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81 すれ違う思い

 長い沈黙が続いた。その間も俺達がいる丘では、木を切り倒され、岩が破壊される振動を感じていた。

 

「知らなかった。あいつらがそんな事をエミリアへ言っていたなんて。何故そんな事を」

 

 皇太子殿下が信じられないように呟いた。彼等の能力がそう高く無い事は十分分かってはいただろう。しかし、まさか彼等が悪意を持って、エミリアに要らぬ事を言って苦しめ、自分との仲を邪魔していたとは思いもしなかったのだろう。

 

 殿下が直接彼等にエミリアを愛しているとは言った事はなかったとしても、長年側にいたのだから気付かなかったとは考えにくい。まあ、兄のような朴念仁もいるが。

 

 彼女へのプレゼントも彼等に相談して決めていたという。自分の必死さを彼等も知っていて、一緒に悩んで調べてくれているのだと思っていた、と殿下は言った。

 

「エミリア様が殿下の下さった宝飾品を身に着けると、そのお店は直ぐに高位貴族のご子弟の人気店になるそうです。毎回違う店だから、回り回って等しく繁盛しているそうですよ。『さすがですわね、殿下は』と、以前エミリア様がおっしゃられていました」

 

 と、べルークが言った。

 側近連中が本当に経済の事を考えてやったのか、自分の私利私欲の為にやったのかはわからないが、皇太子殿下とエミリアの事を(おもんぱか)っていなかった事だけは事実だろう。

 

「子供の頃に、デートには何処へ行きたいのかと側近に尋ねられた時、絵画展か演奏会へ行きたいとおっしゃったら、それはご自分だけの趣味でしょ、お一人で行って下さいと言われたそうですよ」

 

 べルークの話に、皇太子はまたもや困惑の色を見せた。

 彼はエミリアが学問だけではなく芸術方面にも優れ、興味を持っている事にも気付いていたので、何度も展覧会やコンサートに彼女を誘った。しかし、いつも断られていた。

 それがよもや側近達のせいだったとは。ようやく殿下の怒りがフツフツと込み上がってきたようだ。遅すぎる!

 

 それならばどういう場所ならいいのかとエミリアが尋ねると、芝居やスポーツ観戦、ショッピングなどがいいのではないかと言われたらしい。

 その時は、さすがにそれは皇太子ではなく側近達が行きたい場所に過ぎないだろうと彼女は思ったという。

 それに。側近達が勧めた場所は護衛をする者達の事を考えると面倒な場所だった。彼等の負担を考えて、エミリアはそこへ行きたいとは口にしなかった。するとそれが彼等の(かん)(さわ)ったらしく、嫌がらせは一層強くなったという。

 

 以前、皇太子殿下が酷く疲れを溜めこんでいると感じた事があったそうだ。その時エミリアは殿下を森林浴に誘おうと思ったらしい。緑の自然は人の心を癒やす効果があるので。

 すると側近から鼻で笑われ、何もない、つまらない森へ行くくらいなら、隣町の温泉へ行きます、と却下されたそうだ。

 べルーク、よく知ってるなぁ。


「以前確かに酷く疲れていた時、無理やり温泉地へ連れて行かれた事があったよ。疲れがよくとれると言われて。

 しかし、一泊二日の強行の馬車の旅だった上に、温泉宿でどんちゃん騒ぎをされたせいで、疲労が余計に増しただけだった。

 エミリアと森へ行って、ただ静かに過ごせていたら、さぞかし身も心も休まったことだろうに」

 

 皇太子殿下は今頃になって、悔しさが溢れてきたようで身震いをした。

 

「四年前、そう、ローソナーと大喧嘩をした時、私はローソナーに、『兄上はあの側近達に洗脳されているのか』と言われて腹をたてた事があった。

 馬鹿だな、私は。せっかく弟が命がけで忠告してくれたのに。本当に私は洗脳されていたんだな」

 

 皇太子殿下はハラハラと涙を流した。幼い頃からあの側近達に囲まれて、ずっと囁き続けられてきたのだから仕方なかったのかもしれないが、エミリアの辛さを身近に見ていたので、単純には同情できない。

 

