79 駆け落ちの相手
ようやく皇太子殿下の思いが分かります。しかし、その不器用さ、思い込みの強さに、ユーリはドン引きです!
「ご冗談はおやめください。私を殿下の側近だなんてとんでもないお話です。殿下の周りには既に素晴らしい方々が集まっているとお聞きしておりますよ」
「それそれ! 君は私に対してはよそよそしいよね。ローソナーの時とは大分違う。それが悔しいんだよ」
セブイレーブ皇太子殿下は少し戯け気味に言ったが、俺は余計に疑惑が浮かんだよ。何なんだ、今日は!
「実は私は焦っているんだよ。
私は以前から君を私の側近にしたいと思っていたんだ。しかし君の身の安全の為に、君が成人するまではこの話をする事はタブーになっていたんだ。ジェイド伯爵や宰相イオヌーン公爵の意向があって。
それなのに、ココッティ将軍が君に側近の話をしてしまったというじゃないか! しかも、それを君が断ったと聞いて。
その上、今度は市井に下るだと? 絶対にそんな事は駄目だ!」
普段穏やかな殿下が少し興奮気味だ。
「あのぉ、別に私は市井に下るとまだ決めた訳ではないのですが・・・」
「ああ、結婚が反対されたらだったか? 何故? 反対されたのかい? 誰に?」
殿下は本当に不思議そうに俺に尋ねた。ローソナー殿下はべルークの名を告げたら驚いていたが、皇太子殿下の方はそういう偏見とかはないのかな。同性婚とか身分差婚とかの。そうなら嬉しいな。
「まだ、身内の者には話してはいないので反対されたというわけではないのです。ただ、相手に婚約者がいるようなので、多分反対されると思います」
「相手も反対されたら市井に下ると言っているのか?」
「はい。一緒について来てくれると言ってくれています」
俺がこう言うと、セブイレーブ皇太子殿下が真っ青になった。そしてブツブツと呟き出した。
どうしたんだ。皇太子の様子が急変し、俺はますます訳がわからなくなった。
本来、俺は面倒な事は嫌いだ。お節介で世話好きだが、何を考えているかわからないような奴の事まで進んで面倒みようとは思わない。
ローソナー殿下や近衛騎士団副団長イセデッチ氏、そして宰相補佐アピア氏にはよろしくと頼まれた。しかし、本音で話した事もない皇太子殿下の相談相手なんて、俺には到底無理だ。
俺は一礼して側を離れようとしたところを殿下に両腕を掴まれた。
「君は私の命の恩人だ。君に恩を返す事が出来るなら、なるだけ君の意に沿いたいと考えている。しかし、駆け落ちだけは見逃せない。
私が、私が悪いのだという事は十分にわかっている。私では君には到底勝てないという事も。だがしかし、それでも私は彼女を譲れない。渡せない。どうか、彼女の事は諦めてくれ。
君にも彼女にも、恨まれるだろう。それでもやはり私は彼女を手放せない・・・」
皇太子殿下はそれはもう必死な形相で俺に訴えかけてきた。俺の腕から肩へと掴む場所を変え、思い切り前後にガクガクと揺さぶりながら。
俺は呆気にとられて、ただ揺さぶられていたが、さすがにべルークが俺のその状態を見ている事に耐え切れなくなって走ってきた。そして不敬になる覚悟で殿下の両腕を掴んで、俺の肩から引き離して言った。
「何をなさるのですか、殿下!」
セブイレーブ皇太子殿下はべルークの必死な顔を見て、ようやく我に返ったのか、そのままズルズルと木の根元に座りこんだ。護衛騎士もこちらに来ようとしたが、殿下は片手でそれを止めた。
「あのぉ、何かよくわからないのですが、何か勘違いをされてはいませんか? だいたい、彼女とはどなたの事を指していらっしゃるのでしょうか?」
俺は、ぐらぐらとまだ揺れている頭を自分の両手で押さえながらこう尋ねた。少し気持ちが悪い。
「勘違い? 君は結婚を反対されたら駆け落ちをして、市井へ下りるのだろう? そして、彼女もそれを承諾したのだろう? 私に嫌気がさして、とうとう我慢ができなくなって・・・」
皇太子殿下の言葉に俺とべルークは思わず顔を見合わせた。そして互いに少し頷きあった。
「殿下、私の駆け落ち予定の相手は『彼女』ではなくて、『彼』です。故に、絶対に殿下の想い人ではありません」
「は?」
俺の言葉に皇太子殿下は疑問符を浮かべて顔を上げた。そして、
「私の恋人は、ここにいるべルークです。殿下のおっしゃっている彼女とは婚約者のエミリア嬢の事ですよね。私の従姉の・・・」
この俺の言葉に、再びキョトンとした。
「何故殿下が私とエミリア嬢が駆け落ちをすると思われたのかは存じませんが、私と彼女は従姉弟同士ですよ。そりゃ、仲はいい方だと思いますが、それは実の姉と弟のようなものです。もし、誤解を与えるような態度を私がとっていたのならばお詫び致しますが・・・」
すると、セブイレーブ皇太子殿下は、暫く俺を刮目した後でこう語り始めた。
エミリアは殿下の前では作り笑いしかしないのに、俺の前ではいつも本当の笑みを浮かべている。
そうかなぁ?
殿下が贈ったプレゼントは、一度は義理で身に着けてくれても二度目はない。
以前お気に入りと思えるアクセサリーがある事に気が付いて、同じ店で購入すれば喜んでもらえるかもしれないと思い、購入した店を尋ねたら、従弟(俺)に貰ったので、店の名前はわからないと言われた。
う〜ん。
彼女の趣味嗜好が知りたくて、どんな本が好きなのかと尋ねたら、活字なら何でもと返答された。
あ〜あ。
どこかへ出かけないかと何度誘っても、お忙しいでしょうからお気を使わずにと、いつもやんわり断られてしまう。
ダンスもファーストダンスだけで、二度は踊って貰えない。
確かにそうだね。
エミリアが卒業したらすぐに結婚式を挙げる予定になっているので、その準備の話をしたくても、いつも浮かない顔付きで、決められた通りに出来るよう努力しますと言うだけで、自分はどうしたいかの要求を何一つしてこない。
そりゃあ、仕方ないかも。
「私はエミリアをずっと見てきた。だから、彼女が私の事を好きではない事くらい昔から分かっていた。だから、彼女が好きなタイプを知りたくて観察していたが、彼女は誰に対しても皆平等に接していたので、なかなかわからなかった。
しかし、四年前、弟と喧嘩をしたあの日、ようやく私は彼女の側にいるのが相応しい人物を見つけた。それが君だよ、ユーリ君。
君は類稀な能力を持ちながらそれを隠していた。だからずっと私は気が付かなかった。いや、ほとんどの者達が騙されていた。しかし、エミリアはとっくにそれを見抜いていたんだ。
エミリアの目はいつでも君の姿を追っていたよ。
私は優秀な君に側近になって欲しいと心から願っていた。この国の為には君が必要だと。
しかし、それと同時に彼女を魅了してしまう君の才能を羨んでいた。そして私は君にずっと嫉妬をしていた。
本当は君に教えを乞うべきだったのだろう。どうすればエミリアに振り向いてもらえるのかを。しかし、皇太子としての誇りが邪魔をしてそれが出来なかった。愚かだった。
先ほど、エミリアが君と駆け落ちをすると思った時、死ぬほど後悔をした。くだらない見栄やプライドなど捨て君に相談すれば良かったと」
皇太子の告白を聞いて、俺とべルークはただ呆然として、暫くその場に立ち尽くしていた。




