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87 纏まらない思考

 どのくらい眠ったのだろう。昼食後に眠ったのだが、部屋の中は少し薄暗くなっていた。秋の日は釣瓶落としというから、それ程遅い時間でもないのだろうが。

 俺はサイドテーブルに置かれてあった皇太子殿下の手紙を取って、開封した。

 

 内容は俺の体を案じている旨、『森作り競技大会』の成功に対する謝意、そして今自分は、自分がすべき事に励んでいるので、依頼した件については焦ってはいない、ゆっくり養生して欲しいという、俺を労う手紙だった。

 

 俺よりずっと大変な思いをしていらっしゃるだろうに、さすが器が大きい方だよな。将来上に立つ人は違う。

 

 それにしてもなんか、ややこしくなってきたな、と思う。

 

 皇太子殿下は幼い頃からずっと、婚約者のエミリアの事が好きだったらしい。

 しかし、側近の言うがまま行動し、婚約者と直接触れ合う事をしてこなかった。それが当たりだと思っていたのだ。そしてエミリアがどんなに辛い思いをしていたのか、全く理解していなかった。皇后陛下や弟殿下、兄がアドバイスをしても、何故か彼には届かなかったのだ。


 皇太子殿下はエミリアには好かれていない事は感じていたが、それでもこのまま彼女と何の問題もなく結婚出来るものだと、疑いもしなかったらしい。

 まぁ、普通に考えてこれはアウトだよな。このまま予定通り進めても、普通の幸せな結婚生活にはならないだろう。形式的な政略結婚なのだとお互いに割り切れる事が出来れば別だろうが。

 

 ではエミリアはどうだろうか? 物心付く前から婚約していたので、幼い頃は、その事自体なんの疑いも持っていなかったように思う。

 ただ学校に入学し、お后教育をするうちに、徐々に皇太子殿下と自分の関係、付き合い方、そして自分の存在意義について色々考えるようになっていったようだ。


 そもそも好きとか嫌いとかいう感情が沸くはずがないとエミリアは笑っていた。一度も二人きりで本音で話した事がないのだからと。

 彼女はただ貴族の娘として生まれてきた以上、その義務を全うするだけだと言っていた。


 しかし、二、三年前から彼女が無理をしている事が傍から見てもわかるようになっていた。そして最近では体調もすぐれなくなってきていて、俺達、身内の者は皆心配していたんだ。


 あの皇太子の誕生日の日も、心因性の腹痛を起こして遅刻したらしい。それでも必死に会場へ向かってみればあの騒動だ。どんなに辛かったろう。


 さすがに、叔父も腹に据えかねているようだ。エミリアが望めば、もしかしたら婚約破棄は可能かも知れない。

 普通婚約破棄となれば女性が圧倒的にダメージを受けるだろうが、今回の場合、エミリアは完璧に皇太子の婚約者として役目を果たしていた。彼女を蔑ろにしていたのはどう見ても皇太子なのだから、彼女は同情されても批判はされないだろう。


 十八年間も婚約していて、一度も二人きりで話をした事がないなんて、浮気をしまくると同じくらい酷い扱いだ。

 そして幸いな事に、それが彼女が未だ白いままだとの証明になるので、新たな結婚相手との障害は少ないだろう。

 

 しかし、彼女が今後どうしたいのか、彼女の気持ちは本人にしかわからない。それを俺が聞き出してもいいものなのだろうか?

 

 そしてもし、エミリアとべルークが、お互いに自分達の気持ちに現在気付いていないとしたら、それをわざわざわからせてよいものなのだろうか? 


 二人が俺のように駆け落ちする覚悟があるのならばいいが、エミリアは深窓の公爵令嬢だ。まだ成人もしていない三つも年下の少年と駆け落ちして、幸せに暮らせるとはとても思えない。

 駆け落ちなんかせずに、世間にばれないないように密会を続ける手だてもあるだろうが、あの馬鹿正直な二人の事だから、精神的にもたないだろう。

 やはり、余計な事はせず、気付かせないようにするのがベストなんだろうか?

 

 この一週間、ずっとこの事を考えているが、一向に考えが纏まらない。何がいいのか、何をすればベストなのか、さっぱりわからない。

 どうすればべルークとエミリアは幸せになるんだろう?

 どういう結果が出れば俺は納得出来るのだろう?

