第7話 吸精王の支配する町。
「どうぞお通り下さい、勇者様! 吸精王様がお会いになるそうです!」
町の正門でしばらく待っていた「少年勇者ヒカル」と「変態賢者アンニュイ」は、商業ギルドのマスター「ゴールドディ」の手引きで、中に入る事を許された。
「ささささささささささささささささささささ! どうぞどうぞどうぞどうぞどうぞどうぞどうぞどうぞ!」
めちゃくちゃ低い姿勢で前を歩くゴールディ。タッセルの町を仕切っているのは商業ギルド。実質支配者であるはずのゴールディが、ここまで低姿勢である事に、ヒカルは違和感を感じていた。
そもそも、町の入り口で止められた事自体がおかしい。町の人々は、「吸精王」に奴隷として虐げられているのではないのか? 自分に助けを求めてくるのが普通ではないか?
いや、違う。だからだ。彼らは「吸精王」に逆らえない。逆らえば、きっと殺されてしまうのだ。ならばここは従うべきだ。そして吸精王に面会が通った瞬間、奴を仕留める。ヒカルはそう考えていた。
馬車に揺られてしばらく進むと、見上げる程の大きな館の前に到着した。
「ここです勇者様。この館の最上階、最奥に吸精王レスカ様はいらっしゃいます。まぁ、私の娘なんですがね」
「えっ!? そうなんですか!?」
意外な事実に、ヒカルは思わず聞き返す。
「ええ、そうです」
笑顔で答えるゴールディ。しかし......娘に対して、ちょっとへりくだり過ぎじゃなかろうか。「様付け」は流石にやり過ぎな気がする、とヒカルは思った。
賢者アンニュイはと言えば、ほとんど影のようにヒカルに付いてきていて、一言も喋らない。いつもなら所構わずセクハラをしてくるのだが......静か過ぎてかえって不気味である。
「着きましたよ勇者様! ここにレスカ様はいらっしゃいます」
ゴールディはそう言って笑うと、ドアをノックする。
「レスカ様! 勇者様と、付き人っぽい不気味な中年をお連れしました!」
「わかりました、お父様。入室を許可致します。お客様をお通ししてください」
気品のある女性の声が、部屋の中から返事を返した。ゴールディの娘との事だが......それが本当なら、普通の人間がサキュバス族の王である「吸精王」になったと言うのだろうか。ならば、出会い頭に仕留めるのはやめておこう、とヒカルは思った。
「レスカ様のお許しを頂きましたので、どうぞお入り下さい」
ヒカルとアンニュイは、ゴールディに案内され、室内へと入る。
荘厳な雰囲気の部屋だった。絵画や調度品、装飾品に至るまで全てが豪華。その際奥にある応接用のテーブルセットに、この部屋の主であろう女性が優雅に佇んでいた。
「ようこそ、勇者様。私が吸精王。名前はレスカです。どうぞ、おかけ下さい」
レスカは微笑を浮かべ、ヒカルとアンニュイに椅子を進めた。
「では、私はこれで失礼したします」
ゴールディが退室する。ヒカルとアンニュイは目を見合わせ、それからもう一度レスカを見る。
(彼女の持つ雰囲気は、今のところ普通の人間と変わらないように思える。だけど、擬態しているのかも知れない。邪悪スカウターでチェックしてみよう)
ヒカルがこめかみに人差し指を当てると、彼の両目を覆うレンズが出現。勇者スキル「邪悪スカウター」で、レスカを調べ始める。
(こっ、これは!)
ヒカルは驚愕した。
(邪悪値五十万!? サイクロプスがまるで赤ん坊に思える程、圧倒的な邪悪値だ! 人間も殺しているし、半殺しや生殺しにもしている! この人は......! 悪だ!)
ヒカルはアンニュイに対し、思念で会話するスキル「念話」で危険を知らせようとした。だがアンニュイはすっかり鼻の下を伸ばし「ウヒョー!」と奇声を発している。その視線の先は吸精王レスカ。
(そうか、もしかしてこれは【魅了】。近づく者を虜にすると言う、アレか。道理で誰も彼女に逆らえない筈だ。もはや、野放しには出来ない!)
ヒカルは覚悟を決めた。アンニュイは魅了されてしまい、戦力にはならない。
「全ての清く正しき者の母、女神ルクス様。邪悪と戦う力を、私にお与え下さい。我が身に宿り、敵を滅ぼし下さい。アレル・ルクス!」
ヒカルは素早く女神ルクスに祈りを捧げ、女体化変身する。
「ウヒョヒョ!」
飛びついてくるアンニュイをアッパーカットで天井に突き刺し、レスカに対峙。油断なく構えを取る。
「その姿.......噂に聞く、勇者を守護する女神ルクスの力ですね。しかし、私に対して戦闘態勢を取るとはどう言うおつもりですか? 私は対話がしたいだけなのですが」
「問答無用!」
ヒカルはレスカの頭上に跳躍。空中で高々と足を掲げる。
「ゴッデス・ハイパーネリョチャギ!」
ヒカルは異世界の格闘技、テコンドーを嗜んでいた。超スピードで振り下ろされる、必殺のかかと落とし。
「ふふっ。どこを......見ている?」
だがレスカはその場所には居なかった。ヒカルはテーブルセットを派手にぶち壊して、背後を振り返る。
レスカは妖艶な笑みを浮かべ、腰に手を当てて悠然と立っていた。