78 壮大な兄弟喧嘩
「父上がどのように考えているかは存じません。しかし私はこのように無骨な性格で人付き合いも上手くありませんので、他国との政略結婚には向いていません。そちらは社交的な妹達に任せたいと思います。従って私は兄上の臣下に下りたいと願っておりますが、それを許して頂けるのでしょうか?」
ローソナー殿下の言葉にセブイレーブ皇太子殿下は即座に頷いた。それなのに弟殿下はそれに不満そうにこう尋ねたのだ。
「先ほど、年下のユーリ君と同等な力しかなくて残念だと、私におっしゃいましたよね。よろしいのですか? そんな者を配下に入れると簡単に決めてしまって」
「!!!!!」
皇太子がだけでなく、俺も近衛騎士の皆さんも固まった。おっしゃっている事は確かにごもっともなのですが、今それを言いますか?
いや、今だから言えるのか? 側近の皆さんがいないから。でも、この後どう収拾をつけようと思っているんですかぁ〜
俺が心の中で『ムンクの叫び』状態になっていると、ローソナー殿下が徐ろにこう言葉を繋いだ。
「兄上、これから私と勝負して下さい。力加減をせずに全力で」
「「「えーっ!!!」」」
皇太子殿下のみならず、その場にいた全員が悲鳴に似た驚愕の声を上げた。
そりゃ、そっち方面に向かわせようとは思っていましたよ。でもいきなりですか?『急ては事を仕損じる』という諺がありますよ、ローソナー殿下!
しかし、なんとセブイレーブ皇太子殿下がそれを受けてしまった。『売り言葉に買い言葉』?
なんか、次々と諺が飛び出してくるぞ。
しかも誰にも邪魔されたくないとばかりに、お二人は猛ダッシュで裏庭の騎士団の修練場の方へ走って行かれた。
「「「殿下ぁ〜! おやめになって下さい! 止まって下さい!」」」
騎士の皆さんが皇子殿下達の後を慌てて追いかけた。しかし、これは滅多にないチャンスかもしれないと思った俺は、一番背後から走りながら、無唱魔法で彼らに軽い足枷魔法をかけた。そしてスピードを遅らせ、彼らを追い越して裏庭へ向かった。
セブイレーブ皇太子殿下とローソナー殿下は修練場の真ん中で、十メートルほどの間を空けて向かい合っていた。
俺は邪魔をされないためにシールドを張った。こんなチャンスは二度とないかもしれない。もし何かあったら、騎士団の皆様には大変申し訳ないと思いつつも、国の将来を思えば致し方ないと割り切った。
お二人は互いの距離を測りつつ、徐々に距離を縮めていった。そして軽い攻撃魔法をかけあった。いきなり攻撃魔法かい!
俺と兄貴は魔力無し設定だったので、勝負とはすなわち体術や剣術の事だった。これは想定外だ。
弟のセブオンは攻撃魔法を使ったが、俺が魔力を使わずに難なくそれを避けられるレベルだったので、魔力使いを相手しているという意識が無かった。
これはまずいぞ。ルールをちゃんと決めずに試合を始めるなんて。
「いったん止めてください! ちゃんとルールを決めてからやって下さい!」
俺は大声で叫んだが、全く二人の耳には届かない様子だった。多分相手しか目に入っていないのだろう。
こりゃ、強制的に止めなきゃ駄目かな? でも、強力な攻撃魔法を持っている王族に、俺の魔力で太刀打ち出来るのか?
