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9 マルティナ

「マルティナ! どこを怪我したんだ! 大丈夫か!」

 

 っていう大声とともにデカイ男が飛び込んできた。

 

「あ、番長!」

 

 俺は思わず、彼を渾名で呼んでしまった。まずい・・・・・

 

 番長と陰でみんなから呼ばれているこの男は、俺の父がいる軍の軍医、ボブソン子爵の息子オルソーだ。年は俺とは一つしか違わないのに、まるで大人と子供くらい体格が違う。

 

「マルティナはどうした?」

 

 銀髪、赤目の、鬼のような怖い顔が俺に向けられた。

 

「怪我をしたのは俺で、マルティナ嬢は無事です。今、先生を探しに出ています」

 

「くそっ、ジジイの奴、またコーヒー飲みに出かけたな。職務中に!」

 

 ああそう言えば、この学園の校医って、退役軍医で元ボブソン子爵だったな!

 

「マルティナ嬢は、男二人組に山のようなプリントを持たされてて前が見えず、通路の反対側を歩いていたので、廊下の角で俺と正面衝突しかけました。

 しかし幸いな事に、お怪我はありませんので、ご心配はいらないです。ただ、俺の方が怪我をしたようで、マルティナ嬢には大変ご迷惑をおかけしました」

 

 質問をされないように、事細かく説明すると、オルソーは驚いた顔で俺を見た。

 

「お前、ジェイド伯爵のところの次男だな?」

 

「はい、ユーリと言います。ボブソン軍医様には、父が大変お世話になっています」

 

「お前がマルティナの婚約者候補か?」

 

 オルソーの言葉に、俺は冷や汗が出てきた。何故見合い話の件をこの男が知っているんだ? 彼女が話したのか?

 二人は親に内緒で付き合ってるのだろうか? この男に目を付けられるのはごめんだ。

 

「違います。俺は跡継ぎのスペア要員なので、当分誰とも婚約なんかしないですよ。それに、結婚するなら婿養子ですよ、多分・・・」

 

 俺は暗に、マルティナ嬢を嫁に貰える立場じゃない、と言ってみた。

 

「それじゃ、兄貴の方か? 

 お前がマルティナの相手なら、仕方ない、と思ったんだが・・・」

 

 後の方の言葉はよく聞き取れなかった。

 

「あのう、オルソーさんとマルティナ嬢って・・・・」

 

「幼馴染みだ。家が隣り同士なんだ。親も軍の関係だし」

 

「ああ、なるほど」

 

「ガキの頃から、俺達とマルティナの兄貴達とで、戦闘ごっこしてたんが、救護役で無理やりマルティナを引っ張り出してたんだ」

 

「救護役?」

 

「ああ、あいつは癒しの魔力があるからかな。ちょっとした怪我ならすぐなおしてもらえる。」

 

 オルソーの言葉に俺はわざとらしく頭を捻り、不思議がる素振りを見せた。

 

「マルティナ嬢は癒しの魔力が使えるんですか? じゃ、何故俺の怪我治してくれなかったのかな?」

 

 オルソーは下を向き、辛そうに自分達のせいだ、と呟いた。

 

 何でも五年程前、恒例のグランドル兄弟とボブソン兄弟の戦闘ごっこの最中に、グランドル家長男の攻撃魔力の威力が強すぎて、大木が真っ二つに縦に裂けたのだそうだ。そして運悪くその片方がオルソーの右足の上に落ちたのだという。 

 

 オルソーは大怪我をし、マルティナは急いで助けを呼びに屋敷に戻ろうとしたが、みんなに引き留められてしまった。

 大怪我をしたら、親達にもうこの遊びは禁じられてしまう。だから親には内緒にしたい。彼女に癒し魔力で治してほしいと。

 

 自分にはそんな力はないと、何度も断ったが聞き入れてもらえず、仕方なくマルティナはオルソーに癒しの魔法をかけた。何度も何度も。

 しかし彼女には出血は止められたが、断裂した彼の足の筋肉を元に戻す事は出来なかった。

 

