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8 ザーグル

「今日は本当に驚いたぞ!」

 

 城から戻った兄のザーグルが、俺の部屋に入ってくるなりこう言った。

 

「すみません。ご迷惑おかけして。皇太子殿下に何か言われましたか?」

 

 俺は素直に謝った。兄が、弟の俺の失敗のせいで責められたのだと思ったからだ。

 しかし、続けられた言葉に俺は唖然!!とした。なぜなら・・・・・


「お前、あの男爵令嬢と付き合ってたんだな。何故それを俺にまで隠してたんだ。水くさいぞ」

 

「「はあ~???」」

 

「お前が付き合っているのも知らず、ファーストダンスを彼女と踊ろうとした事、殿下が大変気にされていたぞ」

 

「「!!!」」

 

 俺とベルークは暫く呆気にとられて口がきけなかった。

 なんだそりゃ!

 何故俺があの男爵令嬢と付き合ってる事になるんだ。あの令嬢とは一度も口をきいたことなんてないぞ。

 

 俺がパニクってると、一足早く正気に戻ったベルークが、俺の代わりに誤解を解いてくれた。

 

「ザーグル様、それはとんだ思い違いです。ユーリ様はマリー嬢とはお話しした事もありません。多分、彼女もユーリ様のお名前もご存知ないかと思われます」

 

「えっ?」

 

 驚いた兄が、俺とベルークの顔を交互に見た。

 

「エミリアがもうすぐ現れるのが見えたんですよ。だから、皇太子が彼女の手をとるのを阻止しようと思ったんです。修羅場になるかなって」

 

 俺がようやく復帰して、事情説明をした。すると、次に兄貴がこう言ったので、案外にぶちんだ! と呆れた。

 いや、予想通りか・・・・・

 

「確かにマナー違反だろうが、それくらいでエミリアは騒がないだろう?」

 

「ええ、エミリアはね。だけど、他の女性の皆さんはどうでしょう。特にミニストーリア姉上なんかは・・・」

 

「あ・・・・・」

 

 ようやく兄貴にも、その修羅場が想像出来たらしい。目が虚ろになった。

 

 兄貴は頭はいいが、固い。その上、女心に疎い。こんなんで、婚約者とは上手くいってるのだろうか? 三か月後には結婚する予定なのだが。

  

 

 三年程前、俺は父親から書斎に呼び出された。そして2つの釣書(つりがき)を渡され、どちらがいいと思うかと尋ねられた。

 

「なんで俺に聞くんですか?」

 

 おれは胡乱な目付きをして聞き返した。

 

「いや、お前の母親と意見が対立してね。それでお前の意見を聞こうかと思ってね」

 

「これ、他の兄弟達にも聞くつもりですか?」

 

「まさか! 聞かんでもあいつらのチョイスはわかってる。自分と気が合う方を選ぶに決まっている。本人の事とか、家の事なんか考えるわけがない!」

 

 確かに・・・・・

 

 まず、薄い桃色をした釣書を見た。とある伯爵家の令嬢。全くもって失礼ながら、便宜的にAご令嬢とする。

 

 前世で例えれば、父親の職場の先輩の娘さん。

 四人兄弟の三番目の次女。上に兄と姉がいて、下に弟がいる。まあ、俺と同じく中間子。癒し魔力持ち。

 一般的な金髪碧眼でそこそこ美人。年齢はその当時十四歳。おとなしそうな少女だった。

 釣書にも趣味は、手芸、お菓子作り、読書。性格は家族思いで優しいと書かれてあった。

 まあ、これくらいの年齢だと、これから性格が大分変化する可能性は大だと思うけど。

 多分、親父とセブオンはこちら推しだろう。

 

 で次に、薄黄緑色の釣書を見た。とある子爵家の令嬢。こちらはBご令嬢とする。

 

 前世で例えれば、父親の職場の同期の娘さん。まあ、同じ職場と言っても、親父は内勤で、こちらのBさんの父上は外勤、てな違いがあった。

 こちらも四人兄弟だが、長子で、下に弟が三人いる。

 濃いブルネットの髪に群青色の瞳をして、はっきりした顔だちをしていた。年齢は十五歳。

 趣味はダンス、乗馬、合唱、料理、洗濯。性格は明朗快活。

 

