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57 嫉妬する側される側

「先輩、本当に申し訳ありません。俺はただマリー嬢から話を聞くのだとばかり思っていたんです。

 まさかべルーク君を強制的に連れて来るとか、マリー嬢を人質にするとか、そんな事をするなんて思いもしなかったんです」

 

 アンドレアは真剣な眼差しで俺に説明した。そしてこう言った。

 

「何故彼らは手荒な事までして、べルーク君を連行しようとしたのでしょうか? マリー嬢から話を聞けばすむ事なのに?」

 

「マリー嬢の父親が彼女を皇太子の愛人にしたがっているんだよ。だから、マリー嬢に男が出来ると困るんだ。たとえそれがただの噂でもね。今回の事はべルークにマリー嬢に近づくな、ちょっかい出すなという警告のつもりだったんだろう。

 あいつらの親がスウキーヤ男爵から借金しているんだ。男爵から直接依頼されたのか、自ら進んでやったのかは知らないが、兄貴にでも命じられたんだろう。

 まあ、最初は乱暴な事をしようとは思ってはいなかったんじゃないかな。素直についてくると思っていたべルークに抵抗されて、思わずカッとなったんだろうね」

 

 アンドレアは驚きの顔をした。そんなドロドロした大人の事情とは思ってもいなかったのだろう。

 

「先輩にこんなお願いをするのは筋違いだとはわかっています。ですが、今回の事は僕がその、頭の中がぐちゃぐちゃになって、感情的になって考えもせずに行動した結果なので、きちんと罰を受けます。

 しかし、僕の侍従には何の罪もありません。むしろ必死に止めてくれたんです。それでも僕が聞く耳を持たなかったので、彼は僕を心配して一緒にいただけなんです。

 どうか、彼のことだけは見逃してもらえないでしょうか」

 

 主と侍従の関係はある意味、親や兄弟、妻や恋人より深いかもしれない。一番長く一緒にいて誰よりも相手の事を知っているのだから。それなのに侍従をただの使用人としてしか考えていない者も多い。ただ自分の命令を聞いていればいいのだと。

 しかし、アンドレアはちゃんと一人の人間として侍従と向き合っているらしい。侍従もそうだ。ちゃんと主の行動を諌めようとしたというのだから。

 そんな人間なら信じてもいいだろう。甘いかもしれないが俺はそう思った。

 

「どう判断されるかはわからないが、警護隊に知り合いがいるから、俺からも今の話をしておこう。多分侍従君の方はお咎めがないだろう」

 

 俺がこう言うと、アンドレアはホッとした顔をして、再び深くお辞儀をした。

 

「君が嫉妬でカッとなって、正しい判断が出来なくなったというのは、俺もわからない訳じゃないよ。

 でも、男が数人がかりで女性から話を聞こうというのはいかがなものかと思う。相手の立場を少しは考えた方がいい。女性からすればそれは酷く恐ろしい事だ。しかも、相手が高位貴族となれば、逆らえば親や身内に迷惑がかかるかもという恐怖もある。

 今回の件で君に罪があるとすればそこだな。今後は気をつけた方がいいね」

 

 俺が珍しく説教じみた事を言うと、アンドレアは素直に「はい」と頷いた。ちょうどその時、べルークが青ざめた顔でこちらに走って来た。そして俺とアンドレアの間に立つと、べルークは同級生をグッと睨んだ。

 

「ユーリ様、大丈夫ですか? 

 アンドレア君、僕の主をこんな所に呼び出して一体どういうつもりですか?」

 

 長年の思い人に激しく睨まれて、アンドレアは酷く辛そうだった。本当なら俺だって、最愛のべルークを危険な目にあわせかけた彼は許しがたい相手だ。しかも、かつて交際を申し込んだ憎きライバル。

 しかし、芝居だとわかっていても、マリー嬢とべルークが親しげに話す姿に、俺だって嫉妬してかなり辛かった。アンドレアの気持ちが多少なりとも理解出来るので、同情心が湧いた。

 

「心配ない。何もされていないよ。というより、昨日の説明を聞こうと俺の方が彼をここに呼び出したんだ」

 

「「えっ?」」

 

