第1話 クラスチェンジ。
「レモン、お前今日でクビな」
「え!?」
ここは宿屋の一階にある食堂。出発の準備を終えて部屋から降りてきた俺に、パーティーリーダーのライオネルからクビを宣告された。
突然の出来事に、俺は持っていた荷物をボトボトと落とす。
「あー! この役立たず! 何落としてんのよ!」
同じパーティーのシルファが俺の失敗に激怒し、ビンタを打ち込んで来る。
「いてっ! ごめんよシルファ」
思わず頬を抑える。そこへもう一人のパーティーメンバー、ウィンディも割って入る。
「ごめんじゃ済まないっての! 壊れてたら弁償だからね! さっさと拾いなさいよ!」
彼女からもビンタを喰らった。
「うう......」
俺は涙目になりながら、ライオネル、シルファ、ウィンディの荷物を拾い上げた。
俺は元々しがない村人。幼馴染の魔法使いシルファ、そして僧侶ウィンディとの三人パーティーで冒険者をやっていた。
だがある日、ライオネルがパーティーに参入したいと申し出て来たのだ。
幼馴染二人は賛成した。ライオネルはSランクの魔法剣士であり、大幅な戦力アップが見込めたからだ。二人に押し切られる形で、俺も渋々賛成した。
俺とシルファ、ウィンディは将来を誓いあった恋人同士だった。この国は一夫多妻なのだ。
なのに今は。シルファもウィンディも、ライオネルの女だ。俺は彼女達を、寝取られていた。
二人とも村で一、二を争う美少女。シルファは青く波打つポニーテールが印象的で、切れ長の目にぷっくりとした唇。胸も大きく腰はくびれ、お尻も太腿もムチムチしている。ウィンディは対照的に痩身で、緑色のセミロングヘア。前髪を切り揃えた大人しいイメージ。大きな目と、笑うと八重歯が見えるアヒル口が可愛い。
ライオネルの狙いは、初めから彼女達だったのだ。そうじゃなければ、こんな弱小パーティーに入りたがる訳がない。もっと早く、その事に気づくべきだった。
昨日の夜までは、俺は二人を信じていた。だが俺は聞いてしまったのだ。ライオネルの部屋から漏れる二人の艶かしい喘ぎ声を。そして見た。ライオネルと絡み合っている彼女達の姿を。
だけど、それでも......やっぱり俺は、シルファとウィンディが好きだった。離れたくなかった。それなのに。
「やっとレモンとおさらばできるのね。遅すぎたくらいだわ。ライオネルったら、優しすぎるのよ」
シルファがライオネルにしなだれかかり、奴の胸筋に人差し指を押し当てる。彼女の豊かな胸がライオネルの体に押し当てられ、むにゅりと潰れて盛り上がる
「そうね、優しすぎるわ。いつまで経っても村人のまま、クラスチェンジ出来ないクズをパーティーに入れておくなんて」
ウィンディもそのしなやかな腕でライオネルの首に抱きつく。そして大きな目で奴を見つめながら、その頬にキスをする。ああ......夢にまで見たウィンディのキス。だがそれは、俺ではなくライオネルのもの。
小さな頃から一緒に育った。村でも有名な仲良しトリオだった。
冒険者になりたい。ワクワクするような、冒険の日々を送りたい。ある日幼馴染達はそう言った。
「大好きなレモンと、死ぬまで一緒にいたいの」
「うん、絶対離れたくないよね」
「ありがとうシルファ、ウィンディ。嬉しいよ。俺も大好きだ。絶対に離れたくない」
シルファとウィンディの、そんなキラキラした夢に俺も付き合う事にした。だがある日を境に、俺と彼女達との間に溝が出来始めた。
村人は経験を積む事で、「クラスチェンジ」が出来る。どんな資格になれるかは、そいつの素質次第だ。
シルファとウィンディは、冒険者になってすぐ才能が開花し、魔法使いと僧侶にクラスチェンジした。だが俺は、いつまで経っても村人のままだった。ランクも当然最低のD。シルファとウィンディはAランクだ。二人の気持ちは、その時から少し冷め始めていたのかも知れない。
