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58 ヤオコールの憧れ

べルークがまた活躍します。ユーリの無くてはならない相棒として、確実に成長しています。

 馬車が警護隊の北の詰所に着き、俺達四人は建物の中へ入って行った。すると、ヤオコールと数人の顔見知りの騎士達が急ぎ足で近づいてきた。

 俺がアンドレアを紹介しようとした瞬間、ヤオコールが口を開いた。

 

「ユーリ君、君、水臭いじゃないか。魔力持ちだって事隠しているなんて。岩も砕くんだって? 怪我も即座に治せるんだって? しかも呪文無しで。凄いハイスペックだよなあ。さすが我らの聖女様だよな!」

 

「「聖女様?」」

 

 アンドレアと彼の侍従のモーリスの頭に?マークが浮かんだ。おい! 俺は大声でこう言った。

 

「こちらはアンドレア=カラヤント君。そしてこちらが彼の侍従のモーリス君です。自ら昨日の説明をしに来ました!!」

 

 ヤオコールと騎士達はビシッと固まった。そして冷や汗を流し始めた。

 彼らは陛下の勅命(ちょくめい)を破り、現時点で犯人の仲間と疑われている人物の前で、俺の秘密を暴露したのだ。やっちまったな。

 

 癒やしの魔剣の持ち手はアルビーと俺の二人だが、これは国のトップシークレットなのだ。そして癒やしの魔剣の持ち手は、通称、聖女様と呼ばれているのだ。

 俺と一緒に来たから、エミストラのように俺の友人だと思ったのだろう。

 

 詰所の建物の中はシンと静まり返った。妙な雰囲気に包まれて、アンドレアとモーリスは怯えたように俺を見た。

 どうするかな? 本来なら自己責任という事で、ヤオコールにどうにかして欲しいところだが、無理だろうな。俺が何か適当な事を言うとした時、隣のべルークが口を開いた。

 

「相変わらずですね、ヤオコールさん。もう、貴方には大事な事は話しませんよ。噂が広まってたくさんの人が我が屋敷に殺到したら、どう責任をとってくれるのですか?」

 

「済まない」

 

 ヤオコールさんは隣の同僚に向かって両腕を差し出したので、同僚は動揺して周りを見回した。

 

「何のつもりですか?」

 

 冷たいべルークの言葉にヤオコールは、両腕を前方に突き出したまま、申し訳なさそうな顔をした。

 

「俺は勅命を破った。裁きはきちんと受ける」

 

 するとべルークは片方の眉を釣り上げた。

 

「勅命なんて大袈裟な事言わないで下さいよ。そんな事言って逃げる気ですか? 牢獄に入るより、我が屋敷に押し寄せるであろう人達の対策でもして下さいね!」

 

「? ? ?」

 

 俺を含め、この場にいる全員の頭に疑問符が乗っかった。

 

「あのう、聖女様ってなんの事ですか?」

 

 空気が読めないのか、モーリスがこう尋ねたので、アンドレアが思わず侍従の口を手で塞いだ。彼には状況判断能力がそこそこあるらしい。さすが学年二位の男だ。

 すると、学年一位の男が二位の男の顔を見ながらこう答えた。

 

「それはユーリ様のあだ名です。男なのに聖女と呼ばれるのは嫌だ、といくら言っても止めてくれないんです。

 何故そのあだ名がつけられたかですか? それは、ユーリ様が騎士や軍人の皆様の大好きな『傷の湯』の源泉を見つけたからですよ。

 皆様そりゃ大喜びで。もう、泊まりがけで湯治場に行かなくてすむと、ありがたがって、ユーリ様を聖女呼ばわりしている訳です。

 先日ようやく設備が整ったばかりなので、誰もまだ入浴はしていないのですがね。

 我が領地内に湧き出した温泉の事は、まだ一部の人達しかご存知ないのです。知られたら、我が屋敷はパニックに陥りますからね。ですから、温泉の事とその由来の女神様の呼び名は禁止なんです。それなのに・・・」

 

 さすがだ、べルーク。嘘の中にいくつかの真実を混ぜ込んで話しているので無理がない。

 

「罰として、ヤオコールさんはうちの温泉には入れませんからね」

 

「それだけは勘弁願えませんか? 俺、『傷の湯』に入るのが夢なんです」

 

「駄目ですよ。まあ、仕事で大怪我でもしたら、その時は考えてもいいですけどね」

 

