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61  兄弟姉妹の団結

「奥様、ミニストーリア様、もうその辺で。べルークには注意するように、私が厳しく言い聞かせますので」

 

 カスムーク氏が俺を見かねてこう言ってくれが、女性陣はそれでは納得してくれなかった。

 

「何を言っているんですか、カスムークさん。べルークに何を言っても無駄な事くらいわかっているでしょう? 

 べルークはユーリの傍からけして離れないんですよ。どんなに危険だとわかっていても。ねぇ、お母様」

 

「そうですとも。ですからユーリがきちんと認識しなければいけないんです!」

 

「お兄様、これ以上べルークを危険な目に合わせるなら、今度こそ私の侍従にしてもらいますよぉ〜」

 

 その時、ジョルジオさんが口を挟んだ。

 

「祭りの時は俺が二人の護衛をしますよ。絶対に二人に手を出させませんよ。安心して下さい」

 

 確かに英雄ジョルジオさんが側に付いていてくれれば、余計な護衛はいらないだろう。しかし、母達が言っている意味は、さすがに俺でもわかる。先日イズミンに窘められたから。

 

 先程の馬車の中のべルークは、見る者全てを魅了するような美しさだった。よくキスだけで我慢出来たものだと自分を誉めてやりたいくらいだ。

 そんなべルークがもし誰かに囚われでもしたら、何をされるかわかったものではない。もしそんな事になったら、俺は間違いなく相手を殺し、自分も正気ではいられないだろう。

 

「絶対にもう、勝手に出歩かないし、べルークを危険な所へは連れて行きません。誓います! すみませんでした」

 

 俺はご婦人達に素直に頭を下げた。しかし、横目で盗み見ると、べルークは不満げな顔をしていた。彼は本当に自分の価値や魅力を認識していない。俺以上に。

 

 その後、べルークは再びマリー嬢の話を続けた。

 スウキーヤ男爵家では正妻は既に亡くなっていて、男爵が以前から商売を任せていた愛人を屋敷に連れ込んでいた。

 故に跡取りの長男とスペア扱いの二男、そして完全無視された状態の三男は屋敷を出て、別の場所に一緒に部屋を借りて住んでいるという。

 仕事で屋敷に訪れる際は、三人ともマリーに優しくしてくれるのだそうだ。

 そして月に一度、父親は愛人と共に隣国へ仕入れの為の出張に出掛けるので、それを見計らって、兄弟達は一堂に(かい)するのだという。正妻との子五人と、他所で作った子供七人の計十二人が・・・・

 

 みんなが集まる場所は正妻の娘である二女のクリステラの家である。彼女は人気の(しつけ)教室を開いているので、人が大勢集まっても怪しまれない。しかも彼女の夫が貿易省に勤務する事務官なので、スウキーヤ男爵が隣国へ出張する日時を把握する事が出来る。

 以前は、それぞれが家族同伴で集まったので、それはにぎやかで楽しい集まりだったという。しかし、マリー嬢を皇太子の愛人にしようという話が出てからは、皆、家族は家に残し、内緒で兄弟だけで集まるようになった。兄弟達は父親に対して、もう我慢の限界を迎えていた。

 

 マリーの兄達は、父親の汚い商売の手伝いがとことん嫌になっていた。しかも、父親の側にいてはいつまでも結婚する事が出来ない。

 それは給金が少ないせいもあるが、女性と付き合うとすぐに父親に奪われてしまうのが大きな原因である。

 

 もちろんそれは女性の方が父親の見てくれと金回りの良さに気移りする場合もあるが、強引に奪われてしまう事もある。後者の場合は女性に申し訳なくてたまらない。故に、三人とも女性と付き合う事を止めたのだった。

 

 また他所で作った息子達は、一切の養育費を支払ってもらえなかったのに、息子達が商売を始めて利益を出すようになると、それに目をつけられ、仕事を横取りされていた。

 

