鏖。
過去一でラブコメとは一体? な回です。ほのぼのタグが詐欺になりかねませんね。
愛花の目に狂いはなかった。
実際に立ち会い、拳を混じり合えばそれは確信に変わった。
(こいつ……!)
「ははははっ! 楽しいなぁっ、八月朔日!」
御剣は心底楽しそうにパンチに蹴りを愛花に叩き込んでいく。邪悪なものを感じられず、純粋に喧嘩を楽しんでいる様子はまるで子どもだ。
しかしその腕力は違えても子どものものではない、これほどの強敵は、父の峰十郎を除いていなかった。
苦戦する理由は、それだけではないのだが。
(くそっ、本当に素直にこいつらを倒すだけで本当にいいのか……!?)
囚われの身の楓太の存在がどうしても消えない。ここで羅生門を打ち倒したところで、素直に楓太を返すとは到底信じられない。
どうにも全力を出すことが出来ない愛花は、次第に御剣の重い拳を頬に、腹に貰い出す。
「ぐぁっ……!」
「いいぞっー! 御剣さん流石だぜー!」
「殺っちまえー!!」
「はははっ、そう盛り上げるなお前ら──楽しくなっちゃうだろ!!」
(クソが……!)
頬の内側が切れて血が滲み地面に吐き出す。出血したのは果たしていつぶりだろうか。そんなことはどうでもいい、まずは目の前の御剣を打倒さねばならないならない。
「ふっ〜……」
深呼吸。
取り乱してはいけない。
思考をまとめないといけない。
そう、楓太に手を出すつもりならば、今ここで連れてきてしまえばいい。それで愛花の戦意は喪失する……それをしない、そして口に出さない、愛花にも出させないというのならば、何かしら今はそれが出来ない理由があると考えられる。
一つ一つ、展開を進めていく必要がある。だから、まずは。
「──よし、勝てる」
「ほう、いい顔だ」
落ち着きを取り戻した愛花の顔を見ると、御剣も拳を強く握りなおす。
先程まで騒がしかったギャラリーのヤジも静まっていた。
砂利を踏む音が再戦の合図だった。
「ふんっ!!」
「ぬうっ!?」
地を蹴り空へ。身を捻り、逆回転の旋風脚──愛花のかかとが御剣のこめかみを射抜く。
ただの一般人相手に到底向けてはいけない殺人的な威力だが、御剣は片膝をつきなんとか耐えていた。
「くっ、はなはは……ぐらつく……」
「……落とす気で行ったんだがな。大したものだ」
「はっはっは、これからよ……」
御剣は立ち上がり、戦闘を続行する意思を見せる。
「……御剣、あんた負けないわよね?」
「黙っていろ花谷……今は俺の喧嘩だろ?」
ギロリと花谷を睨みつける。それ以上は花谷も何も言わなくなってしまった。
(ったく、この喧嘩ジャンキーが……)
内申悪態をつく。だが御剣がいてこその羅生門の強さは成り立っていると言っても過言ではなく、花谷は御剣の扱いには難儀していた。
「さぁ、たった一発で終わることもあるのが喧嘩だ。俺はキメに行くぜ、八月朔日」
「そうか……なら、お前のその敬意を評して。私も次の一撃で終わらせてやろう」
御剣はその言葉に震えた。
かつてこれほどまでに──勝てる気がしないと感じた事がなかったからだ。
だがそんな逆境で振るう、渾身の拳を信じたのは誰でもない御剣自身だった。
「うぅおおおおおおっ!!」
相打ち覚悟の大ぶりの一撃。
当たれば愛花もただでは済まない、全身全霊の右ストレート。
愛花はそれを──自身の額で受けきった。
「なにぃ……!!」
額から血が流れる。コンクリートだって割れそうな威力をその小さな顔で受けたのだ、当然だ。
だが愛花は倒れない。
「言っただろう、敬意を表すると……次は、私だ」
その瞬間、御剣は光を見た。
己の目の前が真っ白になるのを感じ、最後に身体が吹き飛び、窓ガラスを突き抜け外へ放り出された時には、もう意識を失っていた。
「い、いま殴ったのか……?」
「嘘だろみえねぇよ……」
「怪物だ……!」
愛花の絶対的な強さを目の当たりにしすっかり萎縮してしまった下っ端たち。
だが、花谷だけは不敵な笑みを浮かべていた。
「ふ、ふふ……もういいわ、こうなることも想定内よ……」
「おい、約束を守れよ」
「約束? あぁ……何言ってるのよ、私がまだ残っているじゃない」
「お前、弱いだろ。無様な姿を晒す前に、さっさと楓太を返せ」
「生意気を……! 御剣がこの場にいないのも、もう都合がいいわ。小田切ぃ! 連れてきなさい、大事な大事な居候が、傷ついているところを……!」
「貴様……!」
その声と同時に、その扉が開く。
愛花が最後に見た動画には、楓太は椅子に固定されていた。一体どんな目に合わされているのか、愛花は頭を振り最悪のイメージを無理やりかき消す。
「楓太! 無事……え……?」
「ま、まな、愛……花……」
──指はズタボロになり。
腹部は血に塗れ、なおかつ今も流れ続けて。
「たす、け……」
意識を失い、青ざめた顔でその場に倒れ、冷たい地面に血の池が広がっていって。
「あ、あ、ぁあ──」
視界が真っ赤に染まる。
どうして。どうして、血があんなに。
私が遅かったから、私が楓太を一人にしたから、私が彼を巻き込んでしまった。愛花の自己嫌悪は止まらない。
このままでは、このままでは、このままでは。
楓太が死ぬ──
「うぁぁああああああああアっっっ!!!」
「なっ、べぎっ!?」
花谷が宙を舞う。何回転も回りながら、地面に引っ張られて落ちる。打たれた右頬の骨が砕け、まともに喋ることは不可能になっていた。
己の属するグループのリーダーのあっけなくやられる姿に、下っ端たちは戦慄する。
今すぐここから逃げ出さないと──しかしそれも無駄な思考だった、
「殺すッ! 殺すッッ!! 殺すッッッ!!!」
折の中に閉じ込められた空腹の熊と、なんの武器も持たぬ人間。
後はどうなるかなど、想像もしたくない。
「鏖だ──ここから生きて出られると思うなよ!!」
こんかいもここまでお読みいただきありがとうございます!明日も11時投稿です!




