67 母の推理
ジェイド伯爵夫人、恐いです!
ユーリは叔父ではなく、中身本は当に母親似だったという事がわかるお話です!
「そうと決まれば、早速行動を起こさないといけないわね。その為には相互連絡を素早く、確実に、漏れないようにしなければいけないけれど、それらはあなた方がして下さるのかしら?」
母は先生方の侍従の二人に目をやって言った。
えっ!と俺達は初めてまじまじと二人の侍従を見た。彼らは小柄だが、俺よりは年上のように思える。どちらも金髪碧眼で色白で、優しげな綺麗な顔をしている。あれ?
「あの、失礼ですが、お二人は双子ですか?」
俺が尋ねると、二人は頷いた。
「僕が兄のアルトで、こちらが弟のニルスです」
そう答えたのは、ナタリア先生の侍従だった。
「双子・・・・・」
隣でベルルが小さく呟くのが聞こえた。
「そう。では、アルトさん、明日、いえ、今日からわがジェイド家に香辛料や果物を届けて下さいな。そして、そこにいるベスタールへ手渡して下さいね」
「「「「えっ???」」」」
先生方とその侍従は虚を衝かれたような顔をした。そして次の母の言葉に驚愕した。
「でも、一度本来の姿を見せてくださらないかしら? 変装姿しか知らない人間を信用はできないから。そうでしょう?」
「!!!!!」
「あなた達は女性でしょ・・・」
母の推理は当たったようで、四人は絶句していた。
先生方の話によると、アルトことアルトナとニルスことニルティナ姉妹の両親は、元々はスウキーヤ男爵が営むフランチャイズのレストランの店長をしていたそうだが、十年程前に事故で亡くなったのだそうだ。
しかし、その事故とはスウキーヤ男爵に商売とは関係ない仕事を強要されたために起きたそうだ。それなのにスウキーヤ男爵は彼らの店舗や財産を詐欺まがいの方法で横取りして、まだ幼かった姉妹を裸同然で放り出したのだ。
ナタリアとクリステラは父親に強く抗議をしたが当然受け入れられず、二人は罪滅ぼしに恨まれるのを覚悟の上で、嫁ぎ先に彼女達をそれぞれに引き取ったのだという。
アルトナとニルティナ姉妹は当然スウキーヤ男爵を憎み、恨んではいたが、彼の子供達も酷い仕打ちを受けている事は子供心にわかっていた。それ故、彼女達を恨むどころか、自分達を引き取り、家族同然に慈しみ育ててくれた事に感謝していた。
だからこそ、スウキーヤ男爵の子供達の連絡係を自ら買ってでたのである。そう。今では本当に兄弟、家族同然だという。
「私達は十二人ではなく、十四人兄弟なんですの」
クリステラ先生がこう言うと、他の三人が頷いた。
「あの男は本当にどうしようもない屑で、何一つ親らしい事はしてもらっていません。ただ、唯一感謝するとすれば、この素晴らしい兄弟を与えてくれた事です」
上品なナタリアが毒を吐いたが、普通の人間なら、これくらいではすまないだろう。
アルトナとニルティナ姉妹は、両親が亡くなる以前から男装をしていたという。それは、可愛らしい子に目のないスウキーヤ男爵の評判を知っていたので両親が用心をしていたのである。
二人の男装は焼き付け刃ではなく、年季が入っていたので、今まで一度もばれた事などなかった。それ故に会ったばかりの母に見破られた事に驚いていた。
しかも御用聞きとして連絡を取り合っていた事情まで見抜かれていた事に。
「少しの観察力があれば簡単なことよ。今まではばれなかったでしょうが、そろそろ難しいのじゃないかしら。女性らしい体のラインになってきているから。
それに先生の躾教育がきちんとされているから、男性にしては仕草が上品で優しすぎるわ。これで武道でもして、鍛えていればもう少しはごまかせたかもしれないけれど」
と母は言いながら振り向いて俺達の方を見た。そしてこう俺に質問してきた。
「何故私が御用聞きだと思ったかわかるかしら、ジュード?」
前もって決めていた訳ではなかったが、俺の変装した時の名前はジュードらしい。
「貴族宅を含む何十軒もの家に自由に出入りしていても疑われない人物を考えたら、自ずと絞られますよね。
しかも、日時を空けずに訪問が可能なのは、日持ちのしない商品を扱う商売の御用聞きですよね。例えば青物屋か鮮魚店、あるいは精肉店とか・・・」
