69 原野商法
「ようやく全員揃ったようなので、晩餐の前に早速報告会をしようか」
この屋敷の主であるジェイド伯爵が言った。すると部屋の中がざわついた。
「ユーリ君とべルーク君がまだですが」
ヤオコールさんがこう言うと、周りの人達もそうだそうだと口々に言った。
「ああ、彼らは今他に手を離せない用があってね。セリアン、進行は君に頼むよ」
主の言葉にカスムーク氏は頷き、早速報告会が始まった。
最初にスウキーヤ男爵の貿易面の報告をしたのはアルトナとニルティナの姉妹。彼女達の紹介は既に済んでいるらしい。
彼女は先程俺達に話した事と同様の説明をした。ベスタールがその間に、ボーナル商会の帳簿の写しを参加者に回した。
「税関の帳簿の調べはついているのですよね?」
「はい、カスムークさん。東西南北の税関からスウキーヤ男爵が関係していると思われる書類や帳簿は既に取り寄せてあります。ボーナル商会の帳簿を持ち帰って、早速照合させます」
宰相補佐のアピア氏が言った。
「アピアさん、例の方の調べはついていますか? 心配はいらないのですよね?」
カスムークさんの問いにアピア氏が頷いたので、彼は息子に向かってこう指示をした。
「早い方が良いでしょう。このボーナル商会の帳簿を今すぐ城に届けなさい。護衛も二人付けて」
バーミントはその命を受けてすぐ様部屋を出て行った。
そしてその後、アルトナとニルティナ姉妹も侍女長と共に退出した。
カスムークが言った。
「では次に、スウキーヤ商会の貿易の中でもっとも早急に対処するべきだと思われる、スッツランドの防犯犬についてです。
これはどう対処すべきだと思うかね、ジュード君?」
「やはり、スッツランドへ留学されているサンエット=ココッティ伯爵令嬢にお願いするのが一番だと思われます。
かの国での令嬢の信頼度はかなり高いものと推察されますので、彼女の依頼があれば密貿易について調べて頂けるのではないかと。
それにそもそも、これから優秀な防犯犬を各国へ大々的に売り込もうとしている矢先に、老いた防犯犬を輸出していたとなると、信用問題になります。すぐ様調査をしてくださる事でしょう」
俺がこう答えると、客人達があれ?という顔をした。多分彼らはジュードなる見慣れぬ従僕が俺だという事がわかったのだろう。
この国で犬の知識を持っている者はまだそう多くはない。そしてこの国で犬についての一番の権威者はサンエットだが、彼女に助言をしたのが俺だという事は、一部の人間の中では有名らしいので。
「本来ならばサンエット嬢に関わる事柄ならば、我が軍部が動くべき事案だと思うのですが、そうなるとココッティ将軍の耳に入り、面倒な事になりかねません。どう思いますか、ジュード君?」
軍事務局事長補佐官のジャスター氏が俺に振った。何故俺に? 軍の事は親父に聞けばいいのに。そもそも父はココッティ将軍の親友で、他の誰よりも彼の性格を把握しているのだから。完全に面白がっているな。
「あの方は、動物愛護精神がとてもお強そうなので、今回のような水面下で動かなくてはいけない場合は、関わらせない方が賢明かと思います。老犬を無碍に扱ったとわかると、冷静ではいられなくなるのではないでしょうか」
「では、誰に任せればいいと思う?」
と、ジャスター氏。
俺はため息をつきたい気分でこう言った。
「ユーリ様にサンエット様宛の手紙を書いて頂き、それを騎士団の方に届けて頂くのがよろしいかと」
「それでは俺がその任を受けます。早駆けには自信がありますから」
ヤオコールがこう言うと、
「俺が彼の護衛として付こう」
と、彼の祖父であるジョルジオさんが即座に続いた。英雄のジョルジオさんが一緒なら心強い。
「それではこれが今日の最後の事案ですが、これはなかなか面倒ですね」
