85 意外な参加賞
ユーリとべルークのお神酒徳利ぶりが凄いです。それなのに、何故、ユーリは自ら身を引こうとするのか! べルークがかわいそうです。
A区域に続き、B区域、C区域へと進んで行き、参加者の魔力の大きさが上がっていくと、森の変化具合も随分と違っていった。
しかしそれが森にとって良い方に変わっているかと言えば、必ずしもそうでもない。
大きなアスレチックを作るために木を切り過ぎていたり、まるでキャンプ場や娯楽施設のようになっていたり、腕自慢が目的なのかと凝いたくなるような木製のオブジェが沢山置いてあるようエリアもあり、審査委員達は眉を顰めた。
普段、騎士や軍人達は、たとえ強くて大きな魔力を持っていたとしても、冒険者達と違って戦争や反乱でも起きない限り、自由にその力を使う事は来ない。
平和な事が一番だという事は重々わかってはいるが、それでも思い切り魔力を使えない事にストレスを感じて、わざといざこざを起こす連中がいる。そして過去には、無意味な動乱を起こそうとした輩もいたと聞いている。
今回の『森作り競技大会』の本来の目的は、そんな彼等のストレスを解消する為だった。森の再生はそのおまけのようなものだった。
そう考えると、彼等が魔力を思う存分使い切ってせいせいしたのならば、まあ、森の再生に関しては多少ずれていようと、まあ良しとしましょうよ、と俺は審査委員達に提言した。
すると、俺がそう言うのならと、皆さんがしぶしぶと同意してくれた。
「それにしても順位をどうやってつけますかね? 元々審査基準をつくっておかなかったのは失敗でしたね」
ベスタールが困ったような顔をした。
「いつもきっちりと計画を練って穴がないのに、ユーリにしちゃ珍しいね?」
エミストラが少し不思議そうに呟いたので、俺は笑った。
「別に君達がつくってくれたって良かったんだよ」
みんなは頭を掻いた。しかしべルークが何故か誇らしげにこう話し始めた。
「違いますよ、皆様。ユーリ様は順位の基準を決め忘れたのではなくて、最初から基準なんて決めるつもりはなかったんですよ。
切り倒した木や破壊した岩の数、もしくは時間の速さを競ったりしたら、森はめちゃくちゃになって、かえって再生できなくなってしまいますから」
「「「なるほど!」」」
みんなは初めて気付いたというように、べルークの言葉に感心して頷いた。
「だから森の再生をめざして間伐しよう、という大まかな目標だけをかかげたんです。そうすれば無闇に木を切り倒したりはしないでしょう?」
そう。べルークは俺の事を一番わかってくれているし、俺を自慢に思ってくれている。やさぐれていた心が穏やかになると同時に切なさが込み上げてきた。
べルークが俺を隠れ蓑にしているなんてそんな酷い事を、何故俺は考えてしまったのだろう。心の綺麗な彼が、そんな事をする訳がないじゃないか。そもそも彼のそんな真っ直ぐで不器用なところが好きだった筈なのに・・・・・
嫉妬とは恐ろしいもんだ。思考や判断力をこうまで狂わせるとは。
べルークが俺を好きだと言ったのは嘘ではないのだろう。しかし、それはやはり恋愛感情ではなく、主への尊敬の念を勘違いしているだけだ。
多分、身分違い、婚約者持ちという事で、最初からエミリアへの思いを排除していて、恋心に気付いていないだけなんだろう。
この先、べルークとどう向き合えばいいのかはわからない。しかし大事な事だ。この大会が無事に終了したら、しっかりと考えなければ。
「それでは審査発表はどうすればいいのでしょうかね?」
ベスタールが思案顔で頭を捻ると、他の審査委員達も同様なポーズをとった。
暫くみんな沈黙して考え込んでいたが、やがてエミストラが言った。
「ユーリの言う通り、順位なんか決めなくてもいいんじゃないですか?
参加者の皆さん、力を出し切れて満足だって、口を揃えて言ってましたし」
「参加者ごとに、後で審査委員の総合評価を教えるという事でいいんじゃないですか? 良い点悪い点を言ってもらった方が嬉しいし、次回の参考にもなると思うので」
こう言ったのはマルティナだ。みんなが同意した。
「順位は決めないけれど、参加賞を皆様に差し上げたらいかがでしょうか?」
そのべルークの言葉に俺を含め、みんながあっ!と思った。いいアイデアだ。しかし何を贈ればいいのだろう。元々参加料をとっていないので、資金はないのだ。
するとべルークはとても綺麗な笑顔を浮かべながら言った。
「参加した方々に、命名権を差し上げるのはどうですか? ご自分達が再開発したブロックに自由に呼び名を付けていただくのです。もちろん、ご自分の名前でも、お好きな人の名前でも、人に迷惑をかけない名前ならOKということで。もちろん国有地なので、国のお許しをもらわなければなりませんが」
「「「おおっー!!」」」
みんなが驚嘆の声を上げた。誰もそんな事を思いつかなかった。前世持ちの俺でも。
「それはいいアイデアだな。お金も要らないし、もらった方もなまじ記念品もらうよりいいよな」
「むしろ名誉で嬉しいんじゃない?」
「自分の名前がずっと残るなんて素敵ですね。よい記念になります」
「国は一銭もかけずに森の手入れをしてもらったんだ。命名権くらい与えても罰は当たらないじゃないか?」
みんな乗り乗りとなったところで、審査委員長のベスタールが、皆に尋ねた。
競技大会の順位はつけない、
審査委員評価は各自に伝える、
参加賞として命名権を授与する、
これでいいのかと。
全員が頷いたので、ベスタールは
「わかりました。ではこれから近衛騎士団副団長のイセデッチ様と、宰相補佐のアピア様と共に、宰相様にこの命名権についてお願いしに行って参ります」
そう言うと、三人で丘を上って行った。
その後残りのみんなはテントに戻り、遅い昼食となった。べルークは当然のように俺の左隣りの椅子に座った。
「先ほどは失礼な事を申し上げて、本当に申し訳ありません」
べルークが頭を下げたので、俺は薄く笑を浮かべながら言った。
「謝る必要はないよ。お前の言う通りなんだから。俺はお前にたくさん隠し事していたんだから、お前が隠し事していたって何も言う資格なんてない。ついカッとして乱暴なまねをして悪かったな」
俺は出来るだけ穏やかに話そうとしたが、かえってそのせいで声が低くなってしまった。俺に対して誰よりも敏感なべルークは、大きく目を見開いて俺の顔を見て、顔色を悪くした。俺がまだ怒っていると思ったのだろう。
「すみません、ユーリ様。もう、あんなあてこすりのような事はけして申しません。許して下さい」
「本当に気にする事はない。それより、さっきのアイデアは素晴らしかったな。さすがべルークだ」
俺は話をすり変えて、べルークを褒めた。すると周りにいた連中も口々にべルークを褒めた。さすがに俺の侍従だと。
いつも、侍従として俺の役に立てる事が何よりも嬉しいと語っているべルークは、皆に褒められて嬉しそうにはにかんでいた。
それを見ながら、もうそろそろ俺から離れて、自分自身の喜びを見つけ欲しいと、そう思った。その時、
「そろそろ潮時だと思うの・・・」
いつかのイズミンの言葉が俺の脳裏に蘇ったのだった。