 その後、軍の病院で手術を受け、オルソーの足は大分回復し、足を引きずる事もなく、一見すると足が悪いようには思えない。

 しかし、運動能力は甚だしく低下し、軍医になるのは無理だと宣言されてしまったらしい。

 軍医も戦場に赴くわけだから、自分自身を守くらいの戦闘能力が求められるのだそうだ。

 喧嘩している番長を見てると、十分に自分の身は守れそうだなと思うのだが、戦場とはそんなに甘くはないんだな、反省・・・・・

 

 代々軍医の家系の長男に大怪我をさせ、跡を継げなくしてしまった。その事で、グランドル家はボブソン家に引け目を感じる事となり、両家の関係はギクシャクするようになってしまったそうだ。

 

「それじゃ、家の方は弟さんが軍医になって跡を継がれるのですか?」

 

 と、俺が尋ねると、まだはっきり決まった訳ではないが、多分そうなるだろう、とオルソーは答えた。

 

「では、オルソーさんは将来どうなさるのですか?」

 

「わからない。何をしていいのか、何をすべきなのかわからない」

 

 彼は苦しそうに呟いた。

 

「それって辛いですよね。俺もそうなんです。人から将来のことを押し付けられるのは嫌だけど、それじゃ、何をしたいか、って言われると、したい事もまだ見つからなくて」

 

 俺もこう言った。軍人にはなりたくないが、それでは何になりたいかというと、さっぱり思いつかない。

 

「でも以前読んだ本の中に、こういう事が書かれてあったんです。

『もし、今自分でやりたい事がないのなら、とりあえず人に勧められ、求められた事をやってみろ。

それをやっているうちに、必ずそれを続けたいのか、あるいはどうしても別の事がやってみたいのかがわかる時が来るものなんだと。

一番悪いのは、何もしない事だ』

 って。なるほどなあ、と思いました。

 だから、俺もあと少したってもまだやりたい事が見つからなかったら、それを試してみようと思っています」

 

 俺がこう言うと、

 

「自分もそうしよかな」

 

 オルソーもそう言って少し笑った。

 そしてそれから、俺の右足首の上のタオルを、タライでまた冷やし直して、再び足首の上に置いてくれた。その丁寧で優しい仕草に、俺はこの男の本質を見た気がした。

 

「俺がぐれたのは軍医になれなくなったからだと、あの怪我を知ってる奴らは思ってるみたいだが、そうじゃないんだ。

 俺のせいでマルティナが癒し魔法を使えなくなっちまったのが、悔しくて、申し訳なくて。それでついイラついて。

 あいつは凄く優しい奴なんだ。いつもいつも人の事ばっか考えてて。

 あいつ、将来は癒し魔力で、沢山の人を助けたいって言ってたのに・・・・・」

 

「・・・・・」

 

 俺は、オルソーの話を聞いているうにちに、いくつかの疑問が湧いてきた。そこで、まず、これを質問してみた。

 

「あのう、申し訳ないのですが、オルソーさんも癒し魔力を持っているのなら、俺の怪我、治してもらえませんかね? なんか、だんだん腫れてきたようなんですが」

 

 すると、オルソーは申し訳ないという顔をして、

 

「悪い。俺、癒し魔力はないんだ。攻撃魔力しか」

 

 と言った。それを聞いて俺は驚いた。

 

「えっ? だって、軍医になるつもりだったんでしょ。それなのに癒し魔力持っていないんですか?」

 

「軍医には二つのタイプがいるんだよ。癒し魔力で治す医者と、魔力なしで薬と技術で治す医者と。俺の親父は魔力系で、祖父は技術系だ」

 

 確かにここの校医の治療法は、前世の医者と変わらなかったな。あれ?

 

「ええと、失礼ですが、喧嘩の時は魔力を使っているのを見た事がないのですが、攻撃魔力の能力はどれ程なんですか?」

 

 俺は恐る恐る聞いてみた。

 すると、オルソーは事も無げにこう答えた。

 

「十段位かな」

 

「十段位? トップクラスじゃないですか! 」

 

 さらっと言ったが、それって、エリート軍人クラスのレベルじゃないか!

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