73 軌道修正
スウキーヤ男爵一派の逮捕から一月ほどたったある秋の日、俺達が計画していた例の『宝探し』改め『森作り競技大会』が催された。
見つかる可能性の甚だ低い温泉発掘より、荒れ放題の森の再生を兼ねた競技大会にした方が盛り上がるのではないか、と計画途中で軌道修正したのである。
そしてその際に温泉が湧き出たらまあ、ラッキー!くらいに思えるゆるい大会にする事にした。べルーク達の期待の大きさを目のあたりにして、もし見つからなかったら、参加者及び見学者をがっかりさせてしまう恐れがあると思ったからだ。
だいたい元々は参加者のストレス発散の為に企画した競技大会なのだから。
温泉の源泉を見つけて人々の癒しの温泉郷をつくりたい、森再生を図りたいなんて事はまさしく単なるおまけ。口実にすぎないのだが、こういう高尚な理想を掲げると盛り上がる者達もいるので、宣伝文句には一応入れておいた。
名目上の主催者はジェイド伯爵。そして主賓として、セブイレーブ皇太子とローソナー皇子、来賓は宰相イオヌーン公爵とその家族が招かれている。一伯爵が開いた催しの割に、かなり豪華な顔ぶれで大がかりなイベントになった。
最初の計画では攻撃魔法持ちのみを参加の対象者にしていたが、それでは、癒し魔法持ちの僻みが出る恐れがあるとオルソーが言うので、参加者は攻撃と癒し魔法使いのペアでの申し込みとなった。両刀使いの場合も、やはり両刀使い同士でペアを組んでもらう。同性同士でも男女でもオーケーだ。
しかしそこに、そもそも魔力無しはどうするんだというエミストラの物言いがあった。そこで俺はこう提案した。
魔力無しの方々には運営スタッフボランティアとして参加して貰おうと。しかし、ボランティアなんて募集したって、どうせほとんど集まるわけないよ、とオルソーとエミストラは予想していたがとんでもない。想像した以上の申し込みがあって、途中でお断り願ったくらいだ。特に女性からの申し出が多かった。
それはセブイレーブ皇太子殿下とローソナー皇子殿下、イセデッチ近衛騎士団副隊長、アーグス=ガストン侯爵、そしてべルークという美形が、この競技会の意義を唱え、賛同者を増やしてくれた事が大きい。イケメンの影響力って本当に凄いわ。
それと皇太子の婚約者エミリアと、主催者の娘であるミニストーリアとイズミンがパーティで行った勧誘も効を成したと思う。
特にイズミンのお願い攻撃の威力は半端なかったらしい。みんな妹の愛らしさにメロメロになったようだ。手伝ってくれたのは非常に嬉しいが、これで妹の人気がまたあがってしまう、そう思うとかなり心配だ。ストーカーとかが現れないといいのだが。
この企画を進行している途中で、案の定金儲けをしようとする連中や、参加費や見物料をとって、それを今回の土地詐欺の被害者に当ててはどうか、と言い出す輩が出てきた。想定内の事だったので、両殿下に厳しく対処して下さるようにお願いした。
「この度の催しは日頃の我が国の軍人、及び騎士達に感謝し、その疲れを吹き飛ばそうと、ジェイド伯爵家が皇家に代わり開催してくれるものだ。それを金儲けに利用しようとは何という不届き者だ!
それに被害者の為に金を徴収するだと? 馬鹿も休み休み言え! 貴族でありながら官報も読まず、確認も怠って国有地を買った愚か者達の為に、何故皆が金を出さねばならぬのだ!」
普段温和な皇太子殿下が厳しく叱りつけ、普段無表情でクールな弟殿下が酷く冷たい顔で無言のまま睨みつけたので、申し出た貴族達は青ざめた。しかも、殿下達の次の言葉で震え上がったそうだ。
「貴殿達の顔と名をしっかり記憶させてもらおう。いつまた何か問題を起こそうとするかわからないからな」
つまり彼らは、両殿下に詐欺に詐欺を重ねるような悪党だと認識されてしまったのである。
まあ、多少のゴタゴタはあったが、俺達若者が始めたイベントの割には多くの賛同者を得て、こうしてどうにか開催まで無事にこぎ着けた。本当に有難い。
会場は首都スコーリアの東端にあるイーストウッド地区。低い岩山を含む森林地帯で、例の詐欺騒動のあった国有地である。
広大過ぎて手入れもされていないために、木々が鬱蒼と繁って密集している。その為日がよく当たらないので、大概の木々が細くてひょろひょろしている。
故に伐採してもこの森の木々は建築用の資材にもならないので、余計に手をかけないという悪循環に陥っている。
そこで、今回のレクリエーションは軍人や騎士達のストレス解消がもちろん一番の目的なのだが、それと同時にこの森の間伐もついでに兼ねる事にした。
まずイーストウッド地区を、難易度を考慮して三つに大きく分類した。
A区域は魔力一から四段位、B区域は魔力五から八段位、そしてC区域は九から十段位の参加者が、籤引きで各々の区の中で担当ブロックを決める。
そして自分達のブロックにまずシールドを張って、他に危害を与えないようにしてからの競技開始となる。まずこの危険防止のためのシールドか張れなかったり、破れた時点で参加者は失格となる。
ペアの参加者は協力し合って、自分達のブロック内で必要だと思うだけ木々を間伐し、岩山を砕く。そしてその後に癒し魔法をかけて、いかに美しい森に再生出来るかを競うのだ。注意する事は生き物を怪我させたり死なせない事と、川や泉など水に関連する周辺には手を加えないという事だ。これに違反すると減点だ。
競技中、温泉の源泉を見つけられたら大当たりだが、それは審査結果とは直接関係しない。
打ち上げ花火の合図で競技が始まった。
誰の指令も受けていないのに、参加者及び係員は皆整然と二列になって自分のブロックへと走って行った。さすが普段から鍛錬を積み重ねているコーンビニア皇国の軍人と騎士達だ。
主賓の二人の皇子殿下と、宰相一家、そして主催者のジェイド家の面々は、少し小高い丘から『森作り競技大会』の様子を眺めた。
イーストウッドの森はあちらこちらから次々と、淡い色の付いた透明な膜のようなシールドに覆われていった。防御魔法だ。そしてそこに朝の光がキラキラと反射して輝いた。
「綺麗!」
ご婦人達がうっとりとした声を漏らした。
「開始十分で全ブロックがシールドに覆われました。失格者無しです」
伝達係の騎士の声が聞こえてきて、俺達企画メンバーはホッとした。いきなり脱落者が出なくて良かった。それに実は参加者のメンバーの中に、少々心配なペアがいるので、これからの成り行きが心配なのだ。
森のいたるところから、岩を砕く音や木を倒す音が聞こえてきたが、シールドは音さえも遮断する効果があるようで、それ程大きくはなかった。これは有難い誤算だった。ご婦人達からクレームを受けずにすむ。
俺は競技の進行を確認しつつ、せっかく公の場ではない所で皇太子殿下にお会い出来たので、少し接触してみようと考えている。
とにかく外野がうるさいのだ。叔父、両親、兄、姉。そして国の上層部の方々が。ご自分達でどうにかすれば良いものを。俺は仲人のような男女の仲を取り持つプロなんかじゃないっていうのに。
「我々よりも、弟ポジションの君の方が本音を漏らし、相談出来ると思うのだ。宜しく頼むよ」
それならば実の弟であるローソナー殿下に頼めばよいものを。あの方には野心はないし、本当に兄君を心配されているのだから。




