吐息。
俺の目の前には、布団が敷かれている。それはいつもの光景だ。というか何もおかしい事ではない、これから寝るのだから用意して当然だ。
だが一つ、いや二つ明らかな違和感がそこにはあった。
一つは一つの布団に二つの枕と──一人の女の子。
「どうした? 明日も早いんだろう?」
「い、いやそれはそうなんだけど……」
どうやら愛花は本気で俺と同じふとんで眠るつもりらしい。アキラがそれに凄まじい抗議を繰り返していたのだが、愛花の「なにがそんなに駄目なんだ?」という、邪気の無い純粋な問いかけにアキラは言葉を詰まらせた。
「アキラもだが、ただ一緒に寝るというだけだろう? 何をそんなに嫌がるんだ?」
「嫌がるというかさ……あまりよろしくないというか」
「だから、一体何がよろしくないんだ? ちゃんと具体的に言ってくれないとわからないぞ」
それを言われてしまうと確かにそうかも知れないが、濁すからこそ距離感が保てるというか、それを具体的に説明してしまったら気まずくなるだけな気もするが。
小難しい事を抜きにして言ってしまえば、こちとら歳頃の男子高校生──中退済みだが──だ、同じ歳の、それもとびきり美少女の愛花と寝るのは、その。
いや、止めておこう。無心でいるべきだ。何も考えてはいけない、少しでも意識すれば眠るどころじゃなくなる。
「良いよ……とりあえず寝よう」
諦めのように俺は愛花と共に布団に入る。
いつもならスペースの余裕があるが、今日は二人分だ、自然にしていても愛花と肩が触れ合う。
さて、早速だが問題発生だ。後は目を閉じて意識を落としていくつもりだったけれど、すぐ側から流れてくる女の子のシャンプーの香りがそれを邪魔する。
ふわりと、どころではなくガッツリと。すれ違う程度ではわからなかった香りが俺の鼻孔をくすぐる。
質のいいルームフレグランスのようで落ち着く事は落ち着くが、それが愛花から香っているという付加価値が……何を冷静に解析しているんだ、発言の内容が気持ちが悪い。
(うぅ……これは逆に辛いかも……)
やっぱり断るべきだったかもしれない、だけどそれを伝えると切なそうな顔をする愛花を見ると……どうしても出来なかった。
「楓太……寝付けないか?」
気配でわかるのか、愛花に気取られてしまった。
寝たふりをしても無駄だろうと、俺は誤魔化さずに応じる。
「ちょっとな……」
「何かが無いと眠れないとか、か?」
ちょっと待って欲しい。
俺は心の内で愛花に問いかける。
なぁ、愛花。本当の本当に気になるんだが、どうしてそんなに優しい囁き声なんだ。夜だしみんな寝てるし、かもだからかもしれないが、なんでまたそんなASMRみたいな事するんだ……! やめてくれ……本当に眠れなくなる! 精神衛生上よろしくない!
とは面と向かって言えないから、当然やめてはくれないわけだが。
「よし、私が小さい頃に母さんによくしてもらっていた事を試してみよう」
「え、なに……?」
戸惑っていると、右手が柔らかな温もりに包まれる。
それが愛花の両手であるということには、出来れば気付きたくはなかったかもしれない。
この空気、不味い。
心音が愛花に聞こえてしまわないか怖くなった。
「こうやって、誰かに手を握ってもらうと、すごく安心できるだろう?」
「あ、あぁそうだな……」
くそぅ、可愛いなぁ。こうやって、こんなに近くでまじまじと見ると。
アキラも叶ももちろん可愛いが、今のこの状況は愛花の可愛いさというか、魅力というか。そういうものを何倍にも膨れ上がらせていた。
「これで眠れそうか?」
「そ、そうだな。これなら……」
むしろ更に寝付けそうに無くなってしまったが、俺はこれ以上何かされてしまう前にこれで手を打ってもらおうと目を閉じる。
「おやすみ、楓太……」
両手で握られている以上、俺と愛花は向かい合っている。
すぐ目の前に整った顔立ち。眼福だが、眼を閉じなければ。
しかし問題はまだまだ俺を眠らせてはくれないようだ。
愛花と向かい合ってから、なかなか眠れずに無理矢理にでも目を閉じて三十分程が経った頃だった。
「んぅ……」
時折漏れる淡い吐息と、幼い子どものような声に俺の心はかき乱される。
(お、俺に……眠れる日は来るのか……?)
結局その日は朝まで眠る事ができず、昼間の家事もあくびを噛み殺しながらやる羽目になるのだった。
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