96 従弟のコンセプト
くじ引きは意外というか大分皮肉めいた組合せになって、その場が少々凍り付いた。
叔父イオヌーン公爵とベスタールの因縁ペア、母とイオヌーン公爵家筆頭執事バイゼン子爵ペア、ローソナー殿下と姉ミニストーリアの幼馴染みペア、イオヌーン公爵家嫡男のアーノルドと俺の従兄弟ペア、そして従姉エミリアとセブイレーブ皇太子殿下の婚約者ペア・・・・・
「これが偶然なら出来すぎね」
エミリアが傍に寄って来て、俺の耳元で囁いたが、くじは正当なもので小細工は本当にしていない。天の采配によるものだ。
「エミリア、天が与えてくれたこの偶然で思い切り鬱憤を晴らしたらどう?」
「そうね、それもいいかも」
エミリアはそう呟くと、岩山の麓に向かって歩いて行った。セブイレーブ皇太子殿下も俺を強い目力で見た後、婚約者の後を追って行った。
騎士団メンバーによってD区域は既に五つのブロックに分けられてあったので、各ペアは自分達が与えられた番号の場所に陣取った。そしてカスムーク氏の合図とともに癒し魔力持ちがシールドを張った。
やがてシールドの外から岩石を砕く音が周りから聞こえてきた。
俺は従弟のアーノルドにこの四番ブロックをどのように再生したいのかを尋ねた。
「えっ? 俺の意見を言ってもいいのですか? ユーリ兄様」
弟のセブオンと同じ年の従弟は、弟同様に俺を兄様と呼ぶ。俺の兄のザーグルは面白味のない堅物の上に年が少し離れているせいか、あまり近寄らないが、俺には懐いている。
以前はセブオンが側にいる時には話しかけてこなかったが、今はその理由が分かった気がする。セブオンが焼きもちを焼くのに気付いていたんだろう。俺がいない時は同い年同士話はしていたようだったから。
アーノルドは俺と違って人の心の機微がわかる奴なんだろう。
「そりゃ、ペアなんだから互いの意見を出し合わなきゃな」
「英雄のユーリ兄様に、俺が意見!!」
英雄って・・・
「なあ、アーノルド。俺自分じゃ自覚なしに目立つ事していたらしいんだが、俺が一人だけでやり遂げたものなんてないんだぜ。最初の言い出しっぺは俺かもしれないが、多くの人が意見を出し合った結果なんだよ。人間が一人だけで出来る事なんてそうないんじゃないのか?」
「そうかもそれないけど」
「お前、学校じゃリーダーやってるだろう? それなのに叔父上には意見言ったりしないのか?」
するとアーノルドは何を言ってるんだとばかりに、苦虫を噛み潰すような表情をした。そして吐き捨てるよう叫んだ。
「父上は姉上と違って出来の悪い俺の事なんか眼中にないよ。だから俺には何も言わないし、何も聞かないよ! だいたい陛下の片腕って言われる偉大な父上に俺が言えるような事なんてないよ!」
「それは違うよ。叔父上は確かに立派で有能な方だが、完璧じゃないし、一人でなんでも出来るなんて思ってもいらっしゃらないよ。だから部下や庶民の声もちゃんときいてらっしゃる。
ただし、ご自分からは尋ねたりはしない。お忙しい方だからね。本当に言いたい事や質問したい事、そして相談したい事があるなら自分から積極的にぶつからないとだめなんだよ。わかるか?
お前は俺の従弟だけに有能だし、人の気持ちも察する事が出来る優しい奴だ。姉上と比較して自分を卑下する必要などないんだ。そもそも人と同じ事しか出来ないような奴じゃスペア要員にしかなれないだろう?」
アーノルドは大きく目を見開いた。俺はそんな従弟の両肩をポンポンと叩きながら言った。
「それから、今までセブオンと仲良くしてくれてありがとう。お前がいなかったらあいつは一人ぼっちだった。これからもよろしくな。本当はお前の頭をぐりぐりしたいところだが、それは弟への専売特許なので、肩ポンポンにした」
俺の言っている意味がやはり理解出来るようで、アーノルドは笑った。それから徐にこう言った。
「もちろんです。セブオンは従弟で同期で、そして大切な友達ですから。
それから、ええと、本題に入りますが、中央にあるあの巨大な岩を抉って雨水の貯水池にできないでしょうか? 乾季の時に下流の森へ流せるように水路を通して」
それは俺も考えていた案だった。
「いいアイデアだね、さすがだよ。ただ、それを実用化するには俺達だけでは無理だから、他のペアとも相談しないとだね。どうする?」
「僕、交渉します」
俺は頷いた。
アーノルドはシールドを消し、俺はジェスチャーで一旦中止して集まってもらった。
他のペア達はそれぞれのコンセプトのもとで既に岩崩しをしていたが、アーノルドの提案にみんなも賛同してくれた。
俺は簡単に設計図を描いて見せると皆了解して、それぞれの持ち場へ戻って行った。途中でイオヌーン公爵が振り返って温かな笑みを浮かべてアーノルドに言った。
「素晴らしい案だよ。父親として誇らしいよ」
それを聞いたアーノルドは破顔したのだった。俺もそんな二人を見て、先日父の思いを初めて知った時の事を思い出して嬉しくなった。そして観戦している父の顔を見つけて微笑むと、俺達が何をしているのか分からない父はキョトンとしていた。
再びシールドが張られたそれぞれのブロックの中で再び岩石を砕く作業を始めた。
しかし、結果を先に言うと、アーノルドには申し訳なかったが、俺のせいでD区域は貯水池にはならなかった。いや、なれなかった。
というのも、俺はまた岩石を砕いている最中に再び温泉を掘り当ててしまったからである。
城、いや都中大騒ぎになった。もう泊まりがけで遠い温泉郷まで出かけなくてもいいのだから。特に軍人や騎士達は歓喜の嵐だった。それから医療関係者達も。
イーストウッドの森は一大リゾート地として再開発される事になった。当初はみんな浮かれて第二のハハルヤ鄕にしようと盛り上がっていたが、俺がガツンと言ってやった。
「ここを高級リゾート地なんぞにしたら、俺は今後一切国の手伝いはしません。庶民も気軽に温泉に入れるようなリゾート地にしてください。その方が国民の人気も上がりますよ。自分達のステータスを誇示したいのなら、ハハルヤ鄕へ行ってください」
すると偉い方々もようやく落ち着かれた。命名権を得たアーノルドと俺は、何の撚りも入れず、わかりやすさを全面に出すために『イーストウッド温泉郷』と名付けたが、巷での通称は『ユーリ氏のたまたま湯』だそうだ。ほんとやめて欲しい。
それと、我がジェイド家も大喜びだった。もう、自宅に温泉が湧き出た事を隠す必要がなくなったのだから。
ただ自宅の敷地に温泉が出るかどうか調べて欲しいという俺への依頼が殺到して、それに対するカスムーク氏一族が大変忙しくなった事に対しては、ただただ申し訳なく思っている。
そして俺はとうとう城に呼び出され、陛下に謁見する羽目になった。成人前、しかも爵位も持たない身分の自分が直々に陛下に目通りが叶うなどという事は、恐れ多い事だ。しかし本心を言えば非常にありがた迷惑な事だったが、それを口にしたら不敬罪で捕まってしまうのだろうな。
あ~あ!