元気が一番。
日間29位にまでじわじわと上がってきました。
圏外まで下がり、もう一度ここまで来るなんてあるんですね。
タオルを全体的に濡らして絞る。
これから俺は叶の身体の──背中しかやるつもりはないが──汗を拭き取る。これが風呂代わりになるわけだから、避けては通れないのだけれど。
「……」
「楓太兄ぃ?」
「あぁいや……するよ」
背中を向けるパジャマ姿の叶。当たり前だが背中を拭いてあげるには、その服を捲らないといけないわけだ。
その行為の背徳感に俺は襲われていた。やましい気持ちなんて何もない。だけど、やっぱり、どうしても。
ゆっくりと捲っていく。肌着と、その下から見える健康的な肌色が見えて、じわりと胸から何かが弾けた気がした。
今すごい事しちゃっていると。
少し腰辺りからチラリと見えてしまっている水色の下着から目を逸らしながら、上まで捲りあげた。
男にはない、女の子の象徴を護る下着が完全に姿を表す。
「いくぞ」
なんと声をかければ正解なのか検討もつかなかったから、そんなふうに声をかけた。
叶もそれに対して「お願いしまーす」と軽く返した。
じんわりと滲んだ汗を拭き取っていく。
背中の汗なんかは放って置くと汗疹になるかもしれないから、丁寧に。背、腰あたりも。
「ん〜……楓太兄ぃ、かゆいところある」
「ん、どこだ?」
「ブラ紐の下」
簡単に言うがそんなところ気軽に拭けるか。
それにちょっと拭きにくいし、引っ張るのもなんか悪いし……。
俺が困っている事に気づいたのか、叶は何を思ったのか自らパジャマを脱ぎ去り上半身を守るのはブラだけになってしまった。
それだけに留まらず、背のブラホックを外して──
「なっっ、なにしてるんだ!?」
俺は慌てて目を閉じる。そんな慌てふためく俺がおかしかったのか、叶は無邪気に笑った。笑い事じゃないんだが。
「やだなぁ、全部は外さないよ。ほら」
薄目で確認すると、確かに背中のホックは外れてはいるが、両腕で胸を抱くようにして落ちる事は防いでいた。
とはいえ、そんな姿。動揺しないわけがない。
「叶……恥ずかしいとかはないのか?」
いくら俺とはいえ、男の前でそんなあられもない姿を晒すことに抵抗はないのだろうか。ないと言われたら、なんだか少し複雑だけどそんな不安をよそにあっけらかんと答えた。
「ちょっとは恥ずいよ。でも楓太兄ぃだからここまで出来るよ。他の人じゃ無理だよ〜」
「そ、そうか」
ホッとしたような、でもやっぱりもっと羞恥心を出してほしいような。
ともあれ俺はさらけ出された背中を拭いていってあげる。
何故だか俺の方が体温が上昇してしまっている気がしたが、なんとか平常心を取り戻せそうだ。
「…後はゆっくり過ごして治そうな」
「うん……でも、寝るのもちょっと飽きちゃった」
ちゃんとパジャマを着直した叶は横になりながら、少し余裕が出てきたのか遠回しにゆっくりとはしたくないと言い出した。
でもここで安静にすることを怠り、風が長引いても仕方ない。
「ねぇ楓太兄ぃ。忙しくなかったらおしゃべりしよ? というかしてほしいなぁって……」
「いいよ、でもあまり長いのもだめだぞ? ちゃんと睡眠を取ることが大事なんだからな」
「はーい」
それから他愛のない雑談を楽しんだ。
ここにきてしばらくが経ったねとか、夏のバーベキューは楽しかったねとか。
途中ですりおろしたリンゴにハチミツと少量の砂糖を加えた栄養しかない代物を用意した。
それももちろん食べさせてあげた。雑炊のときよりも「おいしい」の声が元気で、口へ持っていくスピードは止まらない。
「さぁ、そろそろ一回寝よう。次に目が覚めたら、もう元気になってるさ」
「うん、ありがとう、楓太兄ぃ」
頭を少し撫でてやると、叶も眠りに入る。
しかし叶の部屋を出てほんの数分後に、叶から「部屋に来てほしい」とメッセージがスマホに届く。
「どうした?」
何か欲しいものでもあったのだろうか、飲み物とか。
だけど欲しいものは、飲み物でも食べ物でもなかった。
「ねぇ楓太兄ぃ。……一個、わがまま言ってもいい?」
珍しくお願い事。叶のわがままを俺は訊く。
それは断れるわけもなくて、叶のお願いならきかないわけにもいかなかった。
「私が寝ちゃうまで、手、握っててほしいかなって……」
「お安い御用だよ」
病は気から、そしてそれは心も弱くするのか、弱々しい叶。
そんな姿を見て誰が嫌と言えるだろうか。俺は一も二もなく承諾して叶の側に。
まだ熱が籠もる手のひらを包み込む。
小さな小さなその手は、叶の幼さを押し出してくる。
でも、俺はこの手に救われた時もあった。
「楓太兄ぃの手、おっきいね」
「男だからね」
あまり関係ないかもしれないがそう答えた。
すると叶も「そうかもしれないね」と笑った。俺もつられてなんだか笑ってしまった。
心地よい時間だ。
リズムよく叶の頭を撫でてあげる。叶も心地よい睡眠を取れるように。
だんだんと睡魔が襲ってきたのか、瞼が落ちていく。
しばらくすると、呼吸音は一定のリズムで響く寝息へと変わった。
「おやすみ、叶」
★★★
そして迎えた翌日。
「シャキーン! 八月朔日叶、ふっかーつ!」
平熱に下がった体温計を掲げながら高らかに宣言した。
やはり叶はそうでないと。いつもの元気いっぱい、天真爛漫な姿の叶を見るとそう思えた。
「ってことは今夜からまた3人か……」
「どうしたアキラ。楓太と眠るのに、別に叶がいたっていいだろう」
「いやまぁそうなんだけどさ……」
何故か恒例になってしまった、一つの布団で皆で眠ること。俺ももう諦めた。今更やめろとも言えないし、俺も平常心を保つことにも慣れてきた。
「じゃあ今日は私が楓太兄ぃにギュッとしてもらいながらだよ!」
「わかったよ──」
でもやっぱり、あそこまでの密着はまだ照れてしまうから控えてほしいな、なんて思っていた。
けどまぁ今夜は、叶の好きなようにさせてあげよう。
「──へぇっくしょんっ!」
そう、くしゃみをして夕方頃から体調が悪くなるまでは、そう思っていた。
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