宮下猛 Part6
楓太と楓斗が産まれてから、猛の二重生活が始まった。
文香たちとの生活、極道としての裏の生活。
最初こそは、勢いだけでなんとか出来ていた。子供が産まれた興奮と、自身が父親になった非日常感に、アドレナリンは全開だった。
しかしそれも次第に誤魔化しが効かなくなり、猛の疲労は目に見えて蓄積していく。文香や、組の者からも心配された。
「猛さん、最近大変そうですけど……大丈夫ですか?」
「俺は別になんてことはない……むしろそっちこそ。双子の世話なんて苦労するだろう」
「でも、それも幸せの過程ですよ」
「……そうか」
1歳になった2人の寝顔を眺める。
まだこの世の何も知らない、誰にも恐れられもしない無垢な存在。
今は、この2人、いや3人が猛にとっての世界の中心だった。
出来ることならば、組を抜けてカタギに戻り文香の側にいてやりたいのが、猛の望みだった。だがそれだけで事が進むほど優しい世界でもない。
その上猛は、現在の藤城組にとって必要不可欠な存在。他の事情があろうとなかろうと、どちらにせよ今はまだ抜けられそうにもない。
「今度、散歩にでも出掛けよう。楓太と楓斗と一緒に、太陽の光を浴びないとな」
「ふふ、楽しみにしてますね」
★★★
「……クスリですか」
「そうだ。うちの島で勝手にバラまいてやがる。別に物自体はどうでもいいんだが、人の庭で好き勝手やられたらいい気はしねぇ。……宮下ぁ、こいつらちょっと痛めつけてこい」
「はい」
組同士の争いはいつも絶えない。
面子、金、力、それらに拘って闘い続ける。
事務所を出た猛は、クスリの売買を行っている連中を探す。虱潰しに探すのもいいが、向こうから声をかけてくるのを待つのも一つの手だった。
だがそれが出来るのは、他の者だ。
猛には少し難しい。猛の話は、他の組にも十分に知れ渡っている。下っ端は猛に恐れ慄き、姿を見つけたらそそくさと逃げ出す。
だから猛に出来るのは、見つからないようにその売買人が来るのを待つことだ。
「まぁ……それしかねぇか」
「何がそれしかないのよ」
「あ?」
振り返るとそこには真奈美がいた。
だが一つ、違う点があるとすれば。
その腕には、見慣れない子供がいた事だ。
「……そうか、忘れてた。お前も子持ちか」
「見せてないなー、って思ってね。ほら、愛花っていうの」
真奈美も猛と同じ様に、一年前に子を授かっていた。
何やらその相手は、とんでもない武力を持った男らしいが、猛には詳しいことは分からなかった。
「しかし、あんたが義理の兄になるとはね」
「俺も驚いたけどよ。……まぁ、別にいいだろ」
文香は真奈美の姉だった。特徴的な名字の時点で、猛は察してはいたが、あまりにも正反対な彼女たちに、実際に確かめるまでは確証がつかめなかった。
「まぁ幸せにしてあげてよ。じゃね。あんたも綺麗なお仕事でも始めなよ」
そう言って真奈美は立ち去っていった。
幸せそうに、腕の中の愛花を抱いて。
「……綺麗なお仕事、ね」
それができるのなら、とっくにしていると嘆く。
それをさせてもらえるのなら、対抗事務所を単身で潰してみせると嘯く。
「それも自分で選んだ道か……」
路地裏で身を潜めながら、タバコに火を付ける。
吐き出した煙が、この先の猛の未来のように。
ゆらゆらと、不規則に漂い、消えていった。
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