「こらこら二人共。あんまりレモンをいじめるなよ。いくら本当の事とはいえ、元仲間だろ? あんまり追い詰めるとこいつ、自殺しちまうかも知れねぇぜ」
「あはは、そうね。こいつのメンタル激弱だし。でも別に死んでもいいけどね」
見下したような態度で俺を見るシルファ。
「そうそう。むしろ死んでくれた方が清々するって言うか? 荷物持ちしか出来ない雑魚村人Dランクだしー。早く死ねって感じ? あはは」
大きな目を歪ませて、おかしそうに笑うウィンディ。昨日まではこんな態度じゃなかったのに。これが本音なのだろうか。酷い。酷すぎる。
「あっ、そうだ。もう私たちの食事は済んだから。あんたにはこれ、あげるわ。残飯だけど、きっと美味しいわよ」
シルファはそういって一度ライオネルから離れ、テーブルに置いてあった碗を取る。中には、魚の骨や鶏の骨、残った汁などが入っていた。
「はい、召し上がれ!」
「うわっ」
シルファは碗を俺の顔面に投げつけた。中に入っていた残飯がぶちまけられ、顔や頭にビチャリと付着した。
「キャハハ! 傑作ぅ! じゃあ私からはこれね。カンパーイ」
ウィンディはそう言って、葡萄酒の入ったグラスを、俺の頭上で逆さまにした。当然俺の頭と顔は、葡萄酒にまみれる。
「ひでぇなぁお前ら。出会った頃はレモン一筋だったのによぉ。こんな仕打ち、中々出来ねぇぜ」
ライオネルがニヤニヤと笑う。
「私たちを襲って無理矢理自分のモノにしたのはライオネルじゃない。勝手な事言わないで」
「そうよ。あんな事されちゃったら、もう逆らえないもの。離れられないわ」
シルファとウィンディは、一瞬だけ俺を見た。その目には、昔のような好意が一瞬見えた気がした。だがそれもすぐに消え、侮蔑の色へと変わる。
「早く食べなさいよレモン。残したらもったいないでしょ?」
「そうよ。ちゃんと葡萄酒も飲むのよ。服を絞って、バケツにでもあければいいわ」
「そりゃいい。オラ、早くしろよレモン!」
俺を殴りつけるライオネル。俺は鼻血を流し、惨めに倒れ込んだ。そしてまたも荷物を落としてしまう。
「最低! また落とした! この役立たず!」
「本当にポンコツね! 弁償しなさいよ!」
「どうせ金なんか持ってねぇよ。もういっその事よ、こいつ殺して、内臓売ったら儲かるかもな」
「あはっ、それいい。最高!」
「やっちゃえライオネル!」
「うう......」
痛い。鼻が折れたのかも知れない。そして心もズタボロだ。だが俺は何も言えずに、涙を流しながら彼らを睨んだ。こんなにも誰かを憎んだ事は無い。
シルファとウィンディ。二人との思い出が蘇る。楽しかった思い出ばかりだ。それも今は、全てが破壊された。全部ライオネルのせいだ。よくも俺の愛する幼馴染達を......許せない! 許せない! 殺してやる!
強烈な怒りと憎しみが渦巻く。十八年生きてきて、初めての事だった。
「ううっ!」
その時、急に眉間が熱くなった。その熱は全身に周り、やがて言葉に出来ない程の強烈な快感に変わる。
「あああーっ」
思わず声を上げる。その声は、俺の声ではなかった。とてつもなく色っぽい、女の声だ。
「ちょっ、あんた、その姿、なに......?」
「ええ!? 信じられない! 女の人?」
「ひゅー! マジかよ。性転換って事は、もしかしてクラスチェンジのレアな奴か? めちゃくちゃいい女じゃねぇか。ヘヘッ、ほらレモン、自分の顔見てみろよ」
ライオネルがそう言って、鏡を俺に渡す。そこに写っていたのは、この世の者とは思えない程の美少女。
その美しさは、目が眩む程だった。
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