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84 再生された森

 俺達は順番にA区域の一番から見て歩いた。攻撃力の差で、間伐された木の本数は違うし、癒し魔力の差で、森の回復度も違っていたが、それぞれ工夫と努力の跡が見受けられ、どれも甲乙つけがたかった。

 鳥の巣箱が取り付けられていたり、栗鼠達が渡れるように木と木の間に小さな橋が架かっていたり。

 人だけではなく動物や植物にもよく配慮されていた。

 

 A区域の最後のエリアに入った時、俺達審査委員は一瞬あれと思った。

 木々はほとんど間伐されておらず、岩山も一つとして壊されてはいなかった。しかし何もされていないかと言えばそうでは無かった。

 無駄な枝は落とされえてすっきりしていたし、土は全体的に柔らかく掘り起こされていた。それらは攻撃魔力というより人力によるものだというのがすぐに分かった。

 

 眉間に皺を寄せる審査委員が多かったが、ここのエリアの競技者に批判的なコメントを述べる者はいなかった。

 何故なら、競技者というのが、この大会の発案者である俺の弟であるセブオンと、将軍であるココッティ伯爵の令嬢で、彼の婚約者の妹セリアナだったからだろう。

 

 セブオンは二ヵ月ほど前の皇太子殿下の誕生日パーティーで、とんでもない失態をした。皇太子殿下のファーストダンスの相手に、スウキーヤ男爵の娘であるマリー嬢を勧めたのである。エミリアという立派な婚約者がいるにもかかわらずだ。

 陛下の決めた婚約を否定するものであり、国家反逆罪に問われてもおかしくない行為だった。

 

 俺が介入しなければそれこそ弟だけではなく我が家にもお咎めがあったかも知れなかったと、後で父に感謝された。 

 しかも、その後スウキーヤ男爵は大犯罪人として逮捕されたのだから、セブオンの罪は重い。

 ただ、スウキーヤ男爵と関係のあった皇太子の側近達とは違い、セブオンは犯罪人とはなんら関係がなく、単にマリー嬢に同情していただけだったので、穏便な処置となった。

 いや、ココッティ将軍の元で厳しく鍛えられる羽目になったので、セブオンにとっては穏便とはいえなかったかも知れないが。

 

 この『森作り競技大会』の開催が決まった時、ココッティ将軍はセブオンにこの大会に出場するように命じた。そして婚約を破棄するか継続するかはその結果を見て判断すると言ったのだった。

 

 ペアを組む事になったのはサンエットの二つ年下のセリアナである。

 セリアナは明るめのブルネットヘアに濃い緑色の瞳をしていて、姉のサンエットに良く似ていた。彼女は見かけだけだけでなく、姉に似て頭も性格もよかった。

 ただ違っていたのは姉が攻撃魔法の持ち主なのに対し、彼女は癒し魔法の持ち主だったという事と、変人などではなく普通の感覚の少女だった事だ。

 それ故に、留学中の姉の代わりにセブオンと共に大会へ参加する役目が来た時、セリアナは納得がいかなかった。

 

 まだ十四歳でもちろん騎士でも軍人でもない女である自分が何故大会へ出なければいけないのか。

 サンエットお姉様の代わりなら、お兄様でも上のお姉様でもいいじゃない。確かに二人の魔力は少ないかもしれないけど。

 大体自分はそこそこ強い癒し魔法を持っているとはいえ、セブオンの攻撃力にはとても木を切り倒せるほどの力はない。彼に出来る事といえば、せいぜい枝を落とす事くらいだろう。間違っても競技に勝てる訳がない。大会に参加する意味がさっぱりわからなかった。

 

 しかし彼女は姉のサンエットから手紙を受け取ってからは、参加に前向きになり、自分からセブオンに積極的に話しかけ、作戦を練っていった。

 

 セリアナはシスコンでサンエットの信奉者だった。姉の願いなら何でも叶えたいと思うくらいに。そして姉の指示なら間違いなく面白い事になると、彼女は確信していたようだ。

 そしてその結果が今、目の前に広がる森だ。

 

