93 怒涛の告白
初めてセブオンの心情がわかります。自分的には一番好きな章かもしれません。
気に入ってもらえれば嬉しいです。
「ココッティ将軍様の訓練はどうだ?」
父がセブオンに尋ねた。
「とても厳しいです。でも、自分には駄目なところだけじゃなくて、やれることもあるんだってわかって、嬉しかったです。伯爵家の皆様には大変感謝しています」
セブオンが今までは見せた事のない満足げな良い顔で答えた。それを見た母はとても嬉しそうな顔をした。
「今後の見通しはついたのかしら?」
「将軍は今回の事は許してもよいとおっしゃって下さいました。しかし、俺はサンエット嬢との婚約を解消して頂こうと思います。
俺には彼女を理解し協力して共に歩いて行けるような力がありません。どんなに努力しても無理だという事がわかりました。
彼女にはもっと相応しい人がいると思います。そしてきっと俺にも」
セブオンの意外な婚約解消宣言に再び全員が沈黙した。しかし、イズミンがニッコリ笑って言った。
「セブオンお兄様、カッコいいですわ!」
俺も手を伸ばして弟の頭をゴシゴシ撫で回した。
「本当にカッコいいぞ。今のお前ならきっともてるぞ。元々見た目も俺と違っていいしな。
なんか、やりたい事見つけたのか? いい顔してるぞ」
「うん。ユーリ兄様のおかげでね。
あの『森作り競技大会』凄く評判がよくてね、またやって欲しいって要望が多いんだって。でも同じ森じゃ毎年はできないだろう? だから他の森も順番に再生していこうという話になっているらしいんだ。俺、今度は参加者じゃなくて実行委員になりたいと思うんだ。そして、いつか森の再生や管理の仕事をしてみたいと思ってる」
周りからどよめきが行った。
無謀と思える騎士や軍人や冒険者になりたいと、ずっと言い続けていたセブオンが、自分自身を見つめてその向き不向きを悟り、しかも新たな目標まで見つけていたのだ。たった一人で。
俺は弟を見直した。いや、立派だと思った。何をしたらいいのかまだ分かっていない俺よりずっと。
俺はセブオンと森の散策をしながら、サンエット嬢との事は本当にいいのか?と尋ねた。
「サンエット嬢の事は嫌いじゃないよ。でも、俺と彼女は戦友というか、似た者同士だったんだ」
「戦友?」
「なんていうかな、お互いに同じ心の葛藤を持っていたというか。
ぶっちゃけると、俺はユーリ兄様の事が小さな時から好きだったんだ。だって家族の中で俺を気にかけてくれたのって兄様だけだったし。他のみんなは俺の事を分かってくれなかったし、俺もみんなの言ってる事が理解出来なかった。
俺には兄様しかいなかった。それなのにべルークが初めてうちに現れた時、兄様がべルークの頭を撫でて微笑んだんだ。俺はカッとした。兄様が俺以外の人間の頭をなでるなんてって。
それで俺はべルークが嫌いになって邪険にして、あんな事件を起こして兄様に大怪我を負わせてしまった。
矯正施設から戻ってきたら、べルークは兄様の侍従になって傍に張り付いてた。そして、兄様とべルークが両思いだという事はすぐ分かった。
俺はべルークにずっと嫉妬して辛かった。そんな時俺は、俺と同じ目をしているサンエット嬢に気が付いたんだ」
「えっ?」
「俺は天才の家族の中でただ一人の凡人。サンエット嬢はその逆に凡人の中でただ一人の天才だった。だから誰にも理解してもらえず孤独だったと思う。
そんな彼女にとって、唯一自分を理解してくれるユーリ兄様を、彼女がどんな思いで見ていたかは想像できるだろう? 彼女は俺のように暴れ回る訳にはいかなかったから、その思いを抱えてただ黙っているしかなかった。余計に辛かったんじゃないのかな」
思いがけない弟の告白に、俺は絶句して何も言葉を発せられなかった。
「俺ね、そんなサンエット嬢を傍で支えてあげたいって思ったんだ。だから婚約の話がきた時には迷わず受けたよ。みんなも俺を厄介払いできて喜んでいたし。
でもね、サンエット嬢が留学してから手紙のやり取りをしていだだろう? その度にユーリ兄様に手紙の解説をしてもらっていたけど、さすがにこれでは無理だと悟ったよ。
結婚してからもいちいち兄様に解説してもらうわけにはいかないだろう?」
セブオンの言葉に俺は更に何も言えなかった。
「理解してあげたいって思っても出来ない場合もある。努力しても全てをわかりあえるわけじゃないと思う。父上も母上も理解はしてくれなかったけど、愛してはくれていたって、ようやくわかったよ。
でも、親子ならそこに愛情があれば何とかなるかもしれないけど、夫婦という形では無理だと思った。
だから婚約を解消してもらう事にした」
俺はセブオンを強く抱き締めた。自分が愚かだったせいで、大切な弟と友人を苦しめてしまった。
今まで守ってきたと思っていた弟は、いつのまにか俺の何歩も先に進んでいた。
「色々ごめん。これからは俺の相談に乗ってくれ。頼りにしてる」
俺がこう頼むと、セブオンは昔と同じ嬉しそうな顔で笑った。
セブオンが今度は兄に引っ張られて行ってしまった。俺は自分の不甲斐なさにため息をついていると、今度はエミリアに声をかけられた。
「セブオン、見違えたわね」
「ああ、弟に先を越されたよ。俺ももっとしっかりしないと」
「ほんとよ。灯台下暗しって、ユーリのためにある言葉よね。俯瞰的に物事を見られるくせに、肝心の自分の周りの事は見えていない。
このままだと自分の一番大切なものをなくしてしまうわよ」
「それはこの前身を以て知った。もう絶対に間違えない」
俺がこう宣言するとエミリアが笑った。
「べルーク君が私の事を貴方に内緒にしていたのはね、私のためなの」
「皇太子の婚約者である貴女に男の親友が出来たと評判がたったらまずいからでしょう? 現に俺も嫉妬して疑ってしまったくらいですから」
俺が気まずそうにこう言うと、エミリアは首を振った。
「そうじゃないの。私が貴方を好きだという事をべルーク君は察してくれていたの。
あの子は自分の気持ちを必死で堪えて隠して、私の気持ちを聞いてくれていたの。私が誰かに思いを吐き出さなければ、私が壊れてしまうと心配して、全てを受けとめてくれていたのよ。そして私の思いを隠すために、私との事を貴方には話さなかったの」
セブオンに続いてエミリアの衝撃的な告白を聞いて、俺は驚いて、へたへたと地面に崩れ落ちた。俺は、俺の貧相な想像力では到底思い付かないような話を次々と、怒涛のように聞かされている。
エミリアが俺を?
確かに俺はエミリアをずっと好きだった。俺に目を留めて、優しい言葉をかけてくれるのはいつもエミリアだけだったから。
俺は何処へ行っても目立たなかった。その代わりに虐められもせずに助かったが、パーティなどへ出席しても何もすることはなく、いつも手持ち不沙汰だった。
俺の家族は華やかで目立っていて、いつも誰かに囲まれていた。まあ、俺の傍にはべルークがいる事が多かったが、彼がいると尚更俺に目を向ける者はいなかった。
しかし、姉同様に忙しいはずだったのに、エミリアはいつだって俺を見つけ出して声をかけてくれた。そして飲み物と俺の好物のチーズ料理を皿に取り分けて手渡してくれた。
俺にとって、エミリアが一番好きな女性だった。
告白はまだ続きます!




