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72 帰国報告

 ヤオコールさんとジョルジオさんが首都に戻ってきたのは七日後の事だった。ヤオコールさんは警護隊へ、そしてジョルジオさんはジェイド家に報告しに来てくれた。

 

 ジョルジオさんは訪問してすぐ様スッツランドの報告をしようとしたらしいのだが、ベスタールとバーミントが庭の温泉へと彼を引っ張って行った。そして彼の背中を洗い、湯船で長旅の疲れをとってもらいながら、話を聞かせてもらったという。

 

 本当にカスムーク一族というのは優秀で、気配りが出来て、無駄がないよね。下校してきてからその事を聞いた俺が感心したら、バーミントは、

 

「いや、温泉で疲れをとってもらおうと思ったのは事実ですよ。でもね、英雄はとにかく埃まみれで臭くって、とてもじゃないが奥様にお会いして頂くわけにはいかなかったんですよ」

 

 と言って苦笑いをしていた。俺は温泉を見つけられた事を初めて嬉しく思ったよ。役に立てて良かった。

 

 ジョルジオさんの話によると、スッツランドのサンエットのところに着いたのは二日目の夕刻だったという。凄い。普通どんなに急いでも三日以上かかる道のりだというのに。

 

「最近あいつはヘマばかりしてユーリ殿に迷惑をかけていたから、名誉挽回したくてかなり無理していたな」

 

 と、ジョルジオさんは笑っていたらしい。しかし、ヤオコールは若いからまだいいけど、ジョルジオさんの事も考えてやってよ。見かけは三十そこそこかもしれないが、実年齢は八十を越えているんだぞ。それをバーミントから聞かされた俺は冷や汗が出た。

 

 ヤオコールさんとサンエットは俺を通じて顔見知りだったので、すぐに会う事が出来たのだそうだ。そして俺の手紙を読んだサンエットは案の定、怒り狂ったらしい。

 

 ああ、その状況が目に浮かぶよ。魔人を相手にしていたヤオコールさんや魔物を倒してきた英雄のジョルジオさんでさえ、思わず後退りするような勢いだったらしい。

 

 しかし間もなく彼女はスウーッと怒りを鎮めると、その場で腕組みをして暫く考え込んだ。そしてその後二人を連れてスッツランドの城に登城して、使役動物課へ乗り込んで苦情を申し立てたそうだ。

 すると話を聞いた使役動物課の課長が、サンエット同様怒り狂い、彼らと共に動物福祉課へ文句を言いに行った。

 そうすると今度は動物福祉課の課長も酷く腹を立て、みんなを引き連れて貿易課へ怒鳴り込んだそうだ。

 

「最初は感情のまま無鉄砲に行動しているのかと思っていたんだが、あれはちゃんと計算しつくした動きだったね。全く無駄が無かった。かなり頭のいいお嬢様だね。あっという間に貿易部門のトップに話がいって、即座に調査が開始されたよ。

 これなら早めに決着を見届けられるかも、と思ってあちらに留まった。

 そして予想通り三日後には、引退した防犯犬の保護施設の職員数名と、貿易部門の事務担当者の男が逮捕されたよ。動物保護法違反と密貿易でな。」

 

 ジョルジオさんはかなりサンエットの事が気に入ったらしい。もしかしたら二人は類友になれるかもしれないな。

 それにしても、サンエットの行動力の早さは相変わらず天下一品だ。

 

 スッツランドから違法貿易をしたという逮捕状がスウキーヤ男爵に出されたという。しかし、こちらできちんと裁くのであれば、引き渡しは要求しないという確約書を貰えたそうだ。そしてその書類一式はヤオコールさんが既に城内の騎士団へ届けたという。

 

 ジョルジオさんからの報告をバーミントから聞いた俺とべルークは、ほっと胸を撫でおろした。

 スウキーヤ男爵及び彼の仲間の動きは全て把握済みなので、これであいつらが逮捕されるのは時間の問題だろう。

 

