表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

86/107

86 面会謝絶

 べルークの提案はすんなりと宰相によって許可された。しかも、皇太子殿下が自らそれを大会参加者に発表されたので、会場は大いに盛り上がって幕を閉じた。

 

 大会が無事に終了して本当に良かった。参加者達は長年溜まったストレスが解消したと大喜びで、来年もまたやって欲しいと口々に言っていた。

 大した怪我人もでず、森は綺麗に再生し、今後、森林資源の活用のみならず、公園としても広く活用される事になるだろう。国民の憩いの場になればいいと思う。

 

 帰ろうと馬車に乗り込もうとした時、ベスタールが俺にこう話しかけてきた。

 

「ユーリ様。

 私は貴方の才能に惚れ込んでいて、是非とも貴方の侍従になりたいと思っていたんです。でも、今日改めてべルークの能力の高さを見せつけられて、断念する事にしました。

 べルークはますます貴方に役に立つ人間になりますよ」

 

「はは。ベスタールさんもべルークも俺には勿体ないよ。

 俺には爵位もないし、学校を卒業したら市井に下るつもりだ。まあ、文官になれたらいいとは思うけど、もしそれが駄目なら、一人で商売でもやるつもりなんだ。

 ベスタールさんとべルークなら執事としても、その他の仕事でも、うちより良い条件の仕事先がすぐにみつかるよ」

 

 俺がこう返すと、ベスタールは酷く驚いてから、顔を少し背けて目を眇めた。それから徐ろに顔を上げ、大きく息を吸い込むと、まるで地を這うような低くくてドスを利かした声で言った。

 

「相変わらずですね。いつになったらきちんとご自分の事を正しく認識して下さるのでしょうか? さすがに私も腹立たしくなりますよ、ユーリ様。

 国の上層部だけでなく、陛下や皇子殿下までが貴方をお側に置きたいと願っているのですよ。貴方が市井になんか下る事を、皆さんがお認めになるわけがないじゃないですか! いい加減自覚して覚悟を決めてください!」 

 

 ベスタールに初めて本気で怒鳴られた。いや、父親以外の人間から怒鳴られた事など今まで一度もなかった。

 俺はずっと長い間、可もなく不可もない、飄々とした人間を演じてきたから・・・・・

 俺は彼の前で今日二度目の涙を流した。疲れてしまった。本当に疲れてしまった。心も体も。

 

 

 

 俺は体調を崩し、一週間も部屋に閉じ籠もった。

 俺は丈夫でそれまで一度も学校を休んだ事がなかったというのに。まあ、やむを得ずエスケープした事はあったが・・・・・

 その間俺はベスタール以外の人間とは会わなかった。見舞いの客どころか、家族とも会う事を拒否したので、家族は揃ってパニックになっているとベスタールは言ってたが、大袈裟だなぁ。

 

 いちいち断るのが面倒になったベスタールは、主治医を買収し、俺の病気はさほど重くはないが、伝染する恐れがあるので、面会謝絶が必要だという事にしてくれた。おかけで俺は部屋のドアを何度もノックされずにすんだ。

 

 時々誰かがドアの前に佇む気配を感じた。必死に気配を消そうとしているが、それが誰かはすぐに分かった。

 イライラとした足音がした後で沈黙が続く場合は姉。

 トコトコと小刻みな足音がした場合は妹。

 そして足音もさせずやってきて、ただいつまでも佇んでいるのはべルークだ。

 

 俺がベスタール以外とは会わないと言ったと知った時、大袈裟ではなくべルークは本当に半狂乱だったと彼の従兄弟は言った。

 

「何故? 何故ベスタール兄さんなんですか? ユーリ様の侍従は僕です。僕がお世話をします」

 

「ユーリ様と同じ病気に(かか)ったことのある人間は、このお屋敷では私だけなんだよ。つまり、私には免疫がついるから指名されたんだよ。お前まで病気になったら、それこそ他の皆様にご迷惑かけてしまうだろう」

 

「そんなの嘘だ! ユーリ様は僕を怒っているから、僕に会いたくないんだ。僕の事が嫌いになったんだ。そうなんでしょう? どうすれば許してもらえるのですか? ねぇ、兄さんから聞いてもらえませんか? 僕は言われた通りにします。どんな事でもしますから・・・・・」

