94 最愛の女性
周りの人々の思いを知って、ユーリはようやく覚悟をします。しかし、色々とまだ鈍いようですが。
予定よりずいぶん長い話になってしまいましたが、読んで下さった皆さんには感謝しています。
あと少しだけお付き合いして頂けると嬉しいです。
イオヌーン公爵家の人間は皆マイペースで、他人に強制したり、無理強いをしたりしない。人の話はよく聞いてくれるが、無理に聞き出しだそうとはしない。
家にいる時は、誰もエミリアに皇太子殿下の婚約者として何かを強要したり、無理な期待をした事はない。
しかし、一歩家を出れば、未来の皇太子妃としてみられ、常に最高のものを期待され、要求されていた。
お后教育も厳しかったが、皇太子殿下の側近から出される理不尽な要求に応えるのは大変だった。彼らの要求など無視すれば良い事くらい分かってはいたが、あんな連中に負けるのが悔しかった。あんな連中、いつか皇太子殿下の前でギャフンと言わせて、自分の存在意義を示してやろう、エミリアはずっと思っていた。
しかし、どんなに頑張っても皇太子殿下から直接声をかけてはもらえない。届く手紙の中身はありきたりの定型文。愛情のかけらも、思いやりもない。
エミリアは段々虚しくなってきて、自分がやっている事が馬鹿らしくなってきた。しかし、家から一歩でも外へ出ると、皆異口同音こう言うのだ。
「エミリア様に期待しています。頑張ってください」
と。その言葉が辛いものになってきた時、一人だけ違う言葉をくれた人間がいた。それが俺だったという。
「もう、頑張らなくていい。もう十分過ぎるほど頑張ってるよ。もっと自分の好きな事やりなよ。エミリアの笑ってる顔が見たいな」
それを聞いた時、肩の力が抜けたという。ああ、ちゃんと私の事を分かってくれている人がいるって。
でもホッとしたと同時に俺の事が好きだという事に気付いて、新たな悩みを抱えてしまったという。
「私の様子が変だってミニストーリアが気付いたの。でも、あの子も私同様負けず嫌いで素直じゃないから、間にべルークを通したの。最初はただのメッセンジャーボーイだったのよ。でも、あの子、クールに見えて実はとても情熱的でしょう? 喜怒哀楽が激しくて涙もろいでしょう?
私の事で皇太子殿下に酷く腹を立て、私の代わりにいつも怒っていたの。そして悔しいって泣いてくれたわ。私、嬉しかった。だって、私の為に泣いてくれた人なんて、べルークしかいなかったんだもの。ううん、違うわね。ミニストーリアもべルークの前で泣いてくれていたらしいわ。内緒よ。バレたらミニストーリアに絶交されてしまうから」
「べルークと話をしているうちに、べルークがユーリを好きなんだってわかったわ。主人を尊敬しているっていう話しっぷりだったけど、本当に幸せそうに貴方の事を話すんだもの。
でも、ユーリが好きなのね? と尋ねたら真っ青になって、とんでもありませんって。今まで見た事がないほど辛い顔をしたわ。
ああ、この子も苦しい恋をしているんだわ。好きだと絶対に口には出来ない私と同じ。同士だわ、って思った。
それで私からミニストーリアへ連絡をとって相談しているうちに、結局三人で会うようになって、親友になったというわけ。
私、べルークが可愛くて、べルークの為に何かしたいと夢中になっているうちに、有り難い事に私の初恋は自然消滅してしまったの」
エミリアは慈しみの籠もった瞳で俺を見た。本当に誰が悪役令嬢なんて言ったんだ。
プラチナブロンドヘアに淡い水色の瞳、そして、透き通るような白い肌。まるで慈愛の女神のようだ。昔一人ぼっちで所在なく佇んでいた俺に優しく手を伸ばして、私がちゃんと見ているわ、傍にいるわといつも見守ってくれていた大好きな女性だ。
「エミリア、君は今も昔も女性の中では一番好きだよ。俺にとってとても大切な人だ。だからもう、人のためだけでなく、自由に生きて欲しい。それが結局みんなの幸せになると思うから」
俺の言葉に、エミリアは少し複雑そうな顔をしたけれど、ニッコリとまた笑ってくれた。
エミリアは、婚約解消が出来ても出来なくても、病気療養を理由に留学するつもりだと言った。
