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68 見知らぬ婚約者

 本来の姿に戻ったアルトナとニルティナ姉妹は、青色のスッキリしたデザインのお仕着せがよく似合う女性だった。当然瞳の色は前と同じ碧眼だったが、髪の色は銀髪だった。

 確かにこの姿では人目につく。しかし、こんな綺麗な娘達を男装させなければならなかったご両親は、さぞかし無念だっただろうと俺は思った。

 

「我がジェイド家はメイクアップが得意な者が多いのです。もしよろしければ新たな変装のお手伝いを致しましょうか?」

 

 母の提案に姉妹は喜んで「お願いします」と頭を下げた。

 

 

 クリステラ先生の屋敷からの帰路、俺はベスタールと共に御者を挟んで座っていた。アルトナとニルティナ姉妹も乗り込んだ為である。

 中からは女性達のにぎやかな楽しそうな声が聞こえてくる。あの中にいるべルークの事を思うと気の毒に思えてならない。

 

「べルークの事が心配ですか?」

 

 ベスタールが聞いてきたので頷いた。

 

「心配する事はないんじゃないですかね。素敵な婚約者がいらしてお幸せですね、と彼女達から言われて、喜んでいましたよ、ベルルは」

 

 確かに。生徒の保護者達から俺が地味だとか、目立たないとか言われてムッとしていたから、俺の評価が上がった事が嬉しいのだろう。愛らしい微笑みを浮かべていた。

 

 しかし、べルークはあんな事を聞いたのに平気なのだろうか? 俺は正直落ち着かない。今必死に冷静さを保とうとしている。それでもやはり我慢できなくなって、御者がいるにも関わらず聞いてしまった。

 

 もちろん、御者のロバートソンさんは、仕事中は石になって人の会話を拒絶している!と自負する程口の堅い人物だとわかっているからだが。

 

「ベスタールさん、さっき母上が先生方に言っていた事は作り話ですよね?」

 

「さっきとは、べルークに生まれた時から婚約者が決まっているという話ですか?」

 

「そうです」

 

「ああ、あれは本当ですよ。べルーク自身は知らないでしょうが」

 

 ガン!!!

 

 最初に聞いた時より強い衝撃を受けた。さっきはマリー嬢がべルークに本気にならないように、母が牽制するために言ったのだと思ったのだ。べルークに婚約者がいるだなんて。それなのに・・・・・

 

「だ、誰なんですか、その婚約者って。何故、本人にまで内緒にしていたんですか?」

 

義伯母(ロゼリア)が、その美貌の為に苦労した事はご存じでしょう? べルークも生まれた時から、義伯母にそっくりのそれはそれは綺麗な子供だったので、伯父夫婦は非常に心配になったのですよ。

 ですから、できるだけ面倒な事に巻き込まれないように、二人に早々に婚約者を決めたようです。まあ、私も数年前に初めて聞いたのですが。

 お相手の方ですか? 申し訳ありませんが、それはまだ聞いておりません。本人達には成長したら話すつもりだったのではないですかね?」

 

 ベスタールの声が遠くに聞こえる。べルークに婚約者がいる。何故? べルークは俺の恋人だ! それなのに何故? どうして? 十年もずっと思い続けて、数日前にようやく告白して両思いになれたのに。

 

 屋敷に着いた時、外はもう闇に包まれていた。俺はロバートソンさんに何度か声をかけられて、ようやく我に返った。

 慌てて御者台から降りて、馬車の扉を開けた。するとベルルの愛らしい笑顔が俺の顔の前に表れた。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言ってベルルは俺の手にその手を乗せて、ふわっと軽やかに地面に降り立った。まさしく天使のような身のこなしだ。

 

「婚約者に見惚れていないで、早く降ろして下さいな!」

 

 イズミンの声にようやく俺は振り向いて、妹を抱き降ろしたのだった。

 

 