俺がこう答えると母は頷いた。そしてこう言ったのだ。
「すれ違った際に二人からはフルーツの甘い匂いがしたの。バニラボールとか、イエローバーナとか。
それに指の爪の中にクーミングと呼ばれている香辛料の赤い実の皮が付いているのが見えたので、これで彼女達は間違いなく青物屋の手伝いをしているという事がわかったわ」
相変わらず母の洞察力は素晴らしい。俺は感心し、イズミンは驚き、ベルルは何故か青ざめていた。そしてベスタールは相変わらず一切表情を変えず、業務用スマイルを浮かべていた。
「青物屋さんはあなた方の事情をどれくらいわかって下さっているのかしら?」
母の質問に妹のニルティナがこう答えた。
「ボーナルさんという方で、以前両親のやっていたレストランに野菜と香辛料を納めてくれていた青物屋の旦那さんなんです。幼い頃から可愛がってくれていて、両親が亡くなった時、先生方に連絡をとってくださったのもその旦那さんなんです」
「ああ、ボーナル商会ですか。あそこはとても評判がよいお店ですよね。特に調味料は珍しい品を多く取り扱っていると聞いたので、試しに使ってみたいとうちの料理長が申しておりましたよ」
ベスタールが言った。
「そんな珍しい調味料をどこから納品してもらっているのですか? まさかスウキーヤ男爵からですか?」
俺が尋ねるとアルトナとニルティナ姉妹は頷いた。しかし、スウキーヤ男爵の貿易会社は仕入れ先の一つにすぎず、それ以外の付き合いはなく、悪事に手を貸している訳ではないという。
むしろ、長年不正な取引をさせられてきたので、その不正証拠はしっかり持っていると言った。
「これ、密輸入品ですね。税関を通してこの値段はありえない。薄利多売的な商いをする男とはとても思えませんし」
ナタリア先生が差し出した書類を眺めたベスタールが呟いた。
「そうだと思います。最初は薄利多売かと思っていたのですが、お客様の情報で、うちの商会しか取り扱っていない品も多い事に気づきました。とすれば多分、関税の帳簿と合わせれば、貿易量が、実際うちでの取り扱い量と違っているはずです。
正規な取引なら確かに卸値は低めですが、税関を通していないとすると、かなりのボロ儲けのはずです。
多分、男爵はボーナルさんを信頼出来る小飼いの商人だと勝手に思い込んでいる節があります。だからこの帳簿が表に出ないだろうと思っているのでしょう。
自分が取引先にどんなに悪どい事をしているのか、迷惑をかけているのか、嫌われ憎まれているのか、全くわかっていないのです」
アルトナが言った。その次にニルティナがこうも言った。
「あと、輸出入禁止とされている動物の売買なんかもやっていると聞いてます」
「動物とは何の? まさか、犬じゃないですよね? 防犯犬・・・」
嫌な想像が浮かんで思わず俺が尋ねると、ニルティナは驚いた顔で頷いた。
「ジュードさん、凄いですね。そうです。スッツランドから老犬の防犯犬をただ同然で買取って、高値で売っているそうです。我が国では犬の年齢などわからない人がほとんどですから」
「防犯犬には登録が必要で、首輪には登録番号が記されています。
闇ルートで購入した連中は、多分偽登録番号をつけているでしょうから、動物愛護施設で犬の健康チェックもできません。騙されていても気づかないでしょうね」
動物愛護施設ではサンエットの指示通り、飼い主を見定めてから防犯犬を譲り渡している。故に、飼い主不適正と判断された金持ちの中には、不正な方法を使ってでも手に入れたい者も出てくるのだろう。そしてそれが使い物にならないとわかったらどうするか、考えなくてもわかる。
これを聞いたらサンエットはきっと悲しむだろう。
「奥様、これはあまり猶予がありませんね。早く決着をつけませんと、あの方々は暴走する恐れがあります」
俺がこう言うと、母は大きく頷いた。
ちなみにあの方々というのは、ココッティ将軍と彼の娘のサンエット嬢の事である。あの二人の動物愛は半端ではなく、老犬虐待を知ったら、理性的に行動ができるか甚だ疑問なのである。