河川敷、夕焼けと君が待っていた。
叶の想いを知り、キスまでしてしまった夜から、三日が経過していた。
俺はといえば、なんだか身体に力が入らない日々を過ごしていた。このままではいけないという低迷感と、どうすればいいのだろうという不安。いや、不安というよりも、怖いのかもしれない。これがきっかけで何かが変わってしまうのではないかという、恐怖だ。
それは俺の考え過ぎで、何も起こりはしないのかもしれない。だがこんな経験、俺の人生に起きたことなど一度もなかった。
知らない、ということは何が起きても不思議ではないということ。
「楓太兄ぃ……ふふ、行ってきます」
「あ、あぁ……いってらっしゃい」
そんな俺の気も知らず、叶は上機嫌に学校へ行く。
あの日からの叶は、今までよりもスキンシップが増えた。腕に抱きついてきたり、背中からハグしてきたり……俺も単純なもので、好意全開のそれに俺はわかりやすく狼狽える。
俺に意識してほしいからなのだろうが……それは効果抜群だった。めちゃくちゃに意識してしまう。
というか無理だろう、あんな事があった後にこんな風にアピールされたら。
(無理だろぉ……)
洗濯物を干していく手も、どこか覚束ない。
(はっ……!?)
ふと気付く。今自分が干しているものに。
それは今まで散々、意識することなく触る事が出来ていた……叶の下着だった。
(う、うぅ……! まさか今さら……こんな……!)
薄い水色のパンツ、結構大きいサイズのブラ。
やめてくれ……精神攻撃だこんなの……! 俺はなんとか手触りとかを考えないようにしながら、苦しいながらもみんなの分の洗濯物を干し終える。
「いかん……こんな事じゃ、何もままならないぞ」
俺は居候、ここではしっかりやらなくちゃいけないことがある。それを怠るわけにはいかないんだ。
よし、と息を深く吸い込み、気を集中させる。
アルバイトの時間だ、早く向かおう。仕事をしていれば気もまぎれるさ。
★★★
「お疲れ様でしたー」
集中してしっかり働くと、時間はあっという間に流れた。
退屈よりも、多少忙しい方が仕事というのは、案外その方がいいのかもしれない。
「さて、これから帰って洗濯物畳んで、晩飯……あれ、アキラから……」
仕事中で気付かなかったが、アキラからLINEのメッセージが送信されてきていた。
内容はシンプルで、「話したいことがあるからアルバイトが終わったら、帰り道の途中にあるはずの河川敷に来てほしいです」との事。
話したい事……なんだろう。
家じゃ話しにくいことなのだろうか、だとすると何か悩みや相談事かもしれない。俺はすぐに「今から向かう」と返信する。すぐに既読がつき、「ありがとう、楓太さん」と「アタシ、勇気出します」の二言。
勇気?
「なにかよっぽど話しにくい事なのか……? とにかく早く向かおう」
もうこの季節は日が落ちるのも速いし、かなり冷え込んでくる。俺は小走りで河川敷へ向かう。
夕焼けが、紅く街を染めていく。
寒さをものともしない子どもたちがサッカーボールを追いかけている。買い物帰りの主婦が子供の手を引いて歩いている。
そして、河川敷で待っていた、アキラを。
染め上げていた──真っ赤に。
「楓太さん」
「ごめん、ちょっと待たせたかな。寒かっただろ」
「いや、全然。アタシもちょうどついたくらいなんで」
そう言うが、誤魔化せないほどアキラの両手は赤くなっていた。夕焼けのせいじゃない、冷えすぎてそうなっているんだ。
「バカ、こんなにして……」
「あ……」
アキラのかじかんだ手を、両手で包むとびっくりするくらい冷たくなっていた。これじゃいつから待っていたのかわかったものじゃない。
「ほら、カイロ。ちょっと使いかけだけど、店出るときに開けたからまだ全然温かいぞ」
「……ありがとうございます」
カイロを受け取り、手を温めるアキラ。
話があると言っていたが、先に家に戻ったほうが良いと俺はアキラに伝えるが「今がいい」と首を横に振る。
「聞いてくれる、すか?」
「あぁ。アキラの相談なら、いくらでも聞くぞ」
「ははっ。相談とかじゃ、ないんすよ──ねぇ、楓太さん」
紅い髪が風に揺れる。
夕焼けと、頬と。どれも熱く赤い、が。
最も熱く滾り、燃え上がっていたのは……目の前の──
「アタシ、楓太さんの事が好きです」
八月朔日アキラ。
彼女の……心の炎だったのかもしれない。
なんだか終わりへ向かっている風ですが、まだだいぶ続きます。
今回もここまで読んでいただきありがとうございます!
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