88 意外な関係
何故エミリアの事を知っているんだ? まさか、べルークが話したのか? あり得ない!
「そのご様子だと、本当に貴方は、べルークがエミリア様と浮気をしていると思っていらっしゃるのですね。まさかとは思っておりましたが」
浮気って! いや、さすがにそこまで深い仲になっているとは思っていないけど。お互いにまだ仄かな思いというか、憧れというか、甘美な切ない思いというか・・・
「これを知ったらべルークは怒り狂うでしょうね」
「えっ?」
「ミニストーリア様の依頼を内緒で受けた事でユーリ様に嫌われてしまったと、隠し事をした事で疎まれてしまったと、酷く後悔しています。自分を罰するように、傷つけるように無理をしています」
カスムーク氏の言葉に、俺の胸が鋭い刃物で抉られたように激しく傷んだ。
俺はべルークの事が大好きで大切で、今までずっと出来る限り守ってきたつもりだった。カスムーク氏との約束通りに。それなのに俺自身が今べルークをそんなに苦しめているなんて。
「それなのに、自分が疎まれている理由が、謂れの無い浮気を疑われているせいだと知ったら、怒るでしょうね」
謂れの無い・・・・・浮気?
「・・・何故エミリアの事を知っているのですか?」
「先ほどエミリア様がいらっしゃいまして、その時、ミニストーリア様と一緒にお話を伺いました」
「エミリアが俺の見舞いに来たのですか?」
俺は驚いた。確かに従姉弟の関係だから互いに行き来はしているが、病気の見舞いには普通行かないし来ない。死期が迫っている時以外は。
血筋が絶える事を何より恐れる貴族達は、感染を避けるために、怪我人はともかく病人には近寄らないのだ。高位貴族になればなるほど。
本当は病気にはある程度罹っていた方が免疫力がつくからいいんだけどね。うつらないようにし過ぎているから、余計に流行り病に罹りやすくなるんだ。
それはともかく、代理人を寄越さずに、皇太子殿下の婚約者でもある公爵令嬢自身が普通見舞いに来るか? 一応、俺、感染する病気って事になっている筈なんだが。
「こう言っては失礼ですが、ユーリ様というよりはべルークを心配して来て下さったと言った方が、正しいかもしれませんが」
やっぱり!
「やっぱりとか思っていませんよね? 恋人を心配していらしたという訳ではありませんよ。友人としてですよ」
「はあ? 友人?」
「そもそもべルークがミニストーリア様の依頼でエミリア様との仲立ちをしている事は私も存じておりましたよ。しかし私に隠し事が出来ると思っているとは、まだまだ甘いですね。
べルークはお二人を仲介しているうちにすっかり仲良くさせて頂くようになりまして、ええと、ミニストーリア様とエミリア様がおっしゃっるには、三人は親友というか、同士の仲なんだそうです・・・」
カスムーク氏もまだこの情報をうまく処理できていないのか、多少疑問を含む物言いだった。そりゃそうだろう。
誰がこの三人が親友関係だと思うか? 諜報部員だってそんな発想しないだろう。
社交界のツートップと呼ばれ、常に容姿や成績やダンス、それにファッションなど全てにおいて競い合っていて、社交場のみならず、親戚の集まりであれライバル視しあって、近寄りもしなかった・・・と思っていた。
しかし実は親友同士だったとは。その上、年下の侍従までもがその仲間だって、誰か想像出来る人がいるか?
だが、皇太子殿下とマリー嬢の噂が立った時、何故ミニストーリアがあんなに怒っていたのかをようやく理解した。
「何でも、三人は『恋バナ』をする仲間だそうで」
さすがのカスムーク氏も訳がわからないという顔をしていた。
べルークを筆頭に美人スリートップが集まって恋バナだと? その気になりゃ、どんな相手だろうと落とせるだろうが、超がつく程糞真面目な三人が恋バナをしているなんて、完全に俺のキャパオーバーだ。
「お嬢様方はべルークの恋心に早くから気付かれていたようで、悩んでいるべルークの相談に乗って下さったり、励ましたりして下さったようですよ」
カスムーク氏のこの言葉に俺はぎょっとして、こわごわと彼の顔を見た。
彼が必死で守り育てきた息子と付き合い、将来結婚するつもりだったのだから、皇太子殿下の件がすんだらきちんと話をするつもりだった。しかし、その前に、他の人から耳へ入れられてしまうとは。悔しさと申し訳なさで一杯になった。
「カスムークさん、俺は・・・」
「べルークがユーリ様を好きだという事はとうの昔から気付いていましたよ。というより、このお屋敷の女性陣は、皆さんご存知だったと思いますね。
何故かこの屋敷の男性陣は息子のバーミントからして恋愛に関して疎すぎます。特にユーリ様、普通気付くでしょ」
「気付きませんよ、普通。
あんなにかわいくて、あんなに綺麗で、あんなに有能なべルークが自分を好きだなんて」
「ですからユーリ様、いい加減ご自分の事をもっとちゃんと認識して下さい! 今から下へ下りてください。納戸に入り切らない贈り物で溢れ返っていますから!」
近頃、こうやって叱られてばかりだ。しかし、どう考えてもあんなに愛らしくて素敵なべルークに好かれる要素が思い当たらない!
「大体、先週まであんなに人前でいちゃいちゃしていた癖に、二人の関係がバレて無いと思っていたんですか? 頬染めて見つめ合い、抱き締め合っていたでしょう! わざと見せつけていたんじゃないんですか?
それなのに、何故今更、べルークがエミリア様を好きだと思ったのかが不思議ですよ」
全く、全くその通りである。今になって振り返ると自分でも不思議だ。
「やはり、自分に自信が無かったからなんでしょうか?
べルークに告白して、思いがけずにそれを受け入れてもらって、俺は舞い上がっていたんです。
それがあの日、べルークが俺に隠し事をしていたと知った時、ああ、所詮俺なんてべルークにとっては平気で隠し事が出来るような人間なんだって。そう思ったら涙が出る程悲しくなったんです。
あ、言わない下さい。わかってますよ。自分だってさんざん隠し事していたくせに、何言ってるんだって事は。
言い訳みたいですが、べルークには魔力はないけど、いつも一生懸命に俺の為に努力してくれていたでしょう?
だから俺も魔力も癒しの歌声も、そんなもの無しでもべルークを守れる人間になりたかったんです。もちろん、危険が迫った時や、必要な時には躊躇わずにその力は行使しましたし、魔力の訓練もやっていましたが。
信じて下さい。俺は、けしてべルークを信用していなかった訳じゃないんです」
「それはべルークも同じだと思いますよ」
「はい。それは分かっています。隠し事というか、いくら愛する人にだって言わない事って、誰にでもあると思います。
ただ、あの時エミリアの名前を聞いた時、俺は無意識に彼女と自分を比較してしまっていたんだと思います。
彼女程素晴らしい女性を俺は知りません。自分が男だという負い目もあったのでしょう。
べルークに相応しいのは俺じゃなくてエミリアだと思った瞬間、本当は、べルークとエミリアは思い合っていて、俺はただのカモフラージュなんだって何故かそう思い込んでしまったんです」




