もう見ちゃ駄目。
「……と、言うわけで。全治一ヶ月です」
俺は病院にて骨折の処置を終えた後、最終的にはお医者さんにそう伝えられた。
まだある程度は軽度の骨折だから良かったものの、一ヶ月以上固定されて動かせないのは不便だった。なによりこれではまともに家事もできやしない。
「一ヶ月。短いようで長いな」
「いや長いよ愛花姉ぇ。一ヶ月も利き腕が使えないなんて」
困ったことに、タイミング悪く真奈美さんは出張で二週間は帰ってこれないらしく、任せることもできない状態だった。このままでは洗濯も料理も行えない。
「……すみません、アタシがあんな奴らに絡まれなきゃ……」
数日前に、『風雷』を壊滅に追いやったアキラが申し訳無さそうに項垂れている。
「何言ってるんだ、アキラのせいなんかじゃないぞ。……それに、左腕が使えるなら、まだなんとかは……」
「いや、待ってください楓太さん」
アキラは俺の言葉を遮り、愛花、叶の二人を見てからこう切り出した。
「家事、アタシたちがします。ちょうどこれから夏休みだし」
「アキラたちが? いや、でも……」
「言いたいことはわかるっすから! でもさすがにそんな状態の楓太さんになんでもかんでもやらせられない……そうだろ二人共」
「全く同意だ。楓太、これは私達にとってもいい機会なんだ。少し任せてみてくれないか?」
「私も頑張っちゃうよ!」
──俺は感動していた。
八月朔日家に来たときに、この3姉妹たちの家事スキルを見て絶望──一周回って笑っていた──した頃を思い出す。
洗濯をすればビショビショのままの洗濯物、卵をレンジに突っ込んで爆発させて、掃除をすれば何故か更に散らかって……。
あれ、何に感動してるんだ?
「……ほ、ほんとうに大丈夫か?」
「だーいじょうぶっすよ! たぶん」
「もう二度と卵は扱わん」
「まっかせてよ楓太兄ぃ! なんとかなる!」
自信があることは頼もしいが、どれもこれと言った根拠があるわけではない事が少し怖い。本当なら、俺が一人一人に教えてやる方がいいのだろうが、それも今は難しい。
ここはこの三人のやる気に任せてみるとしよう。
★★★
「どう! 楓太兄ぃ! 正直舐めてたでしょ!」
「おぉ……!」
叶の言う通り、俺は期待よりも不安の気持ちのほうが強かった。しかしどうだろう、蓋を開けてみれば、叶は俺が見ないうちに成長を遂げていた。
前まではなぜか掃除機を破壊していた叶だったが、今は華麗に使いこなしていた。
まだ少し甘いところはあるけれど、困った時は掃除は叶に任せても問題はないだろう。
「すごいぞ叶、いつの間にこんなに出来るようになったんだ?」
「ふふん、楓太兄ぃを驚かせようと……あと、楓太兄ぃばかりにお家のことしてもらってるから、少しでもお手伝いできるようにって、愛花姉ぇとアキ姉ぇと話してたの」
その気持ちはとても嬉しく思えた。
元々なんの縁もない俺のために、そこまで考えてくれたことに、俺も八月朔日家に溶け込む事が出来たのかなと安堵する。
「ありがとうな、叶……みんなにも伝えないとな」
「気にするな、私達がしたいからしているんだ」
「愛花……って、どうしたその格好」
エプロン姿なのはいいが、なんだか得体のしれない色の液体がついていた。確か愛花は料理を担当すると言う話だったが……。
「人は……そう簡単に変われない」
「……大丈夫! 俺も教えるから、ゆっくり上達しような!」
やはりそう簡単には全てが上手くいくわけではなく、教える必要はあるようだ。だがそれは俺も大歓迎だ、頼ってくれるのなら俺も親身になって教えるというものだ。愛花もよろしく頼むと微笑む。
さて、となると後は。
「アキラは?」
「アキ姉ぇは洗濯物を干してるよー」
それを聞き、俺は2階へ向かう。
愛花たちの部屋を通り過ぎ、ベランダにアキラはいた。かごに入ったたくさんの洗濯物を干している。
「アキラ、洗濯機ちゃんと使えるようになったんだな」
「うぇっ!? ぁ、あぁ……楓太さん」
アキラは手に持ってきた洗濯物を隠すように胸にもち背を向けた。
「どうした?」
「い、いや……得には何も」
とは言うが、明らかに動揺している。俺が来た途端に、干すことも止めてしまっていて、何か不都合があるのだろうか。
真意はわからないが、アキラは俺に一つのお願いをしてきた。
それはちょっぴりショックなような、仕方ないようなことだった。
「楓太さん……出来ればアタシの下着は〜……母さんに任せてほしいかなと」
「えっ……あっ、いやそれは全然、いいけど」
えっ、とか言うと干したいみたいでなんだか気持ち悪いな。でも、そうだよな。最初こそは別にいいと思ったのかもしれないけど、男に下着見られるのは嫌だよな……。
「……もう見ちゃ駄目っす」
アキラが何か呟いた気がしたけれど、良く聞き取れなかった。
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