 

 べルークは取り乱し、母と姉が必死に彼を(なだ)めていたという。


 それと競技大会の日に一体何があったのか?とイズミンに尋ねられたとベスタールから聞いた。あの日イズミンは風邪気味で屋敷に残っていたので、大会で何かあったに違いないと推理したのだろう。

 しかし、皇太子殿下の件は俺とべルークしか知らない事だから、当然特段変わった事は無かったとしか、ベスタールには答えられなかったという。

 

「で、何があったんですか?」

 

「申し訳ないけど、それは極秘事項なので話せない」

 

「では、これはその極秘事項に関するお手紙でしょうかね?」

 

 ベスタールは金のトレーに乗せた、無駄に豪快な紙で作られた封筒を差し出した。

 

「皇太子殿下の侍従の方が見舞いの品と共に持ってこられたのですが、手渡される時に、『親展』ですから! と強調なさっていましたよ」

 

 俺は思わず笑ってしまった。

 

「こう言ってなんですが、皇太子殿下はよほど差し迫った悩み事があるのでしょうね。ユーリ様がこのように体調を崩されているにもかかわらず、こうやってご相談の手紙を寄越されるとは!」

 

「俺が悪いんだ。俺がどうにかするから、殿下は何もするなと言ったんだ。それなのに俺がこんな状態になってしまったから、焦れておられるのだろう。お気持ちはわかる。

 全く、自分の頭の上の蝿も追えないくせに、生意気に余計な事をしてしまった。もう、やらない・・・

 だけど、自分で言い出したのだから、皇太子殿下の依頼だけは何とかしなきゃとは思ってるんだけど」

 

 俺はため息をついた。

 いつも最初は小さな人助けだと思って始めるのに、何故こうも事が大きくなるんだろう? もうそろそろお節介や世話焼きをやめよう! そうだ。俺はもっと身の丈に合った生き方をしないと、かえって他の人に迷惑をかけてしまう。

 

「ため息をつきたいのはこちらですよ、ユーリ様」

 

 ベスタールが俺を見ながら苦笑いをしている。

 

「えっ?」

 

「とにかく見舞い客が多いんです。そのせいで使用人はてんてこ舞いです。屋敷中お見舞いの花で溢れかえり、匂いもむせ返るようですし、頂いた品の置き場に困っています。

 その上、そのお返しの事を考えると、私達執事や侍従は頭を抱えております」

 

 大袈裟だなぁ。ベスタールって、こんなに物事を誇張して表現する人だったかな? 

 俺の考えを見抜いたのか、ベスタールは片方の眉を釣り上げた。

 

「私の言った事を大袈裟だと思っているのでしょう? とんでもない。頂いたお見舞いの品をご覧になればすぐにおわかりになりますよ。それにお手紙をこちらにお持ちいたしましょうか? お疲れになると思って、皇太子殿下のお手紙以外はお持ちしていませんが」

 

 俺は慌てて首を振って断った。まだとてもじゃないが読む気になれない。最重要事項の皇太子殿下とべルークの事だってなかなか考えられない状態なのに、これ以上思考するのは絶対に無理!


「最初は今までユーリ様が我儘をおっしゃった事がなかったので、たまにはいいかと皆様思っていらしたんです。

 しかしそのうちいつまで不貞腐れているんだ、と皆様イライラしてきたんですよ。皆様ようやく気付かれたんですね。地味で存在感がないと思っていらしたユーリ様が、家族の潤滑油だったという事に。

 そして旦那様やザーグル様は、登城する度にユーリ様の具合はどうなんだと会う人ごとに尋ねられ、家に帰れば、お見舞いの品で溢れ返っている。いかにユーリ様が人々に慕われ、感謝されているかを再認識させられたご様子で。

 こんなに色々やっていたのなら疲れても当然だ。ゆっくり休ませてやろう、と家の者達におっしゃったんですよ。

 ですから、ユーリ様、今は皇太子殿下の事もべルークの事も忘れて、ゆっくりとなさってくださいね」

 

 俺は頷いて、皇太子殿下からの手紙も手に取らず、目を瞑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