「父上、このBさん、本当に結婚する気があるんですかね? 明朗快活な性格に、趣味が洗濯って。いくら本当でも、普通はそう釣書にかきませんよね?」

 

「ビーサン? 違うよ。彼女はアルビー=サンティア。微妙に間違えているよ」

 

 アルビー=サンティア・・・・・

 

 俺は人の名前を覚えるのが苦手だが、この名前はさすがに覚えた。

 

「サンティア子爵家は代々質実剛健をモットーにしててね、美辞麗句が言えないんだよ。彼の言葉はいつでも本音、本心。娘を結婚させる気がないなら、釣書なんて用意しないよ」

 

 父の言葉に俺は頭を捻った。父も似たタイプだから、それは本当の事なんだろう。しかし、よくそれでこの世を渡れるなあ! ある意味凄い! しかし、世の中、一見正しい事が正しいという訳じゃない。そんな単純じゃない。薄っぺらい正義感は嫌いだ。

 

 大体、兄貴も真面目が服きて歩いてるようなタイプだし、夫婦二人、融通の利かない馬鹿真面目で、世の中渡っていけるのかね?

 まあ、たくましそうだし、困難に見舞われても平気そうなところはいいと思うけど。セブオンにも対抗できそうだし。それに裏表なさそうだから、母や姉はこっち推しかなあ?

 

「で、お前、どっちの方がいいと思う?」

 

 父は探るような目で俺を見た。この家の存続に関わる大事な事を、俺になんかふるなよなあ~!

 

「こんな釣書だけじゃわかりませんよ。今度、この方々を観察に行ってきますよ」

 

 俺がこう言うと! 父はホッとしたような顔色をして、

 

「頼む!」 

 

 と言った。さては最初からそのつもりだったな!

 

 翌朝、俺は一つ上の学年のAご令嬢を探るべく、学園内を歩いていた。すると、廊下の角の所で、山のようなプリントを抱えていた女子と衝突しかけた。

 俺がさっと避けたのでぶつからなかったが、彼女はバランスを崩して、持っていたプリントを廊下にばらまいてしまった。

 

「ごめんなさい! 前がよく見えなくて。」

 

 俺に頭を下げたのは、なんとAご令嬢。

 

「こんなに沢山のプリントを女性一人に持たせるなんて、酷い先生ですね」

 

 俺がこう言うと、Aご令嬢は首をふった。

 

「先生は、男子二人に頼まれたんだけど、二人とも急に用事が出来たらしくて、私、そこで頼まれて」

 

 はあ~。なるほど。彼女、人が良くて周りの奴らに利用されてるな。

 

 俺は彼女と一緒にプリントを拾い集めると、立ち上がりかけてよろめいた。

 

「大丈夫ですか? 足、どうかなさいましたか?」

 

「さっき飛び退いた時足を捻ったみたいで」

 

 俺がこう言うと、Aご令嬢は真っ青になり、

 

「私のせいですね、ごめんなさい。医務室へ行きましょう」

 

 と言って、自分が持っていたプリントと、俺が持っていたプリントを廊下の隅に下ろすと、俺の片腕をとって自分の首に回した。

 

「プリントはどうするんですか?」

 

 俺が驚いて尋ねると、彼女は真剣な顔で前を向き、こう言った。

 

「私がいつまでも戻らなかったら、彼らが探して見つけるわ。そんな事より、あなたの怪我の治療の方が大切でしょ」

 

 俺はA令嬢、いや、マルティナ=グランドル伯爵令嬢が、ただ人のいい、利用されているだけの少女ではない事を知った。

 

 しかし、医務室へ行って見ると、あいにく医師は席を外していた。

 

「私、ちょっとその辺を探してくるわ。でも、その前に足首を冷やしておきましょう」

 

 彼女は勝手知ったる、という感じで、金属のタライを持って、医務室の地下室にある氷室から氷を持ってきた。そして、それで氷水を作ると、タオルを浸した。

 

 それからマルティナ嬢は俺を診察台に座らせ、痛む右足を椅子の上に乗せた。そして靴下を脱がすと、足首に絞ったタオルを乗せた。

 

 その手際の良さに驚いた。それと同時に、癒し魔力があるのに、何故魔法を使わないのだろう? という疑問も湧いたのだった。

 


 

 

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