カスムーク氏が頭を捻った。
「というと?」
近衛騎士団の副団長のイセデッチ氏が尋ねた。
「先程アルトナ嬢とニルティナ嬢からも話が出ていましたが、スウキーヤ男爵が土地に関わる詐欺行為をしていると情報が、少し前から宰相官邸にも上がっていたそうです。
それで内々で調べを始めていたそうなんですが、こちらには加害者にも被害者にも貴族が多く含まれているようです」
「もしかしてその土地の詐欺に例のナリステ侯爵達が絡んでいるのですか?」
イセデッチ氏の問いに、今度はアピア氏が頷いた。
広大な土地の売買となると、客は当然資産のある貴族か豪商だろう。しかし、いくら金があっても成り上がりの男爵など、彼らに相手にしてもらえるはずがない。そこで仲介人として、金を貸して恩を売っている斜陽の高位貴族を使っているのだう。
人は地位と名誉、そして外見で判断しやすい。そもそも斜陽になっている高位貴族ほど、金が無くなっても見栄を張って生活水準を下げない。だから外から見るだけではその屋敷の懐状態はわからないのだ。
故に相手が高位貴族だと皆簡単に騙されてしまう。
もっとも、御者のロバートソンさんによれば、経済状態は外から見てもすぐわかるものだという。
つまり、庭木の手入れがされていなかったり、外壁の綻びが未修理だったり、汚れが目立っていたり。余裕がなくなると、そういう直接生活に関わらない所にお金を回す余裕がなくなるのだそうだ。
後、急にクレーマーになる家は懐状態が悪いと、以前姉が言っていたな。
例えば習い事の先生や、今まで贔屓にしてきた取引先に、他人から見ると理不尽と思えるようなクレームをつけてくる場合は、余裕が失くなっている表れだという。
取引をやめたいのに、見栄でやめられない。そこで相手に問題があるからやめざるを得ない、というていにしてプライドを保とうするらしい。
それにしても、この土地に関する詐欺って、前世の原野商法みたいだなあ、と俺は思った。
到底値上がりしそうもない原野を、絶対に値が上がりますと虚偽の情報を与えて購入させるという詐欺商法と。
なんでそんな山の中の土地を買ったのか不思議に思えるのだが、いずれそこに高速道路ができるとか、新幹線が通るとか、大型レジャー施設が出来るとかいう話をでっち上げられると、案外ころっと人はだまされてしまうものらしい。
で、今回の土地のセールスポイントは何かというと、なんとその土地を掘削すれば温泉が出るという事らしい。そう、軍人、騎士に大人気のあの温泉だ。
首都スコーリアには温泉が出ない《半年前にジェイド家から湧き出るまでは》ので、多くの人々が泊まりがけで周辺の温泉地へ出かける。その最高峰が、あの有名なリゾート地のハハルヤ郷だ。
それが、その土地を購入すればいつでも自由に温泉に入れると、舞い上がった人々が結構たくさんいたというわけだ。もちろん、土地転がし目的の者達もいるのだろうが。
しかし、大金払う前にちゃんと調べようよ。売りに出されていた土地は、温泉が出る出ない以前に、国有地なんだから、購入できる訳がないんだよ。払い下げになったなんて大嘘なんだ。
今回の土地詐欺は、まあ単純でわかりやすいといえばわかりやすい、そう難しい案件ではない。
しかし、その被害やその後の影響力を考えると、非常に頭の痛い問題である。
たとえスウキーヤ男爵とその仲間の貴族達を捕まえたとしても、多分騙し取られた全ての資金を回収する事は不可能であろう。
被害者達の家は持ち堪える事ができるだろうか?
無関係な加害者の家族まで、損害賠償責任を負わされりしないだろうか?
清廉潔白。厳しく辛い環境の下でも真面目にコツコツと努力を続けてきた立派な貴婦人。あの二人の先生方の凛とした姿が頭に浮かび、俺は何とも言えない気持ちになった。