俺がそう思った時だった。
皇太子殿下がバランスを崩したところに、ローソナー殿下の右人差し指が向いた。あれじゃ避けきれない! セブオンの時と同じだ。
しかし、あの時よりも魔法の腕や度胸が向上していた俺は、皇太子殿下に向かって咄嗟に妨害魔法をかけた。
バリバリバリバリ・・・・・・・
雷が天空を切り裂くような、耳をつんざくような物凄い音がした。
皇太子殿下が仰向けに倒れ、ローソナー殿下はそれを見て驚愕してその場に崩れ落ちた。
俺は皇太子殿下の元に駆け寄って手首をとり、脈をみた。大丈夫。生きてる。呼吸もしてる。
「ローソナー殿下、お医者様を呼んできて下さい! 早く! 皇太子殿下は助かりますから、早く!」
俺が叫ぶと弟殿下は真っ青な顔でヨロヨロと立ち上がり、それでも必死な形相で医者を呼びに走り出した。それを確認して俺はシールドを消し、皇太子殿下に向かって癒し魔法をかけた。全身全霊を込めて。
護衛騎士の皆さんが駆け寄ってきた時には、皇太子殿下の意識は薄っすらと戻ってきたようだったので、俺はどさくさに紛れてすうっと後ろに身を引いたのだった。
結局、皇太子殿下は軽い脳しんとうを起こしただけで大した事はないと医者に言われた。
もちろん、みんなで訓練中に皇太子がたまたま躓いて頭を打ったという事になった。
そうしないと、ローソナー殿下や騎士団の皆様はただじゃ済まなくなる。そして皇太子殿下ご自身も弟にやられたとなると体裁が悪いもんね。
そしてその後、全てを見ていた俺を皆さんがまるで腫れ物に触れるように接するようになったのは言うまでもない。ううっ。ちなみに俺が魔法を使うところは、皆に背を向けていたので誰にも見られてはいないかった。(まあ、皇太子殿下とローソナー殿下は薄々気付いておられたようだが・・・)
いつ後ろから寝首を掻かれるかわからない。俺は翌年あの癒しの魔剣の件が起きるまで、どんなに呼び出しを受けても城には近付かず、暫くの間怯えて過ごしていたのだった。
まあ、俺の事はともかく、その後両殿下はすっかり普通の兄弟らしくなり、毎朝一緒に訓練し、切磋琢磨するようになったと兄から聞いた。
姉からは『ローソナー殿下が落ち着きを取り戻したようでホッとした。ありがとう』と感謝された。
俺が何をしたかを尋ねないところが姉の凄さだ。普通の女の人だったら根掘り葉掘り聞きたがるもんだと思うが。
ところで、皇太子殿下の側近達が何故ご兄弟のそのような状況を許したかというと、怠け者の彼らは朝練などする訳がなかったから、単にその事を知らなかっただけなのだ。皇太子殿下がお話ししなければ、誰一人奴等に報告する者などいなかったし。
両殿下は普段は素知らぬ顔をしながらも陰では交流を続け、互いの近衛騎士達も連絡を密にして、次第に出来の悪い側近達を切り離していった。
そして先日の皇太子殿下の誕生日パーティーと土地詐欺に関与していた最後の側近達が、とうとう脱落したのだった。
その間に、同級生ではない、どの派閥にも属さない優秀な人物を徐々に仲間として引き入れていったのだ。目立たないように少しずつ。
外交官アーグス=ガストン侯爵、
近衛騎士団副団長イセデッチ氏、
宰相補佐アピア氏、
軍事務局の局長補佐官ジャスター氏、
警護隊北の詰所の騎士ヤオコール氏、
外交官軍医学校生のオルソー=ボブソン、
エミストラやべルークの名前も挙がっているらしい。そしてこの俺も。まあ、絶対に御免蒙るが。
『森作り競技大会』中に、四年前の皇太子殿下と弟殿下の壮大な兄弟喧嘩を思い出し、俺は苦笑いをした。
お二人はあの事で仲良くなれて良かったかもしれないが、俺はあの事件のせいで暫く怯えて暮らしていたんだぞ。
まあローソナー殿下と騎士の皆さんはあれ以降、却って俺に好意的になっていたので、正直なところ真剣に怖がっていた訳ではなかった。
ただ皇太子殿下だけは表面上はともかく、どこか俺に対していつもよそよそしかったので、避けられているのだとずっと思っていたのだ。
それなのに弟のように思っているだと? 社交辞令じゃないのか?
俺の顔を見て皇太子殿下は、珍しく声を出して笑った。そしてこう言ったのだった。
「なんだい、その疑わしそうな目は・・・ 本当に私は君を大切な弟のように思っているんだよ。だから、君が私の側近になるのを拒否していると聞いて、酷く傷付いているんだよ」
と。




