91 男達の恋バナ
途中途中リハビリを入れながら、俺は三日かけて礼状と手紙の返信を全てしたためた。
貰った手紙は見舞いというより礼状といった意味合いの内容のものが多かったのだが、特に警護隊や騎士団所属の騎士達からは、似たような礼を述べられた。
『貴殿の忠告、ご指導のおかげで、妻と娘達の会話に初めて加わる事が出来ました』とか、『久しぶりに妻(娘)と楽しく会話をしました。結婚して初めてプレゼントを気に入ってもらえました。云々・・・・・』
『聞き込みがスムーズに出来るようになり、情報量が増えたことにより、犯罪人の検挙率が上がりました』とか。
そうそう、女性との接し方や会話術を指導して欲しいとかいう依頼も何通かあったのには笑った。姉にその事を言ったら、やはり鼻で笑われるだろう。
学校を休んで十日経ってようやく明日から登校しようとした前日、エミストラとオルソーが学校帰りに、見舞いというか様子を見に来てくれた。
俺は体重が減って少し痩せていたが、大分元気を取り戻していたので、二人もホッとした顔をした。その表情で二人が本当に俺を心配してくれていた事が分かった。
「べルークから様子は聞いていたけど、実際顔を見るまで心配だったよ。ユーリが学校を休むなんて初めてだったからさ。
あの大会の日、君、物凄く辛そうな顔をしていたから心配していたんだけど」
エミストラの言葉にオルソーは驚いた顔をした。
「そうだったのか? ごめんな、俺気付かなくてさ。気付いてたら俺じゃまだ無理でも、マルティナに言って、癒しの魔法をかけてやれたのに」
オルソーが本当に申し訳なそうに言ったので、俺はこう言った。
「気にしないでくれ。俺、必死で平気な振りをしてたから。だって、失恋して泣いていたのがバレたらかっこ悪いだろ?」
「「えっ?」」
二人は驚いて目を丸くした。その後、エミストラが言ってもいいのか? と言いたげに俺の顔を伺ったので俺はコクリと頷いて、それからこう誘った。
「一緒に温泉に入らないか? そこで三人で恋バナでもしないか?」
「「えーっ!!」」
二人はまたもや素っ頓狂な声をあげ、屋敷の者達の顰蹙をかった。
庭の露天風呂に浸かりながら、まずエミストラがおずおずとこう切り出した。失恋の話をしてもいいのかと。だから、俺は笑って答えた。
「いいんだ。と言うより、俺の勘違いだったんだ」
「勘違い?」
「そう。ちゃんと両思いだった」
「えーっ、なんだそりゃ! あんなに大泣きしてた癖に、勘違いして失恋したと思い込んだだけだったのかよ」
エミストラは酷く呆れて言った。
「泣いたのか? 君が?」
「そっ。大泣きした。君とおんなじだね、オルソー!」
「えーっ! 君も失恋して泣いた事あるの?」
「ち・が・う!」
「違うよ、エミストラ。オルソーもマルティナに嫌われていると思っていたのさ。実際は離れててもずっとお互いに好きだったのにさ」
「やめてくれー!」
オルソーが叫んだ。恥ずかしさのせいか、それとも湯に浸かっているせいなのか、髪の毛と瞳同様に顔を真っ赤にして、全体的に赤い達磨みたいだなと俺は思った。
「そういうお前も勘違いしてたんだろう? そもそも、相手は誰なんだよ? で、何で勘違いなんかしてたんだよ?」
「そうそう。俺も聞きたいのをずっと我慢してたんだけど、自分から振ったって事は、喋る気があるんだろう?」
エミストラの言葉に俺は頷いた。話を聞いたらもしかしたら嫌悪感を抱くかも知れない。一緒に風呂に入った事を後悔するかも知れない。それでも彼らは俺のもっとも大事な親友だ。俺の大切な人の事を知って欲しい。
「俺、七歳の時に初めて会った時から、ずっとべルークを愛してるんだ」
「「・・・・・・」」
暫く二人は沈黙した。聞こえるのは温泉の泡がブツブツと底から湧き上がる音だけだ。
最初に口を開いたのはエミストラだった。
「やっぱりな。そうじゃないかと思ってた。普通、いつもいつもあんなに侍従と一緒にいないよな。女の子ならまだしも。
そのせいでユーリ、自分一人じゃ何にも出来ない奴って周りから思われてたくらいだからな。
でも本当は君の方がべルークを守るために傍にいたんだろ? べルーク、あれだけの美貌だから、いつどこで襲われるか分からないし」
「そうだったのか?」
「気付かなかったの? 番長? 婚約者いるくせに鈍い!
