持ちを吐き出し、泣き喚くだけのエネルギーに変わる。
「……馬鹿だね、彩愛。そんなことで悩んでたなんて」
叶は歩み寄る。彩愛の元へと。
「……自分で言うのもなんだけど、そんなに私のこと好きでいくれてるのなら……私のこと、信じてみてよ」
雨粒か涙か、わからないが叶は彩愛の目元を拭う。
「私は……彩愛にとって、初めて信頼できる大人になってみせるよ。だから彩愛も……私のことだけを、信じてよ」
今回もここまで読んでいただき、ありがとうございます!!




