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74 皇太子殿下と弟殿下

いよいよ、というかようやく皇太子が出てきます。お待たせしました。

もう諦めて、ここまで読んで下さらない方もいると思いますが、継続して読んで下さっている方、本当にありがとうございます。

 数日前、たまたま弟殿下と城内で遭遇した。この大会の最終報告に訪れた時だ。

 

「君のおかげで皇家がスキャンダルに巻き込まれずにすんだ事、感謝する。あのような大罪人の娘と噂がたてられていたら、兄の立場が危うくなるところだった」

 

 ローソナー殿下はこう言って、俺に謝意を述べて下さったが、もし邪な者が聞いていたとしたら、

 

『お前が余計な事をしなければ兄を失墜させて、自分が皇太子に取って代われたものを。なんて忌々しいやつめ』

 

 と解釈する事だろう。まあ、噂がたったくらいでは廃嫡なんてあり得ない。多少皇太子殿下の評判は落ちたかもしれないが。

 

「しかし、君の侍従、べルーク君は辛いだろうね。それは気の毒だと思うよ。恋人の父親が逮捕されては今後の付き合いは難しいだろう。本人には罪がなくとも」

 

「もうそろそろ本当の事をお話しさせて頂きますが、べルークは私とマリー嬢の間に噂がたたぬように、カモフラージュで恋人の振りをしてくれていただけです。二人は単なる友人で、今後もそれは変わらないでしょう」

 

 ローソナー殿下は酷く驚いた顔をした。二人が恋人の振りをしていた事実や、あんなスキャンダルがあってもまだ付き合いを止めるつもりがない、と俺が言った事が信じられないのだろう。

  

「それは君にも伯爵家にもまずくはないのか?」

 

「スウキーヤの息子や娘達は今回の逮捕劇の最大功労者であり、被害者です。彼女達を利用するだけ利用して見捨てるのは、人道的に如何なものかと思います。そしてその為に我が家が色々勘繰られてもそれはそれで仕方がありません。

 そもそもこの貴族社会自体そんな綺麗なものじゃないので、いちいち気にしてなどいられません」

 

「・・・・・・・・」

 

 大きく目を見開いたままの殿下の顔をじっと見つめた。俺は相手をちゃんと選んで言葉を使っているつもりだ。

 殿下は口数が少ないため、いつも言われた相手の方が勝手に色々解釈をしているが、実際はご本人には全く裏がないのだ。だから俺は殿下にはいつもストレートな物言いをしている。

 

「以前君が大きな功績を上げた時、自分の為の報奨を望まなかった。今回もそうかね?」

 

「いいえ。前回はそれで周りの方々から顰蹙(ひんしゅく)をかいました。私がお断りをしたせいで、他の方々が貰いにくかったと。ですから、この度は遠慮なくご褒美を頂こうと思っております。もう子供ではありませんので」

 

 俺の返答にローソナー殿下は意外そうな顔をした後、少し笑った。

 

「そう。それで今回は何を望むつもりなんだね? すごく気になるな」

 

「気になりますか? 他人の私利私欲が気になるなんて珍しいですね、殿下。そんな事には興味がないのかと思っておりましたが」

 

「私利私欲なのかい? 君が?」

 

「ええ、物凄く私利私欲な事です。私には結婚したい相手がいて、それを陛下に認めて頂きたいんです。陛下の御墨付を頂ければ誰に反対されても平気ですから。

 もっとも、もし認めて頂けなくても、その時は市井に下るだけなので別に問題はないのですが」

 

 殿下は驚いて顔色を変えた。それほど驚く事かな? 俺は頭を捻った。

 殿下に結婚を望む相手は誰なのかと尋ねられて、俺は正直に話した。他人にべルークとの事を告げるのは妹以外初めてだった。

 

 ローソナー殿下は暫く沈黙した後に、真剣な眼差しでこう言った。

 

「陛下に君達の結婚が認められるよう、私も尽力しよう。君に市井に下られては困るのでな。ただその前に、兄とエミリア嬢の事で協力願えないだろうか」

 

 と・・・・・・・

 

