92 男達の後悔
ユーリ視点で書いているので、なかなか他の人達の本音がかけず、イライラしました。ようやくこれから、みんなの気持ちを爆発させていこうと思います。
ここまで読んで下さっている皆さん、本当にありがとうございます。完結めざして、あと少し頑張ります。
今年の秋は気温が高めだったおかげで、例年より紅葉が長持ちしていた。
久しぶりにジェイド家とイオヌーン公爵家で紅葉狩りへ出かけた。場所は先月『森作り競技大会』をしたイーストウッドである。
両家の侍従達が既にテントを張り、簡易のテーブルや椅子がセッティングされていた。そして地面にはシートが敷き詰められていた。
両家が入り混じり、親達はテントの中の椅子に腰かけ、子供達はシートに座った。そしてイズミンはいつものように、あぐらをかいた俺の上に座っていた。
「体調はもういいの? すっかり元に戻ったの?」
イオヌーン公爵夫人である義叔母アンリエットが俺に声をかけてきた。彼女は母グロリアスとは幼馴染みの親友だったので、俺にとっても第二の母親のような存在だ。
「はい。ご心配おかけしてすみませんでした」
「貴方は頑張り過ぎよ。優秀な人って、自分が頑張り過ぎてるって事に気が付かないものなのよね。うちの娘もそうだけど」
「はい。今後は気をつけます。で、君はどうする? エミリア?」
俺がエミリアに話を向けると、エミリアが笑った。そして両親に向かって言った。
「お父様、お母様、ユーリが倒れた事で私も考えました。いつも飄々としていたユーリでさえ、無理は利かなかったのです。私ももう、無理はやめます。結婚式で倒れたら、それこそ取り返しがつきません。
私、お城に呼ばれる度に胸が苦しくなって、呼吸ができなくなって、手足が震えて、それでも歯を食いしばって登城しました。でも、もう頑張れそうにもありません」
シーンと辺りが静まり返った。聞こえるのは小鳥のさえずりだけだ。
「今までよく頑張ったね。でも、これ以上無理はしなくていい。お前にこんな辛い思いをさせて済まなかった。
陛下には私から話すよ。お前はもう登城しなくていい」
イオヌーン公爵の叔父アグネストは優しい眼差しで娘を見た。
「ありがとうございます、お父様」
「ただ、一つ聞いてもいいかい?
お前の体調が悪くなるのは、皇太子妃になるのが嫌なのか、皇太子殿下が嫌なのか、それとも側近達が嫌だったのかね?」
叔父が尋ねた。
エミリアは悲しげな顔でわかりませんと答えた。
「幼い頃から皇太子妃になるものと思っていたので、学校の勉強もお后教育も大変でしたが、嫌ではありませんでした。少しでも殿下のお手伝いができたら、少しでも国の為に役にたてるならって。
でも、どんなに頑張っても私のやる事は側近の方達に否定されました。皇太子殿下と御相談したくても殿下の側にはいつもあの方達がいて二人きりで御相談する事は出来ませんでした。
自分は一体何をしているんだろう。なんの為に頑張っているのかしらってわからなくなりました。
ユーリからは無理するなっていつも言われていたけれど、今までの自分の努力が無駄になるようで、頑張る事をやめられませんでした。
でもそのうち、体調に異変が出てくるようになったんです。
最初は側近の人達と顔を合わせるのが嫌だからなのだと思ってましたが、そのうち彼らの姿を見かけなくなっても体調が悪くなったのです。
お城という場所のせいなのか、それともあの方にお会いするのが嫌なのかはわかりませんが。
皇太子殿下を嫌っているわけではありません。いえ、嫌いになるほど殿下の事は存じておりません。
ええ、そういう事です。十八年も婚約していて、殿下は私の事を知ろうともしなかったのです。私は自分が惨めになるのが嫌で目をそらしていましたが、心がずっと悲鳴をあげていたのです。私を見て、私を知ってって!」
泣き出したエミリアをミニストーリアとアルビーが両側から抱き締めた。
兄のザーグルが走り寄ってきて、エミリアの前で跪いた。
「エミリア、本当にすまなかった。お前の従兄弟で、しかも殿下の側近でありながら、お前がこんなにも苦しい思いをしている事に気付かなかったなんて。許せとは言わない。しかし、少しでもこれから私に償わせてくれ。殿下ともう会いたくないのなら、私が必ずお前を守る。お前がこれから何かしたい事があるのなら、どんな協力も惜しまない!」
兄は悲痛な顔で訴えた。すると泣いて何も答えないエミリアに代わって、女性陣が次々に兄を罵った。
「貴方が女心に疎い事は分かってたわ。いつもユーリさんに指摘されないと私の気持ちも察してくれないものね。
どうして貴方も殿下も相手の気持ちを考えようとしないの? 人は考え方は人それぞれだって事を何故理解しないの? 好きな相手だからって、皆同じように感じるわけないじゃない。全てを同意できなくても、どう考え、感じているかくらい聞いてくれたっていいじゃない!」
「本当よ! エミリアと二人で会わせてあげてって何度も頼んだのに、側近がついているのが慣例だからって、お兄様、私のお願いを一度も聞いてくれなかったわ。今更謝っても遅いわよ」
「真面目と言えば聞こえはいいけど、ただ決められた事、慣例、慣習を守っていれば正しいという訳じゃないのよ。
悪い事をしなくても、助けられたのに助けなかったのは、それは結局悪と同じ事よ。
今更過去には戻れないわ。これからこれを教訓にする事ね。
エミリア、本当にごめんなさいね。かわいい、たった一人の姪の為に何もしてあげられなくて」
母の言葉にエミリアは頭を振った。
「伯母さまが私の為に何度も皇后様に進言して下さった事は知っています。ありがとうございました。
ザーグルお兄様も気にしないで。これはどうしようも無かったんです」
「すまない」
兄は女性陣にボコボコにされた。その時、セブオンも兄の隣にやって来た。弟はずっとココッティ伯爵家で訓練を受けていたが、今日は許可を受けて実家の行事に参加していた。
「エミリア姉様、本当に申し訳ありませんでした。俺はどうしようもない愚か者でした。
姉様がそんな辛い思いをしているとも思わず、ずっと優秀なエミリア姉様に嫉妬していました。
体調が悪くて辛そうだったお顔を、皇太子殿下とマリー嬢に嫉妬して憎んでいる形相だと勘違いしてしまったんです。あいつらに、姉様が悪役令嬢だと聞かされていて。どうしようもない愚か者です」
セブオンは頭を下げて涙をこぼした。
エミリア及びその場にいた全員が呆気にとられて、呆然とセブオンを見た。彼が謝罪するのを初めて見たからだ。
女性陣は兄とは違い、弟の事は怒らなかったし、腹を立てなかった。特にエミリアはむしろセブオンの気持ちが聞けて嬉しいと言った。
あ~あ。なんで俺達三人兄弟はこうも婚約者(恋人)や姉妹の気持ちを察せられない、駄目な人間なんだろう。
「ユーリお兄様、あっちの木の陰でも落ち込んでいる男の人がいますね。あの方も女性に失礼な事しちゃったんですかね?」
イズミンが俺の耳元で囁いたので俺はギョッとした。イズミン、お前は本当にくノ一みたいだな。目敏い! 目敏すぎる!
「きっとそうだな。気の毒だから知らん振りしていような」
チラッと大木に隠れている若い男に目をやりながら、俺は妹にこう言ったのだった。