ファーストキス。
「キスって……叶、お前……」
自分が何を言っているのかわかっているのか。
俺達は家族同然の関係……そう言ったじゃないか。
「嫌?」
「嫌っていうか……それは……」
叶とキスをしてしまうことは簡単なことかもしれない。
だけど、だからって。じゃあいいよとは言えないし出来ない。
それは確実な一線を超える、俺たちの関係は変わっていく行為だ。
「私はね。嫌じゃないよ。したいの」
恋人繋ぎの指をぎゅっと握られる。
……だめだ、意識が持っていかれる。これじゃあまともな話し合いも出来ない。
俺は叶の体を抱きかかえ起き上がる。ひとまずは離れてもらおう。
「んー……」
けれど叶は木にしがみつくコアラのように、まるで俺から離れようとしない。むしろさらに、背中にまで腕を回せるようにしてしまった。これは完全に俺のミスだった。
「楓太兄ぃ、私とキスは出来ない……?」
「出来ないとか出来るとかじゃないんだ、叶。そういう事は、もっとちゃんと……好きな人同士、恋人同士が……」
「……じゃあ、楓太兄ぃ、私の事……好きじゃないの?」
「え……」
叶が俺を抱きしめる力が更に強まる。
まるで、絶対に離さないと言わんばかりに。
そして……叶はついにその決定的な言葉を口にする。
「私、楓太兄ぃの事が好き」
「っ……」
正直、くらりとした。
面と向かって好きと告白されて、俺の心は簡単にぐらつく。だがやはり、無視できない疑問もある。
「い、いつから……」
「恥ずかしいから本当は言いたくないんだけど……えっとね」
叶は照れ隠しのようにおでこを胸にぐりぐりと押し当てながら、口があまり開いていないのか、もにょもにょと話し出す。
「……一目惚れって、やつで……」
一目惚れ。
……本当に、そんなものが存在するのか? だってそれは、文字通り一目見たときから惚れていた、ということだ。もしもそれが本当ならば、叶と出会ったあの日から俺は叶に……?
「でもね、それだけじゃないんだよ? ……前に風雷とかいうのと戦った時、楓太兄ぃ、ボロボロになってもアキ姉ぇのためにすごく啖呵きってたの、覚えてる?」
もちろん覚えていた。
確かその後に愛花と叶が助けに来てくれたはずだが……聞いていたのか。
「私ね、あの時……楓太兄ぃのこと、本当に……カッコいいって思ったの。ものすごくドキドキしたし……アキ姉ぇにも嫉妬した」
「アキラに? どうして……」
「……楓太兄ぃ、アキ姉ぇのことたくさん見てるなって。私の事もそれだけ見てくれたらいいのにっていつも思ってた」
アキラに対する嫉妬まで吐き出す叶。
それと同じくらい、いやそれとは比べ物にならないほど俺への想いも全てぶちまける。
「そんなことでって思うかもしれないけど、私本気だよ。本当に楓太兄ぃのことが好き、大好き! 頭を撫でてくれるところも、勉強を見てくれる事も、楓太兄ぃが作ってくれるご飯も……ずっと言いたかった、でも、言ったらきっと私、受験勉強に身が入らなくなりそうで我慢してた」
「叶……っ、え?」
突然押し倒される。歳下の女の子に、力で負けて。
俺の腰の上で馬乗りになり、月明かりに照らされるのは紅葉した叶の顔。
「楓太兄ぃ……お願い。一回だけでいいの、ただの記念でもいいから……キス、しよ?」
「記念にって、そんな……」
「楓太兄ぃには、楓太兄ぃの気持ちがある。それはちゃんとわかってるよ、だから……私の気持ちに、いますぐ答えてくれなくてもいいから。……ううん、本当は答えてほしい。でも独り占めも出来ないから………これは、抜け駆け。私だけの、スタートダッシュ……ずるいことだよ。今からのキスで、楓太兄ぃが私だけを見てくれるようになれば……って、願ってる」
その瞳は真剣そのものだった。
見れば身体もぷるぷると震えている。それだけの想いで話してくれたのだろう。
……俺は、その覚悟にも似た告白を、無下には出来なかった。
「……一回、だけ、だぞ」
「! ふ、楓太兄ぃ……!」
「で、でも叶。いいか? 俺は……お前の気持ちに、今すぐは答えられない。俺の気持ちもどう動くかわからない、もしかしたら、叶とキスだけして……結局気持ちを受け入れなかった、なんて事になるかもしれない……ごめん、俺、相当酷いこと言ってる」
それこそ本当に叶の事を想っているのなら、絶対にキスは拒否すべきなんだ。ちゃんと日を改めて、また叶と話し合いをする方が正しい事は明白だ。
でも……そうはできなかった。
叶の、断られたらどうしよう──そんな言葉が浮かび上がる顔を見てしまえば、俺にはもうどうしようもなかった。
「ありがと、楓太兄ぃ……」
顔にかかる髪をかきあげて、叶は俺の──唇に近づく。
「絶対、意識してもらうから……」
「叶──」
次の言葉は続かなかった。
叶にそれを防がれてしまった──唇で。
「ん……」
(ぅ、あ……)
ぷるぷるとした唇が重なる。
鳥のように、ついばむような繊細なキス。
時折漏れる吐息が熱く、俺の口内へ入り込む。生温かい酸素を交換しあっているようだった。
それで終わり──と思っていたのは俺だけだった。
「っ……!?」
歯と歯の間から、にゅるりと侵入してくる異物。それが叶の舌だとはすぐに気付いた。
「んっ、ふぅむ……」
舌と舌が重なり合うだけだ。
重なり合うだけなものか、これはもはや一種のテロだった。口内を侵略されてしまう。
叶の唾液と混ざり合い、どちらがどちらの唾液かわからなくなる。何度か飲み込んだが、もうこの際それはどうでも良かった。
「ふはぁ……!」
「はぁっ、はっ、か、叶……」
口元を拭っている。
まだ、あの感覚が口の中に残留している。忘れたくても、忘れようと思ってもあの感覚は一生、忘れられそうにもない。
ボッー……としている頭で何も考えられていない俺に、叶は口元をパジャマで隠し、照れながら言った。
「えへへ……あげちゃった、ファーストキス」
それはあまりにも、過激すぎる初めてだった。
★★★
『えへへ……あげちゃった、ファーストキス』
その言葉は確かに、楓太さんと一緒に眠る叶から発せられた。
(あ、あ、あ、アイツぅぅぅ……!)
アタシは──悔しさと、でも怒るには理不尽だよなという歯がゆさに悶えていた。
聞き耳を立てていたわけじゃないが、聞こえたものは仕方ない、だがその内容はアタシをひどく惑わせた。
(叶も楓太さんのこと好きで……しかもキスまで……)
だけど、アタシは何も言えない。
叶が楓太さんのことを好きになるのは自由だし、今回のような状況に持っていき、半端ない先手を打ったのは、アイツの作戦勝ちかもしれないから。
だからといって、このまま引き下がるわけにはいかない。
むしろ、逆だ。ここでなにも行動を起こさなければ、楓太さんが叶を選んでしまう。
「……やるっきゃねぇ」
告白が、なんだ。
キスが、なんだ。
アタシだって──やってやる。
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