 そして政略結婚をさせられた娘達は言わずもがなである。


 あの男は敵だ。これから先も何をするかわからない。そして自分達にも何を要求してくるかわからない。

 被害が自分達だけにとどまるのならまだ我慢も出来よう。しかしこのままでは、それが家族、いや、周りの一般の人にまで害が広がるだろう。それだけは、なんとしても阻止しなければならない。

 どうにかしてあの男を潰さなければならない。

 

 長女のナタリアと二女のクリステラの二人が他の兄弟達に呼びかけて、皆でスクラムを組む事にした。一人では無理でも大人数で組めば、巨大な敵にも対抗出来るのではないかと。

 

 

 べルークの話を聞き終えて、ジェイド家のダイニングは暗いムードに包まれた。

 世の中、悪党はいくらでもいるが、ここまで自分の子供に鬼畜な真似が出来る親はそうそういないだろう。実の子供にここまでするのだから、他人には何をしているのかは、おおよそ見当がつくというものだ。

 

 近衛騎士団や警護隊の方々にスウキーヤ男爵のお子さん達の調査を依頼したが、マリー嬢からの情報だけで十分だったかも知れないと俺が言うと、裏取りは必要だよ、と兄に言われて頷いた。

 

 俺は今朝、ダンス教室へ行く予定のイズミンに、ナタリア=ツッター子爵夫人宛の手紙を頼んだ。べルークの主として、今回のマリー嬢との件について話をしたいと。

 すると、夫人はその場で返事を書いて、イズミンに手渡してくれた。俺はその手紙をみんなの前で読んで聞かせた。

 

『この度は、皇太子殿下の誕生日パーティーにおきまして、妹のマリー=スウキーヤが失態をする前に未然に防いで頂きまして、本当にありがとうございます。

 そして、要らぬ噂がたち、ご迷惑をおかけしました事を心よりお詫びいたします。

 今後の対策についてなるべく早く協議なさりたいとの事ですが、こちらも同様に考えております。

 当方のイズミン様のレッスン日ですと、来週になってしまうので、もし、よろしければ、妹クリステルの方のレッスン日では如何でしょうか?』

 

 レッスン日なら要らぬ噂もたたなくて済むという配慮だろう。

 

「そのレッスン日とはいつなんだね?」

 

「明後日ですわ。私がユーリとイズミンと共に伺いますわ。先生方には日頃のお礼を申し上げたいと思っておりましたし。」

 

 父の質問に母が答えた。

 

「母上も行かれるのですか? 危険ではありませんか? もしこの件に巻き込まれでもしたら・・・」

 

 兄が心配そうにこう言うと、母はニッコリと微笑みを浮かべた。

 

「子供が通うレッスン教室にユーリ達だけで行ったら怪しまれるでしょう? それに、年長者として先生方を慰めて差し上げたいと思うのよ」

 

「そうだね。そうしてあげなさい。ユーリ、母上の事をよろしく頼むよ」

 

「はい。わかりました」

 

 と俺は力強く頷いた。

 

 それからカスムークさんの調査によると、スウキーヤ男爵は現在愛人と共に、例の隣国へ買い付けに出かけており、あと数日は戻ってはこないだろう、との事だった。昨日のうちにべルークからマリー嬢との話を聞いて、すぐに動いたらしい。さすが元凄腕諜報部員だ。

 

「その貿易ももしかしたら密輸かもしれない」

 

 と、カスムーク氏は言った。さもありなん。

 

 その後すぐに、明後日にクリステル=マーリーン子爵夫人宅で会談をしましょう、という旨の手紙を母がしたため、バーミントとベスタールが姉妹宅へそれぞれ届けた。

 

「例のナリステ侯爵とその仲間の伯爵達の方ですが、どうも土地に絡む詐欺事件に関わっているみたいですよ。今日、近衛騎士団から聞きました。多分、黒幕はスウキーヤ男爵ですね」

 

 兄が言った。パーティーからたった二日でここまでわかるなんて、みんな凄いな、と今更ながら俺は思った。

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