すげーカッコよかったっす。
次回からほんわか夏休み編です。
きっとこれは悪い夢だと、風間は自分に言い聞かせていた。
100人の不良相手と、たった一人の女番長。その両方が戦えば、どうなるかなど誰に問うても答えは一緒のはずだ。風間も当然、こちらの勢力が負けるはずがないと自負していた。
それなのに、いざ始まってみればどうだ。そのたった一人の女番長は、どうしている。
「や、やべぇってこいつっ、ぎゃっ!?」
「おい引くなよっ、数で攻めろ!!」
「そんなんじゃどうしようもッ、ぷげっ!」
無抵抗で殴られた雷からの傷を除いて無傷ではないか。
「ォォォおいおいおいッ! つっまんねェなぁッ!! ちょっとでいいから本気出させろよ!!」
アキラは全方位から攻めてくる不良たちを、目にも留まらぬ速さで一人一人薙ぎ倒していく。
その姿はまるで鬼神。返り血を浴びて、髪以外も赤く染まっていく。拳も、頬も、闘気も。
話は変わるが、アキラたちには周りの不良たちが勝手に名付けた二つ名がある。
アキラ自身はこっ恥ずかしいから止めろと言っているが、殴った血の赤と、揺れるアキラの赤髪から因んでこう呼ばれている。
紅の戦姫と。
決して過大な名称ではなく、そう呼ぶにふさわしい戦いぶりだ。武器を使わず、信じるものは己の拳。
「アキラさん、すごい……」
「わかってたけど、アキラ、あんなに強かったんだな……」
「アキラのポリシー上、基本素手でしか喧嘩しないが、使わせたら私でも手がつけられん。もう何年も前の話だがな」
あれ程の強さで、まだ力を隠している事実に楓太は驚きを隠すことが出来ない。それだけの力を持ちながら、風間の提案を聞き華子を守ることに徹した事から、どれだけアキラが華子の事を想っていたのか。
「風間ァッ! テメェは最後にぶちのめすから待ってろよなぁっ、逃げんなよ!!」
不良たち──もう半分も減ってしまった──に囲まれながら奥で震えている風間に宣戦布告。
その言葉を聞いて、風間は完全に戦意を喪失してしまっていた。
「ふざ、けるな……あんなめちゃくちゃな奴がいていいわけねぇだろ……!」
用意した駒と罠も何もかもをアキラに砕かれ、半ば自暴自棄になりかけていたが、その側にいた男の声にはっとする。
「バカ言え。お前俺が負けると思ってんのかよ」
「雷……」
「風間ぁ、まぁみてろや。最後に立ってるのは、俺だ」
「──なぁに勝ち誇ってんだよ、ゴリラが」
あれだけの数の不良たちは全員、アキラを傷付けることができずに倒れていた。
最後に残されたのは、風間と雷だけになってしまっていた。
「今度は殴られるだけじゃねぇぞ」
「おもしれぇ。なら、精々本気とやらを見せてくれよなぁ!」
雷が先に仕掛ける。何度もアキラと楓太を傷付けた拳に、アキラは反応しなかったのか出来なかったのか、交わすことなく頬で受けた。
だが──
「軽いんだよ……おまえのは」
「な……!?」
一切のダメージも感じ取れなかった。微動だにせず、ただ雷を睨んでいた。雷も動揺を隠すことができない。触れる頬は柔らかいのに、まるで岩石に叩きつけたようだったからだ。
「いいかゴリラ野郎、本当のパンチってのを教えてやる」
雷がまずいと危険を察知し、後ろに下がったときにもう遅かった。それよりも何倍も早く、アキラの拳が雷を捕らえた。
「おるぁッ!!」
「ぐばぁっっ!?」
雷はバスケットボールのようにバウンドしながら吹き飛んだ。壁にぶつかってようやく止まることができたが、もう動ける状態でもない。
「誰が最後に立ってるだって? なぁゴリラ野郎……さて」
「ひっ……!」
風間は腰が抜けてしまったのか、その場にへたり込んでしまった。先程までの態度も今ではまるで嘘のようにかき消えていた。
「おら立てよ。喧嘩しようぜ、喧嘩」
「ゆ、許してくれ……」
「ァアッ!?」
「ひぃぃい……!」
壁ドンならぬ足ドン。風間の顔の真横を思いきり踏み抜き、さらに萎縮させる。
アキラの怒りはおさまらない。目の前の元凶を捻り潰さない限りは。
「自分勝手だろ? テメェは散々やっておいて自分がやられそうになったら許してくれだ? 舐めたこと言ってるとマジでぶち殺すぞ……」
「や、やめ……」
「いいか? 人間は結構簡単に殺せるんだよ。……いや、死んじまうんだよ、誰もそこまでやる気がねぇから。なぁ?」
殺意が本気だと、風間は気付いてしまった。この女は、その気になれば本当に自分を殺せるのだと。
普段、自身が口にしてきた殺すという言葉が、どれだけ薄いものなのかを思い知った。
人を殺すことに覚悟がないからだ。
「所詮は不良グループのしょうもねぇ頭だ。痛みでの教育なんかがテメェに響くのかは知らねぇが」
アキラは振りかぶる。避けられる気はさらさらなく、力だけを込めた大ぶりに。
風を切る音がした。雷に向けたものとはまるで違う、高速の拳。破裂音と似た衝撃と、膝から崩れ落ち、その場に倒れた風間の顔は恐怖と、鼻水やら涙やらで固まっていた。
どうやらアキラは直前でその高速の拳を止めたらしい。風間は痛みでもなく、恐怖だけで気絶してしまったようだ。
当たっていたら、死んでいたかもしれないから。
「終わったぜ」
「どうだった?」
「聞くなよ愛花。見りゃ分かんだろ」
「だろうな。……さぁ、後は楓太を病院に連れて行くだけだ」
「……あぁ。早く行こう。そうだ、お前らは華子を送ってやってくれ。楓太さんはアタシが連れて行くから」
そう伝えると、愛花と叶は華子を連れて工場を後にした。
「アキラさん! 本当にありがとうっ、助けてくれて……」
「いーよ。……もう拐われたりすんなよ」
「今度っ! お礼するからねっー!」
それにしても、一体どれだけの相手を用意すれば、この姉妹達は本気にならざるを得ないのか。楓太は少しだけ恐ろしくなったが、その頼もしさに、自分自身が情けなくも思えてしまった。
強さとかそういうものじゃなく、歳下の女の子に守られてしまったことに。
「はいはい……楓太さん、立てますか?」
「あぁ……」
全身ボロボロで歩くことも困難だが、それくらいは強がりを言おうと、なんとか立ち上がる。
「楓太さん、ありがとうございます」
「……なにが?」
「助けに来てくれて」
アキラの肩を借りながら、礼を言われ、楓太は少し自嘲気味に笑った。
「いや、俺なんて何も出来てないよ。結局愛花達が来るまでの時間稼ぎしかできなかったし……」
「そんなことないっすよ」
やや食い気味に返した。そのままアキラは続ける。
「あいつらに立ち向かってた楓太さんは……すげーカッコよかったっす」
「……! ありがとう」
日が沈みだしていた。
河川敷や、町並み。空が赤く染まっていく。
けれど、それだけではない。
血の赤でも無く、アキラの髪の毛でもなく。
誰に見せないその顔が、紅く染め上がっていた。
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