7 アーグス
サンエットが野犬を見事な防犯犬に変身させた後、俺は何故か将軍にとても感謝され、好物のチーズとナッツを山ほど貰った。
その時、その土産を見たベルークが、超が付くほど不機嫌だったのを覚えてる。
俺はどこへ行く時も、大概ベルークと一緒だった。でも、ココッティ伯爵邸へ行く時だけは別。ベルークに内緒で出かけた。
なぜなら、ベルークは犬が苦手だったからだ。小型犬でさえ怖がるのに、当時大量の犬達が、まるで魔物並みに暴れ回っていたあの屋敷に連れて行くのは可哀想じゃないか。
しかし、ココッティ家へ一人で行った事がばれるたび、毎回ベルークの機嫌は悪くなった。
仲間外れにされたような気がしたのかなあ? ベルークは普段はクールで、あまり感情が出ない、いや、出さないようにしてたんだが。
サンエットによって、ココッティ家の魔物達が立派な防犯犬になってからは、隠れて行かずに自分を必ず同行させるようにと、ベルークから厳しく叱られた。そこで、俺は、必ず彼を連れて行くようにしたのだが・・・・・
しっかり調教されているとは言え、防犯犬のあのごつい面構えが変わるわけではない。
俺の護衛の為に付いて行くと言うくせに、毎回ベルークは小刻みに震えながら、俺の側にベッタリと貼り付いて、決して離れようとはしなかった。おいおい。
それから、これも余談になるが、サンエットが調教した犬はえらく人気になって、売って欲しいという希望者が殺到した。
高額な金を提示してでも欲しいと言う人も多かったと聞く。しかし、
「犬は、飼い主を見ます。ですから、飼い主の適性がない方にはお譲りも売却も致しません」
そう言って、本当に防犯犬を必要とし、きちんと世話の出来る人を見極めて、金などとらずに譲っていた。
そして、どうしても欲しいと言ってくる連中には、犬の飼育本や調教本を高値で販売していた。
スッツランド語で書かれた例の本を、サンエットが自ら翻訳したものを。
これらの本はベストセラーになり、売り上げ金は全て、動物愛護施設に寄付された。
ちなみに、この施設は、俺がこんなんあったらいいね~と、何げなく言ったら、サンエットが即座に作ったものだ。
サンエットの行動力、ホントにホントに半端ない!
だから、だから・・・・・
このスーパーギャル(古っ!!)が今日いてくれたなら、セブオンの振る舞いをきちんと嗜めて、しつけてもらえたのにと思うと非常に悔しい。
サンエットは、半年前セブオンと婚約した直後、隣国スッツランドの招待を受けて留学してしまったのだ。
彼女が数ヵ国語で翻訳した、スッツランドの犬関連の本は各国に馬鹿売れした。そのおかげで、スッツランドは本の印税が入っただけでなく、犬及びそれ以外の動物や酪農の知名度も上がり、もうほくほく。
それ故にかの国は、サンエット=ココッティ伯爵令嬢に大変感謝しているのである。
・・・・・・・・・・・・・・
あーあ。
サンエットがいないなら、せめて、アーグス=ガストン侯爵がいてくれてたなら・・・と、俺は今日何度目かわからないため息をついた。
アーグス=ガストン侯爵。
コーンビニア王国の若き外交官。
黒に近いブルネットのロン毛に、エメラルドグリーンの瞳、そして、スラリとした長身の、見目麗しい紳士。
一見チャラ男にも見えるが、中身は二十六という実年齢よりはるかに落ち着いた、しっかりした人物。
俺の近い将来の義兄上様だ。
母親の実家であるイオヌーン公爵家のパーティーで、二人は叔父の公爵に紹介された。
この国の宰相をしている叔父は、アーグス=ガストン侯爵をとてもかっていた。本当は娘婿にして、宰相の跡継ぎにしたいとほど。
しかし、アーグスは本人自身が早くに侯爵を継いでいたので、婿にもらうのは無理。それなら娘を嫁がせいところだが、一人娘は、生憎? 皇太子の婚約者なので、これも無理。でも、赤の他人にこの優良物件を取られるのは悔しい! って事で、姉の娘で、姪っ子であるミニストーリアとくっ付ける事にしたらしい。
まあ、叔父の思惑はともかく、姉はなんと、アーグスに一目惚れをしたらしい。まあ、そうだろう。俺も女だったら一目惚れしたかもしれん。
そのパーティーの後、アーグスは何故か度々我が家を訪れるようになった。
しかし、彼は姉と話すというよりも、兄貴と俺に会いに来てるのか? と思うほど、今まで外交のために訪れた、諸国の興味深い話をしてくれたり、剣術の相手をしてくれた。
兄貴と俺はすっかりアーグスと仲が良くなり、本当に兄弟になれたらいいな、と思うようになった。
それは妹のイズミンも同じだった。まあ、二十歳も年が離れていたので、妹にとっては、いつもかわいい外国のお人形を下さる、素敵なおじ様!みたいに思っていたようだが。
で、弟のセブオンはというと、アーグスに上手に手玉にとられている事にも気付かずに懐いていた。あいつを操縦出来るとは、ただ者じゃない!
で、肝心の姉はというと、アーグスの訪問がわかるともう舞い上がり、失礼のないおもてなしに必死過ぎて、ゆっくり座る事もなく動き回っていた。おーい! それじゃ、ゆっくり話も出来ないじゃないか。
で、俺は、とうとうある日、ガストン侯爵にこうお願いしてみた。
「あのう。家にばかりいたんじゃ、姉はゆっくりと貴方と話が出来ないと思うんです。だから、お茶にでも誘って、お出掛けしていただけないでしょうかね」
侯爵は驚いた顔をした。
「そんな事をして、悪い噂がたってもよろしいのですか? 婚約している訳でもないのに」
「でも、話をしてみないと、相手の本質がわからないでしょ?
姉は家にいると、俺達の前では完璧でいようとします。でも、そんな姿を見ていてもつまらないでしょ?
姉は貴方の事が好きだと思います。だからこそ、姉の素顔を見てから、姉との事を考えて欲しいんです」
侯爵はふわりと優しく微笑んで、そして頷いた。
それから何度か二人はデートを重ね、二か月後に侯爵から結婚の申し込みがきた。勿論、姉は即座にそれを受け、婚約が成立したのである。
自分でふっかけておいてなんだが、何故あんな面倒な姉貴を? と後で尋ねたら、アーグスはこう言った。
「いつもいつも目一杯頑張って、あたふたしてるところが、かわいいんです」
だそうだ。大人の男の余裕? って奴かな。
前世の姉貴の彼氏は俺の同級生だった。
もっと素直になれよ! って、いつも姉貴には忠告していたが、自分の方が年上だから、自分がしっかりしなきゃ、自分がリードしなきゃって無理をしていた。
でも、そんな弱みを見せず、可愛げのない姉貴に、友人は疲れていた。
姉貴も、アーグスのような頼りがいのある年上が彼氏だったら、もう少し、素直になれたのかなあ?
まあ、前世はともかく、今の姉のミニストーリアは、婚約者の手のひらの上で上手に踊らされて、幸せそうだ。言葉が悪くて申し訳ないが。
アーグスは先週から仕事で他国へ行っている。
姉が夢中になっている婚約者のアーグスがいたら、彼にだけ目を向けていただろうに・・・・・
そうしたら、余計な事に口出しする暇なんかなかったろうに・・・