信じてたのに。
74話で『親や環境に問題はない彩愛だったが〜』と書きましたが、あまりにも問題だらけだったので修正しました。
西本彩愛、小学5年生の記憶。
年相応の、元気いっぱいに友達とはしゃいで遊ぶどこにでもいる少女だった。
少々活発過ぎるが故に、女友達よりも男友達のほうが多かった。それが理由か、彩愛はクラスメイトの誰もと仲良く出来ていた。
今現在、怒髪天で皆を率いるカリスマ性の片鱗は既に見えていたのかもしれないが、それは誰も知る由はない。
「おーい、授業はじめるぞー。席につけー」
若い男だった。清潔感のある爽やかな好青年と、保護者からも人気のある教師、竹田。
竹田の授業は堅苦しすぎず、面白おかしく進行して子供たちも楽しく勉強が出来ていると、他の教師たちからの評判も良かった。
子供たちもそんな竹田によく懐いていて、昼休みにもドッジボールやサッカーに付き合ってくれる竹田を好いていた。
彩愛も例に漏れず、竹田に対して淡い恋心のようなものを抱いていた。幼い子供特有の、憧れの感情を勘違いしただけかもしれないが、何にせよ好きだったことには違いなかった。
そんな中、そんな信頼は簡単に崩れ去る出来事が起きる。
事の始まりは、彩愛のランドセルの中にとある封筒が入っていたことだった──それは全員分の給食費が入った封筒だ。
そんなものが彩愛のランドセルに入っていて言い訳は無い。となれば、とある疑いをかけられる。
彩愛がどこからか奪ってきたのではないかと……無論、彩愛には全く見に覚えはない。
むしろ彩愛本人が最も困惑していた。どうしてそんなものがそこにあるのだと。
当然竹田は彩愛を呼び出す。午後の授業を急遽自習にして、彩愛のことを気遣ったのか、人目に触れる職員室ではなく、使用されていない空き教室を選んだ。
「せ、先生……わ、わたし、なにもしてない……」
何が起きているのかわからず、涙ながらにそう訴える事しかできない。
竹田はそんな彩愛を優しくなだめる。
「……大丈夫。先生がなんとかしてやるからな……そのためにはさ、西本」
竹田は安心させるためか、彩愛の肩に手を置き励ますかのようにポンポンと叩く。
頼れる担任のその言葉に、彩愛も少しばかり安心しかけた、だがそれはすぐに消え去った。
「だからな、西本……ちょっと、服、脱いでくれないか?」
「……え?」
何を──言っているのか、彩愛は理解ができなかった。
服を脱ぐ事と、今回の出来事に一体何の関係があるのか、まるで、一切、微塵も理解できなかった。
同時に、得体のしれない恐怖と嫌悪感が彩愛を襲った。
「先生……な、なんで? なんで服……」
「いいから、そうしたら全部解決するんだよ西本」
全部解決する。
その言葉に、心が揺らいだ。
教室で、皆から浴びた疑いの視線。
「彩愛ちゃん、みんなのお金取ったの?」
「そんなの泥棒なんだよ!」
「西本、サイテーじゃん」
そんな心無い言葉も投げかけられた。このまま自分が取ったままだと思われたまま戻れば、それがまた始まってしまうと足が震える。
呼吸もリズムが崩れる。さっきまで皆、あんなに仲が良かったのに。どうしてそんな酷いことを言うの、私は何もしていないのに……彩愛は何も考えられてはいなかった。
「西本、先生を信じてくれれば大丈夫だから」
もう、縋るものが何もなかったし、それを真っ向から否定できないのも、小学生の彩愛には仕方のない事だったのかもしれない。
「……はい」
まだ未完成の身体を晒していく。
だが竹田は……それにひどく興奮していた。産まれて持ってしまった特殊な性癖が彼を狂わせてしまったのだが、同情できるわけはない。
「かわいいパンツじゃないか」
体を触られる。本当に、本当に気持ちが悪いと本能から感じた。度し難いほどの嫌悪感と、どうしようもないほどの胸騒ぎ。
「せ、先生……もういいですか……?」
「あぁ……いや……そうだな……西本。これからすること、誰にも言わないよな? 言ったら……もうお前は、ずっと皆から嫌われたままだからな」
頷くことしか出来ない。
皆からの信頼がずっと失われたままだなんて、彩愛には耐えられなかった。
だからこれから竹田に何をされようとも、それよりはずっとずっと平気だと思っていた。
まだ、何も想像できないような歳だったから。
★★★
やめて。
先生、やめて。
そんなことしないで。
痛いよ。苦しいよ。
怒鳴らないで。叩かないで。
どうしてカメラを向けるの。どうしてこんなところを撮るの。
怖い。
先生が怖い。
私の身体を見て嬉しそうな先生が怖い。
……それに。
我慢すれば、みんなまた仲良くしてくれるって、信じてたのに。
結局、私が盗っていたことのままで。
もう一回協力してくれたら、誤解が解けるからって言うから、また痛い想いをしたのに。
何度も。
何度も……先生が、転勤でいなくなるまで。
何もかも我慢して、耐えた末には。
私の居場所は、もうどこにもなかった。
★★★
「はぁっっ……っ!!」
西本彩愛、中学3年生の朝。
全身に汗をかき、猛烈な吐き気と共に目を覚ました。
ベッドから転げ落ちながら、トイレへ向かう。
「ぅぉおっぇ……!」
堪えきれない吐き気は我慢せず、便器に吐瀉物を吐き出す。決まって見る、あの悪夢から目覚めた時は、いつもこうだ。
「あ、彩愛……大丈夫?」
「っ、近寄らないで……!」
心配して駆けつける母親を言葉で突き飛ばす。
「彩愛……お母さんにできる事があったら、なんでも……」
「うるさいっ、今更遅いよ……あの時、信じてくれなかったくせに!」
「……ごめんね、ごめんなさい、彩愛……」
──彩愛のランドセルに、封筒を入れたのは竹田本人だった。
竹田はそれを脅迫材料にし、彩愛に性的暴行を加えたとしてニ年前に自首、出頭してきたのだ。
それにより、彩愛の疑いは数年越しに晴れたのだが、あまりにも遅かった。彩愛の尊厳を取り戻すには。
当時、彩愛の母親も学校からの連絡を受けた際、彩愛を激しく叱りつけた。……彩愛が盗っていないと、信じられず。
「もういいから出ていって、はやくあっちいけ!!」
「……ごめん、ね……彩愛……」
最悪の目覚め。
何度繰り返したかわからない。
その度、大人になんかなりたくない、あんな下衆になりたくないと強く想った。
『嬉しいかはわからないけど、悪いことじゃないと思うしね』
叶の言葉が頭を巡る。
「あんただけは、大人にならないでよ……」
その呟きは、トイレの乾燥機に吸い込まれて消えていった。
今回もここまでお読みいただきありがとうございます!
少し暗い話ですが、好きなようにやります。




