64 嫉妬といびり
一章分の文章を消してしまい、また最初から書く羽目になりました。
ー涙目ー
クリステラ先生の所へ向かう馬車の中は、俺にとってとても居心地の悪いものだった。
まるで女性の中に男が一人でいるような感じだったからだ。
俺の目の前には、長年社交界の花と言われている、華やかで上品で美しい母親。
その隣の俺の斜め前には、祖母譲りの派手なピンク色の髪に、父親と同じ黒い瞳の、外国にまでその存在を知られるほど可愛らしい妹。
そして、いつものように俺の隣に座っているのは、俺の大切な恋人・・・なのだが、今日は侍従べルークではなく、侍女ベルルとして座っている。素顔の美しさとはまた違う、飛び切りの可愛らしい姿で。
「お兄様、今日は絶世の美女達に囲まれて、本当に幸せね!」
イズミンが言った。
「ああ、そうだな」
確かにこんな所を同級生達にでも見られたら、きっと羨ましがられるだろうさ。普段から、君の周りはみんな華やかで美しい人ばかりでいいね、と言われているんだから。そしてその後に必ずこうも言われる。それなのに、何故君だけ地味なんだい?
そんな事言われてもなあ。綺麗なものに囲まれていれば、周りも侵食されて綺麗になるってもんでもないだろう。
それに、大体美人は三日で飽きると言うじゃないか。生まれた時からこうも美人に囲まれていたら、自身の事も含め、そりゃ美醜になんかいちいち気にしなくなるもんさ。
ただし、最近は少し違うかもしれないが。長年一緒にいるのに、べルークを見ると以前にましてドキドキ感が半端ないのだ。特に今日はなんかとても不思議な気分だ。
俺の適当な返事にイズミンは不服そうに頬を膨らませた。
「なんですかぁ、その素っ気ないお返事は! 私の事は見飽きたかもしれませんが、ベルルを見て下さいよ。かわいいでしょ。こんな可愛らしい女性はそうそういませんよ。普通、お隣になんか簡単に座れやしませんよ。贅沢なんですよ、お兄様は!」
「その通りよ、ユーリ。こんな愛らしい子なんて滅多にお目にかかれないのよ。私が男だったら、即、プロポーズするところだわ。
まあ、見掛けに依らず、所作が大雑把過ぎるけど」
「母上・・・・・」
「申し訳ありません・・・・・」
母上までイズミンの話に同調するとは、何を考えているんだ。ベルルことべルークが困っているじゃないか。
女性ってこうやって人をからかうのが好きだが、男は苦手なんだよなぁ。どんな風に応えたらいいのかさっぱりわからない。
その上、イズミンはこんな爆弾発言をした。
「お母様、もしかしてベルルに嫉妬しているんですかぁ? そりゃ、ベルルはまだ十五歳でぴちぴち透き通るようなお肌で、とってもかわいいですもんね。
でも、お母様だって、まだまだお若くてお綺麗ですよ。来年あたりにはもうお祖母様になるかも知れないなんて、とても見えませんわ!」
「イズミン!」
母上に何言ってんだ! 驚き過ぎて口をパクパクさせてるぞ! いつもの六歳児の振りはどうしたんだ?
「それとも焼きもちを妬いているんですか? さっきも嫌味言っておられたし、昨日もベルルに対してスパルタしていましたよね。嫁いびりですかぁ?」
「何を言うの? ベルルは私にとって実の子同然なんですよ。嫉妬や焼きもちを焼くわけがないでしょう。この子の為に厳しくしただけです! それに、私が嫁いびりなんてするわけがないでしょう!」
母は深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、娘を睨みつけながらこう言った。
俺はいい加減にしろよ、とイズミンに目で言った。妹も兄同様俺の言いたい事はわかる筈なのに、フン!と無視してこう言葉を続けた。
「確かにザーグルお兄様が結婚しても、お母様はアルビーお姉様を虐めたりしないでしょうね。でも、ユーリお兄様の場合はどうなんでしょうか。
お母様は私同様、ユーリお兄様に執着されてますから。たとえどんな素晴らしいお相手だとしても満足できないのではないですか?」
イズミンの大人びた、とんでもない発言に母は再び絶句した。ベルルなどは真っ青になっている。今までだって、散々イズミンにいびられているのに、今度は母上にまでいびられたら恐ろしいよな。お願いだから、俺から逃げないでくれ!
「イズミン、お前、ふざけるのもそこまでだ。そろそろ空気を読めよ。これから大事な用事があるのに、母上とベルルの気力を削いでどうするつもりだ」
妹は初めてその事に気付いたという振りをしてニッコリと笑った。
「ごめんなさい。でも、この前読んだご本に、息子を溺愛する母親が嫁いびりをしたせいで、家庭が崩壊するというお話があって、それがうちの家族構成と似ているので、怖くなってしまって」
お前はまだ六歳だというのに、何て本を読んでいるんだよ。
「あなたまさか、乙女小説を読んでいるの?」
「はい。今、サロンではその小説のシリーズが大人気なんですよぉ。お母様、読んだ事ありますかぁ?」
母の問いに妹はあっさりと答えた。乙女小説?! なんだそりゃ!
知ってるかとベルルの顔を見ると、知らないと首を振った。だろうな。
ところが、母はこう言った。
「ええ、読んだわ。嫁姑や小姑問題、それに夫の浮気騒動をテーマにした小説の事でしょ。あんなお話ばかり読んでいて、結婚するのが怖くならないのかしら?」
えっ? 母上までそんな俗な小説を読んでいるのですか? どこで手に入れているんです? 御用達の本屋ですか? 変な噂がたったらどうするつもりですか?
影の司令官の細君で、国の頭脳と呼ばれている宰相の姉、才気煥発と名高い、高貴な母上のイメージが・・・・・
「ほら、ミニストーリアもそろそろ結婚するでしょう? だからあの子も嫁姑問題に色々不安になってきたのよ。ほら、アーグス様は一人息子でしょ。だから結婚前に勉強しようと思ったらしいの。
それで、『ザーグルお兄様も結婚式が近いし、参考になるかもよ』と言って貸してくれたのよ」
母の言葉に俺は、控えめで穏やかな優しげなガストン元侯爵夫人を思い浮べ、むしろ夫人の方が鬼嫁対策の為に、その乙女小説とやらを読むべきなのでは? と思った。するとイズミンが小さな声で呟いた。
「お姉様には必要ないと思いますが、ユーリお兄様とベルルは馬鹿にしないで読んでおいた方がいいと思いますわ。だって、二人揃って、女性心の機微に疎いんですもの」
「確かにね。女性の嫉みや妬みって恐いのよ。でも、私は息子達の想い人を虐めたりしないから安心してね。
それに、あなたへの厳しい躾教育は私の愛情の証だから、これからも、ちゃんと身につくまでマナーレッスンしましょうね、ベルル」
母が極上の笑みを浮かべて言った。恐い。それに、女装はもうさせる気はないなのでレッスンは結構ですよ。
イズミンが立ち上がると、ベルルの隣に膝立ちして、彼の耳元でこう囁くのが聞こえた。
「本当にお母様対策に本を読んでおいた方がいいと思うわ。それと、私とお母様の二人がかりだとベルークがもたないと思うから、私、もうベルークとはお兄様の事で争わない。だから安心してね、未来のお義姉様!」
何言ってんだぁ、イズミン! ベルルことべルークが沸点に達しそうなほど真っ赤になっていた。
イズミンもそろそろカミングアウトしそうですね! いや、もうしてるし、お母様、気付いているかもですね。子供をきちんと見ている人ですから。




