八月朔日3姉妹とトレーニング。
「3人に、俺に特訓をつけてほしいんだ」
とある日の正午、俺は常々抱えていた悩みのような物を3姉妹に打ち明けた。
あまりにも突拍子もない話で、少々戸惑っていた。それもそうだろうな、そんな話今までしてこなかったから……。
「……どうしたんだ楓太? いきなり特訓だなんて」
「いやな……」
これは別に、3人に対して何かを思っているわけではないが……時々俺自身がふと感じる事がある。
……守られ過ぎじゃないかと。
思い出したくもない事が多すぎて、ここでは話題に挙げないが。
とにもかくにも、つまりは俺にも男としてのプライドが、多少はあるという訳だ。
「特訓、特訓か……」
「そもそも皆は、何をどうしてそんなに強くなったんだ?」
特に普段から、何かをしている様にも見えないが……。
「う〜ん……あぁでも常にこんなのは身につけてるけど」
何を、と訊く前に。
叶が手首から外した、リストバンドだと思っていた物がゴトンと音を立ててテーブルに置かれた。
いや、まさか……そんな格闘漫画みたいな……。
「……えっ、重……」
少し持ち上げようとして、ちょっとショックを受ける。これを着けて平然としていられる自信が無かったからだ。
それも両手に。
そしてそれはこれだけじゃ終わらない。
これもそうだよと、通学用のローファーも、鞄も、身に付けるものが何もかも特別仕様だった。
今までそれに気付けなかったのは、3人全員が平然としてそれらを身に着けて、日々を過ごしていたからだ。
何故そんなに涼しい顔をしていられるのか。
不思議だ、いや、本当に。
……はっきりと間近で見た事がある訳ではないが、筋肉がゴリゴリもりもりと言うわけでもないのに。
「まぁ遺伝子的なモンが強いんじゃないかと」
「それはあるだろうな。なんせ父親がアレだからな」
「血筋って事か〜」
あくまですごいのは父親だと言うが、それだけではここまでにはなれないだろう。現に先程見せてくれた、何で出来ているのかまるで分からないリストバンド。
「でも、皆はさ。強くなりたいってのはあるんだろ? それに向かって頑張ってるんだから、遺伝子とか、血筋とかは関係ないだろ? ……俺にも、それを教えてほしいな」
「うぅん……そう言われちゃ、応えないわけにもいかないっすね」
「じゃ、皆で昔お父さんに教わったのを伝授してあげようよ!」
「ん……そうだな。そうしよう」
そうして3姉妹による特訓が始まる。
始まりこそ俺も気合を入れていたが、その気合もバキバキに折られてしまう。
まずはこれを、と例のリストバンドを両手に着けて何をしたかと言えば。
「よし、走ろう楓太」
「うん……どれくらい?」
「動けなくなるまでだ」
具体的な数字を期待したがそうもいかないらしい。
ここで不安を口に出すのも、弱気になるのも一度特訓をつけてくれと言った手前、引くに引けない。
3人の後に続くようにランニングを開始する。
どこまで行くかは自分の体力次第。
「はっきりと行っておくが、これが正しいトレーニング方法だとは私達も思っていない。本当に無理は……」
「いや、大丈夫だ。やらせてくれ」
それからは無心で走り続けた。
3人に応援されながら、ひたすらに。
先に言ってしまうと、俺は当然このランニングだけで動けなくなり、翌日も激しい筋肉痛に襲われる事になる。
……それでも俺は、この行いには意味があると思っている。
だって始めない事には、何も進まないから。
風雷、羅生門……過去に襲われ、助け出され。
不甲斐ない思いを何度もした。
あの時、俺がもっと強ければ、頼もしければ。
あんな事にも、なっていなかったんじゃないかと。
たらればの話だが、時々そう考える。
目の前の三人は、そうは思っちゃいないようだけど。
「大丈夫か楓太?」
「アタシらのペースももうちょい落とすべきだったかな……」
「私がおぶってあげよっか!」
「……ありがとな、みんな」
……焦る事も無いか。
今は頼る事も多いだろうが、きっと必ず。
「俺、皆の事守れるくらい強くなるよ」
そして、後日日頃の運動不足が祟ったか、信じられない程の筋肉痛に襲われるのは、また別の話。