ミニストーリアを通じてアーグスに色々と相談に乗ってもらっているという。我が国より女性が活躍している国がたくさんあるというので、その様子を見たいという。そして自分のやりたい事、出来る事、すべき事を見つけたいという。
最後にエミリアはこう言った。
「べルークには人には言えない悩みがあるみたいなんだけと、その事は知っているかしら?」
俺は頷いた。そして、べルークは成人したら話をしてくれると言っているので、俺はただそれを待つつもりだ。その内容がなんであろうと、べルークへの気持ちは変わらないと答えた。
エミリアはホッとした顔をした。もしかしたら、べルークから聞かずとも、聡い彼女はその悩みというか秘密を知っているのかもしれない。俺は何となくそう感じた。
それから、別れ際に、俺はエミリアに手紙を渡した。かなり厚めの、無駄に豪華な紙で作られた、独特な封蝋のついた封筒を。
エミリアは驚いたように目を見開いた。
「少し前から預かっていた。皇太子殿下の気持ちが綴られているはずだ。俺は、エミリアの今の正直な気持ちを聞いてから渡そうと、ずっと上着の内ポケットに入れて持っていたんだ」
エミリアは覚悟を決めたように頷き、それから徐にその手紙を受けとったのだった。
セブオンも、エミリアも、自分の進むべき道を見つけた。サンエットやオルソー、マルティナ、アルビー、そしてあのマリー嬢もとっくに進路を決めている。
俺も自分の道、いや、べルークと共に歩む道を見つけなければと、俺も気持ちを新たにした。
べルークを探していると、彼はテントの後ろでバーベキューの薪の準備をしていた。俺が無言のままその手伝いを始めると、慌ててそれを制止しようとした。
「俺、もう自分を隠すのやめると言っただろう? 俺はお前を手助けするのが好きなの。お前の世話を焼くのが好きなの」
俺がこう言うと、べルークは真っ赤になって、口をパクパクさせた。何て言っていいのか分からなかったのだろう。それがかわいくてたまらなくて、俺はべルークの頭の上からキスを落とした。
「Bブロックの『ファミ&サリエリ』エリアは、審査委員の評判はあまりよくなかったけど、まぁ、レジャー施設としてはいいな」
「ええ本当に。ただもう少し木が残っていた方が良かったとは思いますが。木陰がないとご婦人達は日傘が手放せなくて大変ですから」
「なるほど」
「それにバーベキューの後片付けはきちんと後始末するように徹底しないといけないと思います。
ゴミで森を汚してはいけませんし、残飯を野生動物が食べるようになると、楽を覚えてエサを自分で探そうとしなくなって、人を襲って奪うようになるそうですから」
俺は驚いた。いつのまにそんな知識を得ていたのだろう。
「サンエット様から動物に関する本を以前送って頂いたのですが、その本にそう書いてありました」
「いつ、そんな本を?」
「サンエット様が留学する直前です。いつかユーリ様に役に立つかもって。動物以外の本も沢山頂きました」
サンエットは俺の事が好きだったとセブオンは言っていた。彼女は俺とべルークの気持ちに気付いてて、俺への思いを断ち切るためにべルークに本を贈り、そして旅立ったのかもしれない・・・
婚約したばかりなのに何故留学するのかと思っていた。しかしそれはセブオンと結婚するにしても、もう少し気持ちを整理する時間が必要だと考えたからなのかもしれない。
目の奥から苦い液が喉へと流れた。俺はどれだけの人に思われ、そしてそれに気付かず無神経な言動をとり、辛い思いをさせてきたのだろう。
「今の話、セブオンに話してやってくれ。次の『森作り競技大会』をする時の参考になると思うから」
俺がこう依頼すると、べルークは少し戸惑う様子を見せた。幼い頃、セブオンに色々と忠告して疎まれていたからである。そしてその結果、攻撃魔法で狙われかけたのだから、彼が躊躇う気持ちはよくわかる。しかし・・・
「セブオンはもう、昔のあいつじゃないよ。わかるだろう? 新しい夢に向かって一生懸命だ。お前のアドバイスを喜んで受け入れると思うよ」
べルークの瞳を見つめながら俺はこう言ったのだった。
次章は週末になるかもしれませんが、また読んで頂けたら幸いです!