 夕食の場には、客室で休んでいたジョルジオさんも同席していた。

 

「最終的にスウキーヤ男爵が逮捕される場所ってどこだと思われますか?」

 

 食事をしながら俺が質問すると、父はこう言った。

 

「多分、南の関所だな。奴らは今南国にボワボワ草の仕入れに行ってるから」

 

「ボワボワ草って、寝具に入れる材料ですよね。軽いけれどかなり膨張していて体積のある・・・・ まさか、その中に香辛料などの食材を隠して運んでいたんですか?」

 

 べルークが驚きながら尋ねた。

 

「ご明察。馬車一杯にあのボワボワ草が詰め込んであったら、さすがに関所でもその全てを取り出して調べようとはしなかっただろうからね」

 

 案外悪事とは、そんな単純な事で誤魔化せるのかもしれない。

 

「それでは防犯犬はどうやって隠したのでしょう? あんな大きくて動き回って吠えたりする動物を。いくら厳しい訓練をされていても、長い時間じっと大人しくさせておくのは難しいのではないですか?」

 

 今度は姉のミニストーリアが尋ねた。すると母がとても不愉快そうにこう推論を述べた。

 

「その通りよ。だから、あの男爵は卑劣な手を使って、その難題を解消したんだと思うわ」

 

 みんなが顔を顰めた。

 みんなが考えた事は多分同じだろう。多分あいつらは薬を使って、犬達を眠らせたんだ。

 

 奴はスッツランドからは良質の干し草を仕入れて幌馬車で運んでいたようだ。もちろんそれはボワボワ草同様フェイクで、本来の輸入目的は防犯犬。

 そしてもし犬達が見つかったとしても、薬で眠らされていたので、剥製だとか縫いぐるみだとか適当に誤魔化していたのだろう。

 

 しかし、動物や医学の知識が無いやつが薬を使ったらどうなるか、想像しただけで震えがくる。

 

 べルークが泣きそうな顔をしていたので、俺は無意識に両手で彼の頭を包んで自分の胸に押し付けた。

 確かにべルークは犬が苦手だが、けして嫌いな訳じゃない。誰に対してもどんな生き物にも優しい奴なんだ。 

 

「お兄様、この頃行動が大胆になってきましたね」

 

 イズミンの言葉に俺はハッとしたが、悪い事をしてる訳じゃない。

 そう。俺は本当の自分を隠すのをやめたのだから、べルークを愛している事だって、隠す必要はないじゃないか。

 

 引き離される事を恐れ、反対される事を避けるために隠そうとしていたが、やれるものならやってみろ! 両親だろうが、カスムークさんだろうが、見知らぬべルークの婚約者だろうが負けるもんか。

 

 べルークの頭に当てていた手を腰に回して、ぎゅっと力を込めたので、べルークは驚いて俺から離れようともがいた。しかし、俺はそれを許さなかった。

 

 ジワジワ、いや、それとなく二人の関係を思わせぶりに見せつけて、これが当たり前、自然な状態なんだと思わせてやる。俺は二人の在り方の方向性を突如変更する事にした。べルークには相談なしで非常に申し訳ないのだが。

 

 俺の家族、及びカスムーク一族は生温い視線を俺に寄越していたが、相変わらず空気を読めないジョルジオさんが大きな声で言った。

 

「君達って本当に仲がいいね。実の兄弟みたいだね」

 

 と。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 そして翌々日。

 

 軍部が南の関所に到着して、スウキーヤ男爵と愛人を確保したと思える頃を見計らって、騎士団と警護隊の騎士達が、首都及び近郊にいるスウキーヤ商会の関連機関、及び土地詐欺グループの一斉摘発に動いた。そして一味を一網打尽にした。

 

 しかし、スウキーヤ男爵の子供達は、事前にアルトナとニルティナ姉妹から連絡を受けて別の場所に移動していたので、その逮捕劇に巻き込まれる事もなく全員無事だった。本当に良かった。

 

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