 屋敷の中に入ると、多勢の来客が俺達の帰りを待っているとバーミントに告げられた。 


 我が家に逗留中のジョルジオさんの他に、彼の孫のヤオコールさん、父の直属の部下で軍事務局事長補佐官のジャスター氏、宰相補佐のアピア氏、近衛騎士団の副団長のイセデッチ氏。

 凄く豪華なメンバーで目が眩む。ただでさえ動揺して心臓がまだドキドキするので、今あまり会いたくない。まあ、ココッティ将軍がいないだけましなような気もするが。

 

 母は応接間に行く前に、ロビーに兄や姉、そして使用人を全員集め、アルトナとニルティナ姉妹を紹介した。

 訳あって今とは違う変装で、商会の御用聞きとして来訪するであろうから、合言葉などを決めて確認してから対応するようにと。

 それが済んだら、マーサとローザ、彼女達を化粧室で変装の指導をしてやってね、と言った。

 

 みんなは即座にジェイド伯爵夫人の言わんとしている事を理解して、そして行動した。この屋敷の使用人はベスタールやジュード、ベルル以外も全員優秀なのだと、姉妹はすぐに理解したのだった。

 

 疲れたので自室に戻って一休みすると言った途端、べルークは心配顔になった。俺が普段あまり疲れたなどとは言わないからだ。珍しくおろおろしながら、医者を呼ぶと言い出したので、少し笑った。

 

「心配しなくていい。本当に少し疲れただけだ。このところ色々あったから。一時間したら起こしに来てくれ」

 

 着替えを手伝おうとするので、このままでいいと言った。アルトナ達とまた会うのだから、変装したままの方がいいだろう。

 

 俺は本当に疲れていた。多分精神面が。そして揺り動かされて目を覚ますと、イズミンが側にいた。

 

「皆様集まられて、お兄様をお待ちしてますよ」

 

「俺抜きでやってもらえないかな」

 

「無理ですよ。今回の事はお兄様中心で動いているのですから」

 

「お前も今日一緒にいて、母上の能力を見ただろう? 父上と母上がいれば問題ないよ」

 

 俺がこう言うと、イズミンはため息をついて、呆れたようにこちらを見た。

 

「今回の騒動のきっかけはお兄様なんですから、途中で投げ出さないで下さい。べルークを守りたいんでしょ。ここで投げ出すようじゃ、婚約者とやらに負けますわよ」

 

 イズミンの言葉に俺は飛び起きた。すると、イズミンは笑った。

 

「べルークに婚約者がいるとわかって、お兄様がショックを受けたのはわかりますが、何をそんなに不安になっているのですか? 

 べルークを見て下さいよ。平然としているではないですか。べルークはお兄様を信頼しているのですよ。それなのに。

 だいたい婚約者がいたって関係ないじゃないですか。もし無理やり結婚させられそうになったら、駆け落ちでもなんでもすればいいだけなんですから」

 

 あっ! と俺は思った。そうだよな。元々反対されたら駆け落ちするつもりだったんよな。俺の中の淀みがスウーッと消えていくのを感じた。

 

「ありがとう、イズミン!」

 

 俺は思わず妹を抱きしめて、その淡いピンク色の頬にキスをした。

 

 

 俺がイズミンを抱いて応接間へ入って行くと、何やら中はにぎやかだった。客人達が何故か円陣を組んでいる。

 すると、その円陣の中から女性の声がした。

 

「ジュードさん、お体、もう大丈夫なんですか?」

 

 アルトナとニルティナと思われる女性に声をかけられた。

 二人ともショートの金髪碧眼からセミロングの銀髪碧眼、そして今度は編み下げのブルネット碧眼になっていた。白と薄茶色のコットンシャツに、似た感じの裾の長めのキュロットスカートをはいて、どちらもとても活動的でキュートな感じだ。

 

「良かったです。ベルルさん、とても心配されていたんですよ」

 

 彼女達と共に客人達に囲まれていたベルルことべルークが、俺を見るとまるで薔薇の花が咲いたようにパッと微笑みを浮かべた。そしてこちらに駆け寄ってきたのであった。


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