 優秀なエミリアは側近達の害に気付いていて、なんとか皇太子に伝えようと努力していたのだろうが、あいつらに阻まれてはどうしようもなかったろう。

 父親のイオヌーン公爵も、陛下や皇太子に何度となく忠告していた事は知っている。しかし二人とも慣習だからと聞く耳を持たなかったようだ。

 俺の母も昔の繋がりで皇后陛下に話をしてみたが、他国生まれの彼女には、この国の慣習には口出しし辛いと言われたそうだ。

 ただ皇后陛下は、お后教育の為に城に通ってきていたエミリアとは幼い頃から接していたので、彼女の事は娘同然に思っていた。

 故に何度も婚約者の立場になって考えなさい、彼女の考えを聞いてあげなさいと息子を諭していたらしい。しかし、それは残念ながら彼の心には届いていなかったようだ。

 

「皇后陛下だけではなく、ローソナー殿下は本当に皇太子殿下の事をずっと心配されていました。

 エミリア嬢を本当にお好きだというのも分かっていて、一度アドバイスを差し上げようとした事もあったそうですが、大声で叱られてからは言い難くなってしまった、とおっしゃっていましたよ」

 

 俺の言葉に皇太子は力無く頷いた。

 

「エミリアに何か伝えたい事があるなら、自分が間に入ると言ってくれたんだ。側近達を通すと歪んで伝わってしまう事が分かっていたからだろう。しかし、私は邪推してしまった。弟もエミリアを好きなんじゃないのかって」

 

「「あ〜!!」」

 

 俺とべルークは顔を見合わせた。こりゃ駄目だわ。そうだよな、俺の事も疑っていたぐらいなんだから。今まで関わらなくて本当に良かった。

 

「元側近の方々がどういうつもりで、お二人の邪魔をしてきたのかはわかりません。本当に慣習通りにやろうと思っていたのか、自分達の私利私欲の為にやっていたのか、権力を握って自惚れたのか・・・

 ただ、いずれにせよ、彼等はエミリア嬢に焼きもちを焼いていたのではないですかね。彼等が束になっても彼女には敵わない。しかし自分達の方が皇太子殿下の傍にいて、殿下の事をよく知っているんだと。つまり彼等は嫉妬心から、エミリア嬢より有利な立場に立っていたかったのではないですかね?」

 

「生意気を言って申し訳ありませんが、僕もそう思います。嫉妬でもしていなければ、エミリア様を悪役令嬢だなんて、そんな馬鹿げた噂を流したりしないですよ。

 城内の女性達の間では、エミリア様はミニストーリアお嬢様と並んでとても人気がお有りになって、悪く言う方なんていらっしゃいません。ですからエミリア様が悪役令嬢だなんて、誰も信じません。あの噂の出どころもみんな分かっていて笑っていましたよ」

 

 このべルークの言葉に、殿下だけでなく俺も驚いた。

 今年に入ってから、エミリアの心身は益々疲弊度が増していた。顔は痩せてきつくなり、俺が話しかけようとすると、薄い眉毛を釣り上げてそっぽを向いた。

 その様子は前世のヒッキーの弟が好きだった乙女ゲームの悪役令嬢にそっくりで、俺は焦ったのだ。このままではエミリアに悪い噂がたって婚約破棄になるのではないかと。

 しかし、今でもエミリアは学校でも宮廷でも人気者だという。

 つまりエミリアは側近や皇太子殿下だけでなく、俺の事も避けていたという事か? 男嫌いになったのだろうか? それとも単に俺の事が嫌いになったのか? さっきは普通に笑顔を向けてくれたけど。

 それにべルークとはずっと仲良く話をしていたみたいだし。うーん。なんかモヤモヤするな。

 

 まあ、それはともかく、あいつらがエミリアを悪役令嬢という(いわ)れ無い汚名で陥れようとしていた事は確実だ。

 それがエミリア自身を嫌っていたからなのか、殿下とマリー嬢をくっつけてスウキーヤ男爵に取り入りたかったのかは知らないが。

 

「殿下、これでお解りでしょう? 修復がそう簡単ではないということを。というか、そもそも婚約者同士として今までほとんど何も構築されてこなかったご様子ですし・・・」

 

 きつい言葉だと自分でも思った。皇太子殿下に向かって言っていい言葉ではないと。しかし、エミリアの今まで受けてきた傷の深さは、殿下のそれとは比較にならない。それを認識しないと、これからの展望はないと自覚して欲しかった。

 

「今度、エミリア嬢と森へ紅葉狩りへ行くつもりです。その時、彼女の気持ちを聞きたいと思っています。

 殿下は直接エミリア嬢とは接触しないで下さい。そして、貴方のこれまでの思いと、今現在のお気持ち、これからどうしたいのかを手紙に綴って下さい。時系列でなくてもいいし、文章は上手でなくていいですから、正直に書いて下さい」

 

 俺は真剣に皇太子殿下にこう要望したのだった。

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