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98 猶予期間

「それから、兄とエミリア嬢の件、色々面倒をかけたね。兄上がイジイジどんよりと鬱陶しかったんだが、ようやく踏ん切りがついたみたいで明るくなってほっとしているんだ。しかも、留学して当分いなくなると思うと、晴れやかな気分になるよ。兄がいない内にこの国を乗っ取ってやろうかと画策しているんだよ」

 

 本当に思っていたら間違っても口に出来ないような事を喋りながら、ローソナー殿下は笑った。そんな弟を微笑んで見つめながら、皇太子殿下もそれに答えた。

 

「お前ならいつでも乗っ取っていいぞ。俺は他国で多くの知識や技術を学んで、お前とこの国に尽くすだけだから。その方が、エミリアも王妃にならずに済んで楽だろうから」

 

「兄上。冗談はそれくらいに。誰かに聞かれでもしたら、城内が謀議謀略の嵐になりますから」

 

「言い出したのはお前だろう?」

 

 その仲睦まじい姿にさすがの俺も四年前の自分を褒めてやりたいと思ったよ。まあ、ローソナー殿下が皇太子殿下に攻撃魔法をぶっ放した時は死ぬほど後悔したし、その後はいつ命狙われるかとずいぶん怯えたけどね。うん。

 

「それにしても、エミリア嬢はよく留学先に兄上が付いて来る事を承諾しましたね」

 

「承諾? いやぁ、勝手について行くって感じ?」

 

 えっ? そうなの? それってただのストーカーじゃないか!

 俺があまりに驚いた表情をしたので皇太子殿下は真面目な顔になって経緯を説明してくれた。

 

 先日の岩山崩しをペアで組んだ事で、初めて二人きりで会話をしたという。その直前に皇太子殿下は侍従の振りをしてエミリアの気持ちを聞いていたし、エミリアも俺が手渡した手紙で殿下の気持ちはある程度は知っていたので、スムーズに話はできたという。


 婚約破棄をして留学をしたいと言ったエミリアに対し、皇太子妃の婚約者として留学した方が優遇されて勉強しやすいし、身の安全が図れるから、婚約破棄は帰国してからの方がいいと皇太子殿下は提言したらしい。


 しかし、早く婚約を解消して早く次の方と婚約をしないと、次の方のお后教訓期間が短くなって厳しくなってしまう。そうなっては申し訳ないのでそれは出来ないと辞退したという。自分の事よりも皇家の事を慮るエミリアに、改めて思いが募った皇太子は、彼女の足元に跪き頭を垂れて懇願したという。

 

「自分が貴女にどんなに酷い事をしたのかは重々わかっている。簡単に許してもらえるとは思ってはいない。しかし、もう一度だけチャンスをもらえないだろうか。留学期間中だけでいい、私に猶予をくれないだろうか? 君の邪魔はけしてしない。その間に君に好きな人が出来たら、その時点で諦める。だからせめてそれまで文通だけでもいい、君の考えている事、感じている事を知りたい。そして私の事も知ってもらいたい」

 

「そんな事は時間の無駄ですわ。貴方は皇太子なんですよ。早く貴方に相応しい方を見つけて下さい」

 

「君より皇太子妃に相応しい女性などいる訳がない。それに、君の無駄にした時間を考えたら、私の二年間などなんということはないし、皇太子は弟に譲っても構わない。ローソナーは私となんら遜色はない皇太子になれるから問題はない」

 

 ずっと自分にそっけなかった皇太子殿下が、こうも自分に執着してるとは・・・・・最初のうちエミリアはさすがに引き気味だったようだが・・・

 

「エミリアは当然の事だが、最初はずっと固辞していたんだが、ユーリ、君に言われた言葉を思い出して、二年間の猶予期間を与えてくれたんだ。ユーリ殿、本当にありがとう。君は私の命の恩人のみならずかけがえのない心の友だ」

 

 皇太子殿下はまるで少女小説のような台詞を吐いたが、俺が言った言葉って何だ?