 俺がそう言うと、本当に嫌そうな顔をして、

 

「縁起悪い事を言わないでくれよ」

 

 と情けなく呟いた。

 魔人や闇のオーラは恐れないのに縁起は担ぐんだから、ヤオコールの感覚はよくわからない。

 

 べルークの機転でとりあえずその場は収まり、警護隊の騎士達もどうにか通常モードに戻った。そして俺からアンドレア達の話を聞いた後、彼らを取り調べ室へと連れて行った。

 

 そして俺達は昨日と同じ、一番盗聴されにくいという部屋へ通された。

 

「昨日に引き続き、本当に申し訳ない。べルーク君、先程は助かった。ありがとう」

 

 ヤオコールは俺達に頭を下げた。

 

「俺の中でヤオコールさんの評価がだだ下がりです」

 

 俺は容赦なく言った。秘密なんて所詮漏れるもの。そう思って最初から対策しておくべきものだとはわかっているが、一応機密保持契約を最低限順守してくれないと、騎士を信用できないし協力できない。

 俺の癒やしの魔剣に関する能力がばれるという事は、なし崩しにアルビーの事も知られてしまう。そして家族や我が家の関係者にも、どんな災いがふりかかるかわからないのだ。

 

「弁解のしようがない。べルーク君の警護をしていた仲間から、君がハイスペックホルダーと聞いて、すっかり舞い上がってしまった。俺は本当に君に憧れていて・・・」

 

 ヤオコールさんはすっかり萎れている。

 

「憧れってなに言ってるんですか?

 十も年下の人間に」

 

「畏敬の念を持つのに、相手の年齢は関係はない」

 

 ヤオコールさんは真摯な目で俺の事を見つめた。そして話し始めた。

 

 

 ヤオコールさんは幼いころからずっと、母親がまだ幼い頃に行方不明になった、祖父のジョルジオさんの英雄伝説を聞いて育った。

 それ故にいつしか騎士や冒険者に憧れ、それを目指すようになった。そして武道や乗馬に励み、いくつかの競技大会に参加して良い成績を出し、憧れの騎士になった。

 

 しかし、最初に彼がついた仕事は城の地下牢獄の見張り役だった。それも冒険者のなれの果ての魔人担当の。

 彼は憧れていた冒険者の変わり果てた姿に驚愕した。人々の為に戦った結果がこれか? あんまりだと思った。しかも、彼らをどう扱えばいいのか全くかわからなかった。

 

 何せ魔人には言葉も感情も一切伝わらず、彼らは動物以下の怪物だった。どう従わせればいいのかさっぱりわからなかった。

 むちや棍棒でたたくなんて嫌だし、剣を使うなんてとんでもない。では、どうすればいいのか。

 

 先輩方は彼らをどうしても移動させたい場合、魔法を使った。まず癒し魔法でほんの僅かではあるが闇のオーラを消し去って、その間に彼らを金属の鎖で縛り上げる。そして攻撃魔法をかけながら無理矢理に移動させるのだ。

 

 魔力を持たないヤオコールさんは魔人に鎖を巻き付ける役目だったらしい。いくら薄められているとはいえ、闇オーラが漂う中で、いつ暴れ出すかわからない魔人を鎖で縛り上げるのは、さぞかし大変な事だっただろう。

 

 ずっと憧れていた騎士になれた筈なのに、ヤオコールさんは騎士になった事を後悔した。自分が何をやっているのかもだんだん麻痺をしてきて、毎日ただ義務として職務をこなしていた。

 そんな時にあの癒やしの魔剣騒動が起きたのだ。

 

 魔人になった冒険者や騎士達を元に戻す魔剣・・・話には聞いていたが、単なるお伽話(とぎはなし)だと彼は思っていた。そんな物があるなら、魔人のままで英雄達をこんな風に地下牢獄に閉じ込めておく必要なんてないのだから。

 

 ところが、実は癒やしの魔剣は長い間紛失していたという。そして、その魔剣と思われる剣が見つかったので、魔人で実際に試したいというのだ。

 しかし彼はあの日も最初から期待などはしていなかった。とはいえ、城の地下牢に現れたのがまだ十三、四歳くらいの聖歌隊の少年少女と、軍人学校の学生だったので、彼は酷く腹がたった。こんな子供らに何ができるんだと!

 

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