宮下猛 Part2
猛には、たった一人だけ愛した女がいた。
コーヒーが美味いからと、気が向けば通っていた喫茶店で、その女は働いていた。
栗色の長髪。
華奢な体の、色気の感じられないどこか陰鬱な面影。
店に入る度、まだいるのかと猛は驚いていた。いつもいつも、無表情で接客をする姿から長くは続かないだろうと予想していたからだ。
そんな彼女に、興味を持ち出したのはその頃からだった。
猛の気に入っていたコーヒーは、彼女が淹れていたものだった。豆や水を選んだわけではないから、この高品質自体は店が大したものだというところなのだが、それでも不思議と猛は、彼女が淹れたから美味いと感じていた。
ある日は、珍しくランチを頼んでみることもあった。
特に目新しくもないポークソテーだったけれど、食後のコーヒーがまた一段と美味に感じていた。
今にして思えば、猛はなにか安らぎを求めていたのかもしれない。
自分から選んだ道だが、暴力団とは抗争の日々だ。
疲れていた。
少しでいいから、あの喧騒から逃れられる場所を探していた。
そこに、あの女だ。
キャバクラやラウンジにいる女達とは違う、自分に自信など一縷も持ち合わせてはいないだろう。
だが美人だ、猛はそう感じていた。
多少化粧をして着飾れば、すぐに男が寄ってくるだろうな、と。
だからなんだ、とコーヒーと共にすぐに飲み込む。
「いつもありがとうございます……」
「ん?」
ポークソテーとコーヒー代を支払う時、そう礼を告げられた。
それが目の前の女からだと気付くのに、少し時間がかかった。初めて、声を聞いたからだ。か細い声だ、この静寂がそのまま建物になったかのような喫茶店でなければ聞き取ることは出来なかったかもしれない。
「お客さん、よく、来てくれてますから」
普段から客の居ない喫茶店だったから、何度も来る猛を覚えていた。
少し強面、けれど物静かにコーヒーを飲む姿を。
「……そうかい」
これが、二人が交わした初めての会話だった。
これが、二人の出会いだった。
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明日も投稿します。