 

「失敗しない人間はいない。故にたった一回の失敗を許せない人間は、それこそが誤りだって。だから、チャンスをあげるわって言ってくれたよ」

 

 ・・・・・・・・・

 俺、そんな偉そうな事本当に言ったのか? 覚えてない。多分、小さな事で落ち込んでいたエミリアを励まそうとして言ったんだろうが、皇太子殿下のエミリアへの過ちは、たった一回の失敗とはとても呼べないと思うが。エミリアは太っ腹だ。


 しかし、このまま皇太子殿下が甘い考えでいると、もしエミリアにはっきりと振られたら、ロミオ化する恐れがある。そんな事になったらエミリアは今まで以上に不幸になってしまう。それだけは絶対に阻止しなければならない。

 

「皇太子殿下、本当に俺を友人だと思って下さるのですか?」

 

「もちろんだ。以前から言っているが、敬称はいらない。名前で読んでくれ」

 

「ありがとうございます。それでは俺の事もユーリと呼び捨てでお願いします」

 

「わかった、ユーリ」

 

「それでは私の事も敬称なしで、ユーリ」

 

「はい、ローソナー様」

 

 俺はそこである大きな覚悟を持ってこう口を開いた。

 

「セブイレーブ様、友として一つお願いがありますが、申し上げてもよろしいでしょうか?」

 

「なんだい? そんなに堅苦しい言い方をして。もちろんだよ。何でも自由に言ってくれ」

 

 俺は大きく深呼吸をしてから、皇太子殿下の目を真っ直ぐ見て言った。

 

「もし、セブイレーブ様が本当にエミリアを思っていらっしゃるのなら、彼女とは違う国へ留学して下さい。

 お会いになるのは構わないとは思いますが、多くても月に一回程度にして下さい。それ以上だとエミリアの心の負担になり、今の症状が良くなるとは思えません。

 こっそり遠くから姿を見るだけという事も止めて下さい。それは付きまとい行為といって、女性がそれをされると恐怖以外の何物でもなく、知られたらそれで終了。やり直しは絶対に不可能になりますから。

 それから二人でお会いになる時は、婚約者という立場は忘れて、ただの顔見知りとして接して下さい。人に聞かれてもそうお答え下さい」

 

「なっ!!」

 

 皇太子殿下は目を見開き、酷く不愉快な顔をしたが、隣のローソナー殿下は頷いていたので、俺の意図する所をわかってもらえたようだ。

 

「何故、ただの知人の振りをせねばならぬのだ。私達は婚約者同士だぞ」

 

「何を言っているんですか兄上。それはもう既に形式上の事で、いつ解消されてもおかしくない状況でしょう? 十八年間婚約関係にあったって、二人で話し合ったのはたったの二回では、ただの知人以下ですよ。本当にそこんとこ自覚しているんですか? そんな認識だと、絶対に上手くいきませんよ」


 ローソナー殿下は俺が言い辛かった事を全部言ってくれた。良かった。これを俺が言ったら、友人だと言った皇太子殿下でも、不敬罪で俺を投獄するんじゃないかな?

 

「反省したつもりだったが、それはまだ不十分だったようだな。わかった。君の指示に従うよ」

 

 セブイレーブ皇太子殿下がこう言ってくれたので、俺はほっと胸をなでおろしたのだった。

 

 

 控え室で待っていたべルークの傍に駆け寄ると、俺は思い切り彼を抱きしめ、耳元に囁いた。

 

「陛下から結婚の許しを得たよ。卒業したらすぐに結婚しよう、べルーク!」

 

 べルークは驚いて体が大きく跳ねた。

 

「帰ったら両親に話をし、カスムーク氏に許しを請うつもりだ。いいな?」

 

 べルークは小刻みに震えながらも頷いたのだった。

 

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