「ここは動物達の為に考えたエリアだね?」

 

 こう俺が言うと、俯いていたセブオンが顔を上げた。そして最初から自信満々だったセリアナは誇らしげに胸を張った。

 

「さすがユーリお兄様。お兄様ならわかって下さると信じていましたわ」


 俺はサンエットとは幼馴染みでちょくちょくココッティ伯爵家に通っていた。その関係で彼女の妹のセリアナとも顔なじみで、一緒によく遊んでいたので、俺は彼女を実の妹のように思っていた。そしてそれはセリアナも同じだったようで、彼女は俺を『ユーリお兄様』と呼んでいる。

 

「動物のエリアとはどういう意味ですか?」

 

 ニルティナが聞いてきたので、俺はこう推測して言った。

 

「この大会の目的は参加者の皆さんのストレス解消。そして次に森作りのための木の間伐です。

 しかし、森林は人間のためだけではなく、多くの生き物のためのものです。動物、鳥、虫、魚、爬虫類・・・

 ですから、現在の状態を好んでいた生物もいるわけです。特に動物達の多くがこれから冬眠に向けて餌を必要としていますから。

 ですからこの二人は枝切りだけをしてほとんどの木を倒さなかったのです。このエリアは動物の冬眠用の食料となるどんぐりの実をつけるブナ、ミズナラなどの木が多く植わっているので。

 落ち葉も動物達の巣やベッドの材料になりますし。

 それに、岩穴や土穴そして木の根が盛り上がって根の下にできた隙間を「根上がり」と言いますが、動物達はそこを冬眠穴としてよく使うんですよ。だから余計な手を入れなかったのでしょう?

 反対に土を耕したのは、穴を掘って冬眠する生き物のためかな?」

 

「凄いですわ、ユーリお兄様。全部お見通しですね。

 セブオン様、ほら、私の言った通りでしょ。何も他の人達と同じである必要はないって! 自分達の持てる力を出せばいいんだって。きっとわかって下さると人がいるから」

 

 セリアナは顔を紅潮させ、少し興奮気味に言った。セブオンも少しだけ嬉しそうな顔をした。

 コンプレックスを隠すためにわざと人を見下したり、蔑む表情ばかり見せていた、いつものセブオンの顔とは違っていた。

 

「最年少なのによくここまで頑張ったな。偉いぞ、二人とも」

 

 オルソーが言った。

 

「本当に。二人とも体中傷だらけだし、手に血豆が出来てるわ。さぁ、両手のひらを見せて。まあ、酷い。直ぐに癒し魔法をかけるわ」

 

 マルティナがセブオンとセリアナに呪文とともに癒しの魔法をかけた。

 セリアナの癒しの力は既に使い果たしていたし、そもそも自分自身には使えないものだったから。

 

 俺は治癒を終えたセリアナの耳元で、こう囁いた。


「君にはとても迷惑をかけてしまったね。すまなかった。そして、本当にありがとう」

 

「いいえ。こちらこそ本当によい経験が出来ました。ありがとうございました」

 

 セリアナは充実感一杯の顔で微笑んだ。その顔は防犯犬の調教に成功して、初めて満足感を知った時のサンエットの顔によく似ていた。

 

 次に弟の頭をぐりぐりと強めに撫で回しながら、耳元で言った。

 

「よく頑張ったな。さすが俺の弟だ!」

 

 弟が破顔した。

 ああ、やっぱり弟は、家族に、そして俺に認めてもらいたかったんだ。理解してもらいたかったんだ。長い事それに気付いてやれずにかわいそうな事をしてしまった。

 俺は思い切りセブオンを抱きしめたのだった。

競技大会開催中に、皇太子殿下やエミリア、そしてべルークとの問題を抱えながら、その上弟セブオンとの関係まで修復しようとしたユーリは凄すぎます。疲労で考えが偏ってきても仕方ないかもしれまさん。無理はいけないですよね!

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