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59 聖女認定

三年前の癒やしの魔剣事件の、ヤオコールさん視点でのお話です。

 案の定、子供達は魔人のいる牢獄に着く前に次々と邪悪な闇のオーラに耐えきれずにしゃがみ込んでいった。

 ヤオコールはイライラして叫んだ。お前達は何をしにここに来たんだと。

 すると列の一番先頭にいた、黒髪のおとなしそうな地味な少年が、隣の美形少年の肩を抱きながら怒鳴った。

 

「俺達は、贖罪を願う者の手伝いに来たんだ。わかるか? あくまでも手伝いだ! 訓練もしてない、何の魔力も持っていない聖歌隊の子供達に無理強いするな!」

 

 騎士を上回るような怒声で言い返されて、騎士及び周りの者達が驚いたように黙った。ヤオコールも。少年の言う事はもっともだ。ついイライラして子供達に当たってしまった事、配慮がなかった事を後悔した。

 

「それではどうすればいいのだ?」

 

 とジェイド伯爵が尋ねると、少年はこう言った。

 

「そもそも大勢の罪人を前にして、子供に歌を歌えなどと、無茶な話だ。」

 

「まずとりあえず、一人ずつここへ連れてきて下さいよ。一人なら、貴方達はプロなんだから制御できるでしょ?」

 

 この地下牢獄にいる三分一は、闇のオーラの影響を受けても構わないと思われている、更生不可と認定された極悪非道な犯罪者だが、残りは魔人である。癒やしの魔剣を試そうというのなら、連れてくるのは魔人だ。

 

 この少年は罪人の贖罪のために来たと言っているが、どこまで事情を知っているのだろうか? 罪人とはすなわち、魔人の事だという事を知っているのだろうか? そんな疑問を抱いたが、プロでしょ? と言われて、無くなりかけていたプライドがむくむくと沸き上がってきて、

 

「わかった! すぐに連れてくる! 待ってろ!」

 

 と怒鳴って、魔人のいる牢獄へ向かった。いつもの様に仲間が癒し魔法をかけて一瞬おとなしくさせている間に、ヤオコールが一人の魔人に、鎖を巻き付けた。

 そしてそれが、あんなに嫌だった地下牢獄の仕事の、仕事納めとなったのだった。

 

 

 その後、ヤオコールが最後に鎖を巻き付けた魔人が、自分の祖父だとわかった時の衝撃は、計り知れないものがあった。

 自分とは十も年が違わないように見える青年が、何と自分の祖父だとは。

 

 最初はアルビーという少女が聖女様なのかと思った。確かに彼女にも癒やしの力はあったが、彼女一人では一人の魔人ですら人間には戻せなかった。

 そこに黒い髪の少年ユーリの癒やしの歌声が加わった事で、癒やしの魔剣は最大限まで力を放って、一気に多くの冒険者達を元の姿に戻した。

 

 彼は魔人達を元の人間に戻しただけでなく、国の転覆を図った逆賊をその仲間とともにあぶり出した。陛下はたいそう喜ばれて、好きなだけ褒賞を下さるとおっしゃったそうだ。

 しかし彼が望んだのは元冒険者達の為の施設と、彼らが現代の暮らしに適応できるようにする為の教育だった。

 

 もしあの時、彼があの政策を希望してくれなかったら今どうなっていたかわからない。

 せっかく元に戻っても、家族も友人もすでにいない現実に耐えきれなかった人が多分たくさん出たに違いない。また、社会に適応出来ず、せっかくの名誉を汚してしまう人も。

 しかし、今では彼らは全員すっかりこの社会に順応して、お互いに連絡をとりあいながら、祖父のように穏やかに生活をしている。

 ヤオコールは、当時まだ十三歳だったこのユーリに畏敬の念を抱いた。

 

 そして、癒やしの魔剣事件の後間もなくして、ヤオコールは城内から北の警護隊へ移動になった。

 配属になって暫くして、彼は野犬狩りの仕事が入ってこない事に気付いた。

 騎士団に入って間もない頃、警護隊に配属された同期の友人達から、野犬が増えていて、それを退治するのが容易ではないという話を聞いていたからだ。

 

 そこで先輩騎士にその事を尋ねると、今ではほとんど野犬はいない、と聞かされて驚いた。

 ヤオコールはこの数年、自宅と王城の往復だけであまり市井の様子を知らなかった。

 

 なんでも二年程前に犬の飼育本がベストセラーとなり、むやみに犬を捨てたりする人がほとんどいなくなったのだという。

 また動物愛護施設というものができたので、野良を見つけると積極的に市民が捕まえて、そのセンターへ連れていってくれるようになったのだという。警護隊の野犬狩りにあったら可哀想だという事で。

 

 警護隊だって何も好き好んで野犬狩りをしていたわけではない。魔犬や魔獣ならともかく、人間の勝手で増えて捨てられた犬達を捕獲して処分するなどという任務は出来ればしたくない。ただ市民の安全の為に仕方なくやっているのだ。

 

 この飼育本と動物のための施設をつくったのは、なんとココッティ将軍のご令嬢、サンエット=ココッティという当時まだ十一歳の少女だったという。

 そして最初にその構想を練ったのは、彼女の幼なじみで『影の司令官』軍事務局長ジェイド伯爵のご子息らしい。

 

「ご子息って、まさか・・・」

 

「二男らしいよ。でもこれ口外無用事項だから、その辺はよろしく」

 

 先輩の言葉に絶句した。あの黒髪の少年が、野犬をなくしたのか。やっぱり彼は聖女様だ!


 祖父の事があったので、その後も少年との付き合いは続き、そのうちに親しい友人関係となり、軽口もたたけるようになっていった。

 しかし、ヤオコールにとってユーリの存在はずっと畏敬の対象であり、聖女様だったのだ。けして軽口やあだ名でそう呼んでいたわけじゃない。

 

 

 ヤオコール氏の話を聞いて、俺は暫くの間目を瞬かせていた。まさか彼がそんな風に俺を思ってくれているとは思わなかった。ただの糞生意気な弟、面倒な年下の友人くらいのポジションかと思っていた。

 俺は基本的には年上の人間には少し小生意気、だけど愛嬌のあるかわいい弟キャラを演じていたが、ヤオコールさんだけにはかなり地を出して付き合ってきたのだ。そんな俺に畏敬の念って!

 

「ほらね、君はいつも自然体だ。いい事をしてやろうとか、人の為にしてあげようなんて、そんな事考えて行動している訳じゃない。そんな所が凄いと思うんだよ。君は俺にとっては聖女様なんだ。もちろん、これからは心の中だけで呼ぶ事にするが」

 

「是非ともそうして下さい」

 

 恥ずかし過ぎて声の出ない俺の代わりに、べルークがこう言った。そしてこう続けた。


「わがジェイド家の『傷の湯』には大怪我しないと入れないと、ユーリ様はおっしゃいましたが、たまになら入りに来て下さって結構ですよ。お祖父様とご一緒に」

 

「えっ?」

 

「ユーリ様が攻撃魔法で温泉を見つけたというさっきの話は本当の事なんですよ。夕べ、お祖父様はもう入られましたよ。

 でも、絶対に、絶対に今度こそ誰にも話さないで下さいね。話したりしたら、今度こそ牢獄へ入ってもらいますからね!」

 

「えーっ!!」

 

 温泉の件が作り話ではなかった事を知ったヤオコール氏は、驚いて物凄い大声をあげたが、防音設備の整った部屋だったので、外へ漏れる事はなかった。

 

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