宮下猛 Part9
短編『キスしないと死ぬ呪いにかかったけど、ギリギリ頼めるのがお隣さんのOLお姉さんくらいしか居ない。』
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その日は穏やかな天気だった。
太陽の陽射しが暖かく、双子の子どもたちを連れて散歩をするには良い日だった。
「今日はありがとうございます、一緒に過ごせて嬉しいです……」
「ようやく作れた時間だ、俺も楽しみにしていた」
猛にとって文香も、楓太も楓斗も大切な存在になっていた。初めこそ、どうしたものかと深くは考えてはいなかったが……投げ出すには背負いすぎてしまった。
捨てるには、その3人にはつけられないほどの価値がついていた。猛にとって、掛け替えのないもの。
単純なものだと、猛は己を笑う。
子供が出来たこと、それをたかがというか、それほどのことというべきか。
どちらにせよ、子を持ち父親になった事実が猛を変えたことに間違いはなかった。
「よっと」
ベビーカーに乗せていた楓太が泣いていた。宥めるため、抱き上げる。
いつまでも軽い我が子に、愛おしさを感じながら。
「よしよし、男なら泣くな泣くな。俺の子なら特にな」
「ふふ、猛さん、赤ちゃんにも厳し──」
い、の言葉は続かなかった。
こんな町中で、聞こえてきてはならないはずの耳をつんざくような銃声がその声を遮断した。
「え」
目の前で文香ガ倒れていく。
それがやけにスローに見えて、猛は嫌でも理解した。
撃たれたのだ、何者かによって。
「なっ──」
通行人の悲鳴が響き、皆が逃げ惑う中ただ一人が猛を見据えていた。
その人物は猛も知っていた。
数日前に……猛が破門へと追いやった男なのだから。
「竹林、テメェ……!」
「動くんじゃねぇよ宮下……おい、ガキを連れて行け」
竹林の手下か、見知らぬ男がベビーカーに乗った楓斗を奪い去る。
「おい! 何がしたいんだ、こんなこと……!」
頭の中は真っ白だった。
文香を病院に連れて行かないと、楓斗を取り返さないと……だが目の前には、拳銃を持った竹林。
「テメェが余計なことしなけりゃ、今頃俺はもっとヤクをさばいて金儲け出来てたのによぉ……テメェがいたから……!」
あまりにもめちゃくちゃな逆恨みだ。
自分勝手にも程がある物言いに、猛の怒りもこみ上げてくる。
そんなくだらない事で、文香を撃って何になると。
だがこの場においては、主導権は竹林にある。
楓太を抱いたままでは応戦も出来ない、何よりこのままでは血を流す文香を見殺しにすることになる。
せめて、この状況を見た誰かが警察に通報、そして救急車を呼んでくれることを祈るばかりだった。
「……一つ、教えといてやろうか」
竹林は趣味の悪いニヤケ面でそう言った。
「俺は別にどうなったっていい、ただテメェに刻みつけたいだけだ、死ぬまで忘れられねぇ最悪の日ってやつをよぉ……! だからここで俺とにらめっこしていようか、何もできねぇで女が死ぬまでさぁ!」
「クソが……!」
「動くなよぉ、少しでも動けば打つからな……」
「このカスが──」
今すぐにでも目の前の竹林を殺してやりたい──そんな想いが満ち溢れる。
どうすることもできない、己の惨めさに唇を噛み締め、噛み締めすぎて破れ血が流れる。
「文香──」
じっとしていられなかった。
声も出せず蹲る文香に、竹林の忠告も忘れ駆け寄る。
それを竹林が見過ごすわけもない。忠告通り、身動きを取った猛の肩を撃ち抜く。
「うぐぁっ……!」
「動くなっつっただろうが……」
右肩に激痛、だが楓太に当たらなくて良かったと自分よりも楓太の心配。
どうしようも、出来なかった。
どうすれば、どうすれば良かったのか。
猛は十年後もずっと、後悔し続けることになる。今日、この日を。
……遠くからパトカーと救急車のサイレンが聞こえてくる。
それが到着すると、さっきまでの緊張はなんだったのかと思うほど簡単に竹林は警察に確保された。
それも相まって尚更に歯がゆい。
本当に竹林は、ただこれのためだけに、こんな暴動を起こしたのかと。
それから文香は救急車で病院に搬送されたが、あっけなく、本当にあっけなく命を落とした。
言葉も交わせず、最後に別れなども告げることも無く。
突然に奪われた。
死ぬ必要などなかったのに。
何も悪いことなどしていないのに。
文香は巻き込まれただけの被害者……ならそれに巻き込んでしまったのは。
(俺だ……)
……けれど。
間違っても、出会わなければ良かったとは口にしない。
短い時間でも、文香と過ごした時間は猛にとってかけがえのないものだった。
それを間違いだったとは、死んでも口にはしたくなかった。
「……お前だけは、これからは絶対に守ってやるからな……」
腕の中で眠る楓太に、猛はそう囁く。
失った文香。
奪われた楓斗。
せめて自分にできることは、猛に残された、文香との繋がり……楓太を大切に育てることだけだった。
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