 

 木が裂ける音や岩が砕かれる爆音が漏れ響く中、俺はべルークを連れてセブイレーブ皇太子の側に行こうとして、エミリアに声をかけられた。

 

「ユーリ、べルーク。今日は招待してくれてありがとう。とってもすてな景色が見られて嬉しいわ」

 

 久々に見るエミリアの笑顔だった。

 

「エミリアは山や森が好きだったよね。今日は賑やかすぎて落ち着いて緑も眺められないだろうけど。

 紅葉はまだ続くだろうから、近いうちにまたみんなで一緒に来ようよ。今度はゆっくり写生でもしよう。久しく絵も描いてないんじゃないか?」

 

「ええ。ありがとう。楽しみにしてるわ」

 

 エミリアと話をしてからセブイレーブ皇太子の方へまた顔を向けると、皇太子と目が合った。しかし、彼からは顔をすっと避けられてしまった。まあ、背を向けられても俺の方から側へ行くけどね。

 

「皇太子殿下、お忙しい中、わざわざおいで頂きまして誠にありがとうございます。心より感謝いたします」

 

 俺が殿下に頭を下げ、べルークと共に臣下の礼をとると、彼は露骨に嫌な顔をした。

 

「君は私にとって、幼馴染みの弟。つまり私の弟も同然で家臣ではない。もちろんべルーク君も。わかっているだろう? そんなにしゃちほこばるなよ」

 

 確かに俺は幼い頃からかわいがってはもらっていたが、四年前に皇太子殿下と弟殿下の喧嘩の場所に、たまたま遭遇してからは、なんかよそよそしくされていたような気がする。逆に弟殿下とは本音で話し合える仲になったが。

 

「ちょっと君と話がある。いいかい?」

 

 俺が頷いたので、殿下は主賓席から立ち上がり、人のいない方へ向かって歩き出した。そして二人の近衛騎士とべルークを手で制して、俺と二人きりになった。

 普通ならけして側を離れない護衛だが、相手が俺なので安心しているようだ。皇太子の近衛騎士達は俺の評判を知っている。そして、現在の皇太子の側近連中を疎ましく思い、俺を皇太子の側近にしたがっているグループのメンバーなのだ。

 

「先々週に行われた魔力能力検定試験で、攻撃、癒しの両方で十段位の認定を受けたんだってね」

 

「はい」

 

「二十年振りの快挙だそうだよ。城内じゃ、君の話でもちきりだ。よくも今まで隠してこれたもんだって」

 

 そう。真実の自分をさらけ出す事にした俺は、この間生まれて初めて魔力能力検定試験を受けた。

 パワーもコントロール制御も使える魔力の種類も、文句無しの十段位合格だった。

 

 初めて受けた段位試験で、戸惑う事なく思う存分力を発揮出来たのは、偏に恩師のおかげである。

 そしてその恩師とは、あの『一人で学べる癒しの魔法』と『一人で学べる攻撃魔法』の本の作者、カルトティス=バルマン。二十年前に俺同様、同時に二つの魔力で十段位試験に合格した人物だ。残念ながら会った事はないが。

 

「君なんだろう? 四年前、私が弟の攻撃魔力を避けきれずに怪我をした時、即座に癒しの魔力をかけてくれたのは・・・」

 

「というか、弟の攻撃魔力そのものの威力を弱めてくれたのだろう? 妨害魔力で」

 

「ご存じだったのですね」

 

 俺がそう尋ねると、セブイレーブ皇太子は目を背けた。

 

「最初からそうじゃないかと思っていた。しかし四つも年下の君に助けられたんだと認めたくなかった」

 

「申し訳ありません。余計な事をしてしまいました。しかし、まだ子供だったものでお許し下さい」

 

「何故君が謝るんだい? 君は私を守ってくれたのだから、私は君に感謝すべきで、謝られるいわれはない。それに、あれがきっかけで弟とも話ができるようになったしね」


 そう、今では普通に仲の良いご兄弟だが、以前は喧嘩をしているわけでもないのに、ほとんど口をきかなかったのだ。


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