それにさ、ユーリの休学中のべルークを知らないのか? 日毎に痩せて顔色が悪くなって、いくら主が心配だからって、あれは尋常じゃなかった。この世の終わり!って顔してた」
エミストラの言葉に改めて心が抉られた。俺は本当になんて酷い事をしてしまったんだろう。勝手に焼きもち焼いて、勝手に失恋だと思い込んだ。そして別れようとしてた。べルークを絶対に離さないと誓っておきながら。
「それじゃ、ユーリが勝手に失恋したと思って、べルークに冷たくしてたってわけ? 最低だな、お前」
「その通りで返す言葉がない」
「だが、何故失恋したと思ったんだ? 」
オルソーが不思議そうに首を捻った。
「どうせ、いつも自分じゃべルークに釣り合わないとか思ってて、べルークが仲良くしてる奴に嫉妬でもしてたんじゃないのか? それで身を引こう、とか思ったんじゃないのか?」
当たってる! その通り!
「やっぱりなぁ! いい加減にしろよ。その自己認識の低さ!」
「お前とべルーク君、すごくお似合いだと思うぞ。と言うかさ、あのべルークに釣り合うのって、お前くらいだろう?
後はカラヤント公爵の息子くらいしか思いつかない。女性は無理じゃないか? やっぱり自分より綺麗な男じゃ辛いだろう? いや、年の離れた女性なら可愛がってくれるかな?」
オルソーの些か下卑た発言に俺とエミストラは黙り込んだ。
それにエミストラは、カラヤント公爵が俺の母親の元婚約者で、べルークの母親のストーカーだった事を思い出したようで顔を引つらせた。オルソーだって一緒に母の話を聞いていた筈なのに、忘れたんだろうか?
「あれ? どうしたんだ? でさぁ、誰と浮気したと勘違いしたんだ?」
「べルークと、勘違いした相手に申し訳ないから、それは言えない」
まさか皇太子殿下の婚約者との仲を疑っていたなんて、口が裂けても言えない。
「まぁ、そうだよな」
オルソーはそう言いながらも聞きたそうな顔をしていた。案外俗物的な彼の一面を知って驚いた。それに比べてエミストラは真面目で本当にいい奴だ。
「解決したって事は、君の認識に変化があったんだね?」
「ああ。今回の件で、周りの人達からどう思われているかは認識した。自信がついたかと言われれば、まだまだだけど。卑下するのはもうやめる」
俺がこう言うと、エミストラは優しい笑を浮かべて頷いてくれた。
「で、お前はどうなんだよ? 好きな子はいないのか? エミストラ」
オルソーがエミストラに話題を振ると、エミストラは今まで見せた事のない大人の憂いを帯びた表情をした。
「俺は、君達が羨ましいよ。好きだって言う自分の気持ちに早くから気付けて。俺はずっと近くにいたのに全然気付かないで、いなくなって初めて自分の気持ちがわかった。遅すぎるよね」
まさかそれって・・・・・
俺の困惑したよう顔を見たエミストラが少し笑った。
「ユーリ、勘違いされると困るから言っておくけど、アルビーじゃないから安心して。アルビーは本当に姉のように思っているだけだから」
「じゃ誰なんだよ」
オルソーは聞きたがったが、その人に迷惑がかかるといけないからと言って、エミストラはそれ以上何も話さなかった。
エミストラの寂しげな顔が、彼の思いの強さを表しているようで、俺の胸も鈍く痛んだった。
エミリアもに意外な思い人がいました。それは誰でしょう?




