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83 自己完結

ユーリがここまで思い込みが激しいとは驚きです。自己評価が低すぎるせいでしょうか。


 俺は怒りと悲しみの感情を抑え込む為に、ゆっくりゆっくりと丘を下った。

 

 前世と合わせて三十六年の人生経験があるが、こんなに辛い思いは初めてだ。そもそも人に恋した事が無かったのだから、失恋するのだって初めてに決まっているのだが。

 

 今の俺は、さっきの皇太子殿下同様に青褪めて悲痛な表情をしているのだろうな。

 今日ここへ来るまでは、長年の思いがようやく実り、幸せの絶頂だったのに、今じゃ奈落の底にでも落ちた気分だ。もっとも、その幸せだってまやかしだったのかもしれないが。

 

 

 今は大切な『森作り競技大会』の真っ最中だ。たとえどんなに精神的にダメージを受けていようと、どんなに辛くてもこの大会を無事に終わらせなければならない。

 この大会を開催する為に大勢の人々に協力してもらったのだから。そして、今現在、真剣に競技に取り組んでいる多くの参加者達がいるのだから。

 

 森の入口付近に設けた大会本部へと向かう途中で俺は、幾度となく深呼吸を繰り返して、冷静さを取り戻そうとした。

 しかしその途中で俺を迎えに来たエミストラに会って驚かれた。

 

「丘の上のお客様席で何のんびりしてたんだよ。挨拶するだけだって言ってたのにさ。

 えっ!! 何があったんだ? その顔は!」

 

「顔?」

 

 俺がなんの事かわからずにいると、エミストラがウエストバッグから通称身だしなみポーチを掴み出し、その中から小さい鏡を取り出した。そしてそれを俺の顔の前に差し出した。

 そこには目を真っ赤にして、涙の跡で汚れた酷い顔が映っていた。

 

 俺は喜怒哀楽の少ない、感情のコントロールがよく効く人間だと自分では思っていた。しかしそれは単に冷めていただけだった。

 そしてべルークの存在は、俺の感情のリミットなんか簡単に壊すくらい特別で貴重な存在なんだ、と改めてそれを思い知った。

 

 皇太子殿下の誕生日パーティーの翌日、俺はべルークに告白した。その時、俺はべルークが応えてくれるとは思っていなかった。ただ気持ちを伝えたかっただけだ。

 そう思うと、べルークが本当は俺とは別に好きな人がいようと関係ないのか、そうか・・・・・

 

 こう思考を巡らせて、ようやく俺は落ち着きを取り戻した。

 

「何があったんだよ。言えよ」

 

「失恋・・・」

 

「えっ? 誰に?」

 

「それは言えない」

 

「何で振られたんだ。謝って許してもらえよ。そんなに泣くほど好きなんだろう?」

 

 俺に好きな人がいて、しかも失恋したという事がそんなに意外だったのか、エミストラは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。しかし、直ぐに俺の為に真面目にアドバイスをくれた。だが俺は首を横に振った。

 

「俺が謝ってどうなるとかそういう話じゃなくて、俺以外に好きな人がいたんだ。俺では到底太刀打ち出来ないくらい立派な人が」

 

「君より立派って、そんな人いるのかよ」

 

 エミストラの言葉に俺は思わず笑った。友人ってありがたいな。

 

「俺より立派な奴なんていくらでもいるだろう。でも、その人は本当に凄い人なんだ。頭が良くて、努力家で、才能があって、人柄も立派でさ。完敗!」

 

「諦められるのか?」

 

「好きだという気持ちは変わらないと思う。初恋だし、随分と長い事思っていたし。でも、好きだからこそ、幸せになって欲しいと思う」

 

「ユーリらしいな。でも、あんまり無理すんなよ。成人してりゃ飲みに誘うところなんだがな。

 そうだ。今度オルソーさんとべルーク誘ってさ、街へ駆り出さないか? 市井の食堂ってさ、安くて旨い店が多いらしいよ。そういう店を『旨いもん屋』って言うんだってさ」

 

 べルーク・・・・・

 その名前に胸がまたギュッと痛んだ。

 

「失恋の事はみんなには黙っていて欲しい。特にべルークには」

 

「そうだよな。侍従に知られたら主としてかっこ悪いか・・・わかったよ。秘密は守るよ」

 

 エミストラは慰めるように優しく俺の肩をポンポンと叩きながら言った。

 

 

 俺は会場入口の手前を流れる小川で顔を洗った。そして気合いを入れて大会本部にしているテントの中へ入っていった。

 オルソーさんやマルティナさん、そしてナタリア先生とクリステラ先生のところの双子の姉妹アルトナとニルティナが、他の多くのボランティアスタッフと共に忙しく動き回っていた。

 

「今まで何をやってたんだ? 代表が本部に陣取っていてくれないと困るだろう。運良く何も問題が無かったから良かったものの」

 

 俺の顔を見るなりオルソーは文句を言った。すまん!と謝ると、

 

「べルークさんはどうしたんですか?」

 

 アルトナが言った。そう、知り合いになって間もない彼女でさえ、俺とべルークはペアで認識しているらしい。しかし、そのイメージもそろそろ払拭しなくてはと思う。いくらべルークを好きでも、辛すぎるから。

 

「べルークは姉の傍に付いています。姉の侍従のベスタールさんが、大会の審査委員長として大会運営の方に回っていますからね」

 

 俺が説明すると、みんなは「ああ、そうでしたね」と納得した。

 

「とにかく、あと三十分で終了時間ですよ」

 

 マルティナさんが時計を見ながら言った。いよいよだ。あのシールドの中はどうなっているのだろうか。

 

 

 ドーン、ドーン、ドーンと終了を知らせる花火が打ち上がったと同時に、森のシールドが一斉に消された。

 

『ワーッ!!!!!』

 

 物凄いどよめきの声が上がった。

 あんな鬱蒼としていた森が一変していた。木が間伐された為に太陽の光が森の奥深くまで届いて、森中が明るく輝いていた。そしていたる所に美しい花々が咲き乱れていた。

 

 その上、切り倒された間伐材や、砕かれた岩を利用した花壇やベンチが置かれてあったり、フィールドアスレチックのような遊び場が造られていたり、川に橋が架けられていたりしていた。

 イーストウッドは想像以上の素晴らしい森へと変貌した。残念ながら温泉の源泉は見つからなかったが、それでも多分この森は、テーマパークとして今後活用されて行くだろう。できるならば、貴族だけでなく、庶民にも開放して欲しいものだ。

 

 競技が終わった後は各自昼食となった。そしてその間、審査委員と俺達企画発案者は、競技の審査の為に各ブロックを順番に回る事になっていた。

 そこへべルークが「遅くなってすみません」と息を切らして走ってやってきた。女性スタッフから黄色い声が上がった。

 べルークはいつものように俺の傍に来ようとしたが、俺はすうーっと彼を避けて審査委員長のベスタールの脇へ行き、彼と一緒に歩き出した。

 べルークが俺の名前を呼ぶのが聞こえたが無視をした。とてもじゃないがべルークと一緒にいたのでは、俺は平常心を保てそうになかったので。

今後べルークの苦難が始まります。どうやってたら誤解が解けるのでしょうか。キーポイントになる女性がいるのですが、それが誰なのか、予想をしながらお付き合いしてもらえると嬉しいです。

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