 

 

 ノックの音がした。ベスタールかと思って「はい」と返事をすると、ドアを開けて入ってきたのはカスムーク氏だった。


「ユーリ様、具合はいかがですか?」

 

「・・・・・・・」

 

 後ろめたくて、俺は咄嗟に何も言えなかった。

 

「ユーリ様、色々大変でしたね。普通の方なら一生に一つか二つしか成し遂げられないような仕事を、こんなに短期間に幾つも成し遂げたのですから、それは疲れた事でしょう。もう暫くお休みして下さい。

 ただ、寝てばかりいては余計に体に悪いですから、室内で構いませんから、少しずつ体を動かしてくださいね」

 

 カスムーク氏はいつもと変わらず穏やかな落ち着いた声で語りかけてきた。

 

「はい。

 その・・・べルークはどうしていますか?」

 

「ベスタールに聞いてご存知でしょう? 彼の代わりにミニストーリア様に付いていますよ」

 

「俺と一緒にべルークも働いていたので、同じように疲れているはずなんです。彼を休ませてもらえませんか? 言い辛いのなら、俺がそう両親に話しますので」

 

「旦那様と奥様からはとうに休むようにおっしゃって頂いています。しかし、べルーク本人が働くと言って聞かないんですよ。

 あの子ね、かなりショックを受けているんです。貴方に拒絶された事に。だから、働いていないと耐えられないみたいなのです。

 いつか倒れるのではないかと、私を含めて皆ハラハラしておりまして」

 

「えっ!」

 

 俺は思わず身体を起こした。しかし急過ぎて目眩に襲われた。

 

「うっ!」

 

 酷い吐きけがして、両手で口を押さえた。

 

「ユーリ様大丈夫ですか? 」

 

 カスムークは珍しく慌てて、近くに用意されていた金属のタライを俺の前に差し出してくれた。しかし、昼に食べたものは少量だったので既に消化されていたのか、吐き出したのは鮮やかな黄色の胃液のみだった。

 

「申し訳ありません。体調がお悪い時につまらない話をしてしまって」

 

 俺の背中を摩りながらカスムーク氏は謝った。珍しく少し狼狽しているところをみると、俺を仮病だと疑っていたのかもしれない。まあ、事実伝染病ではないが。

 

「こちらこそ申し訳ありません。べルークをそんな辛い目に合わせてしまって。

 拒絶してた訳じゃないんです。ただ、とにかく疲れていて一人になりたかったんです。そしてべルークにも休んでもらいたかっただけなんです。それはベスタールさんにも伝えたつもりだったんですが」

 

 これは俺の本心だった。

 べルークは何も悪くない。それがわかってるから会いたくなかった。出来れば自然消滅的に徐々に離れていこうと思っていたのに、予想外に俺がこんな状態になってしまった。

 

「昔ユーリ様はべルークを守って下さるとおっしゃいましたよね。でも、あの頃とは違い、ユーリ様は大変お忙しくなられたので、あの子の面倒を見るのが嫌になってしまわれたのですね」

 

「違う!」

 

「それならばそのように、あの子を説得しなければなりませんね。お前はもうユーリ様のお荷物なのだから、お側に行ってはいけないと」

 

「そうじゃない!」

 

「ちょうど妻の実家で執事を探しているので、べルークを行かす事にしますよ。妹もいますし、久しぶりに兄妹で仲良く過ごせば、少しはあの子の心を癒してくれるでしょう」

 

「駄目だ、そんな事をしては!

 べルークを思い人と引き離すなんて!」

 

「思い人?」

 

 カスムーク氏は(いぶか)しげな目で俺を見たので、しまったと思った。俺が言ってはいけない事だった。

 しかし、俺、いや、俺でなくてもジェイド家の侍従ならばエミリアに会えるが、辺境伯の侍従になってしまったら、簡単には彼女に会えなくなってしまうだろう。それでは可哀想だ。

 

「べルークの思い人とは誰の事を言っていらっしゃるのですか?」

 

 地を這うような低い声で尋ねられたが答えようがない。すると、俺の返答を待たずにカスムーク氏はまた口を開いた。

 

「思い人というのは、もしかしてエミリア様の事をおっしゃっているのですか?」

 

 俺はあまりの衝撃に目を見開いてカスムーク氏を見たのだった。

冷静沈着で仕事に私情を挟まないカスムーク氏も、大事な息子の傷心した姿にさすがに耐えられなくなり行動を起こしました。

しかしそれはユーリとの信頼関係があればこそ出来る対応です。それを楽しんでもらえると嬉しいです。

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