 二人が同時に驚いた。アンドレアはまさか俺が自分を庇うとは思っていなかったのだろう。

 

「長年のお前のライバルは、俺達が思っていたように、卑怯な真似をしようとしていたわけではなかったようだよ。ただ皇太子殿下を心配して、マリー嬢から説明を受けようとしただけらしい。

 ナリステ先輩方とは仲間どころか知り合いでもないそうだよ」

 

 俺の言葉にアンドレアは、先程と同じ様に腰を直角に曲げて謝罪した。

 

「君を危険な目にあわせてすまなかった。ただマリー嬢から話を聞きたいと思っただけだったのだが、俺が短慮過ぎた。本当に申し訳なかった。これから警護隊へ出頭するつもりだ」

 

 アンドレアの言葉と態度にべルークは驚いた様子だ。他の人が見れば平然としたクールな表情としか見えないだろうが、俺にはわかる。

 

 長年のライバル? いや、そんな事は思った事はないけど・・・

 危険な目? いや、あれくらいどうという事ないけど・・・

 腕の筋を捻ったのも自分が油断していたせいで・・・

 皇太子の心配? していたわけないよな・・・

 

 べルークが思っている事が手に取るようにわかる。だが、絶対に口にしないでくれ! 元の世界の言葉なら武士の情けだ。

 

「こんなに反省しているから許してやろうよ。そして北の詰所へ一緒に行ってやろうぜ」

 

 「「えっ?」」

 

 二人は再び驚いてまた同時に声を上げた。

 

 

 俺とべルーク、アンドレアと彼の侍従のモーリスは自分の家の馬車でそれぞれ北の詰所へ向かった。その間、勝手に一人でアンドレアに接触した事をべルークに酷く叱られた。

 

「でもさ、マリー嬢とまだ仲良く話をしていたからさ、俺声をかけづらかったんだよ。嫉妬しちゃってさ」

 

 俺がわざとこう言うと、べルークは真っ赤な顔をして早口で言った。

 

「嫉妬だなんて何をおっしゃっているのですか。あれが芝居だという事はユーリ様が一番よくご存知ではないですか。僕が、僕が貴方以外の人に目を向けるなんて絶対にありえません」

 

 嫉妬するのは自分の専売特許だと思っているのか? 可愛過ぎでたまらない。俺はべルークを抱き寄せてその耳元で囁いた。

 

「信じていたって、嫉妬はするもんだろう? それはお前の方がわかっているじゃないか。愛が強ければ強いほど、それを無くすのが怖いんだ。だけど、嫉妬し過ぎて嫌われるのも辛い。だから声をかけられなかったんだよ。まあこれも、今までお前に散々辛い思いをさせてしまった報いかな」

 

 するとべルークは俺にぎゅっとしがみついて謝った。

 

「昨日は、思い知らせてやる!なんて言ってすみませんでした。嫉妬するより、される方が辛い事がわかりました」

 

「いや、どっちも辛さはおんなじさ。そして、人を好きになるって事は綺麗な感情だけじゃ無いみたいだから、これからも二人でそれを乗り越えて行こう」

 

 べルークも頷いた。そして俺はべルークにこう言った。

 

「だからさ、アンドレアの気持ちも少しだけわかってやって欲しいんだ。あいつ、本当にお前が好きだったんだ。遊びやノリでお前に告白したんじゃない。だから、マリー嬢に嫉妬して見境ない行動をしたんだ。

 もちろん、これからもお前には俺以外の告白ははっきり断って欲しい。絶対に。だけど、その気持ちだけはわかってやってくれないか? 俺がお前に告白するのに、十年近くかかったんたぜ。告白するってのは、凄く勇気がいるんだ。だから・・・」

 

「そうですね。そう言われると僕も、十年近く言えませんでした。しかも、ユーリ様の方から言って頂けなければ、僕からは一生告白出来ずにいたかもしれません・・・今まで恒例行事みたいなもんだと思って真剣に受けとめていませんでした。反省します」

 

 べルークが真面目に答えた。そんなべルークに二度目の口づけをしてから、俺はまたこう釘をさした。

 

「何度でも言うが、真剣さは受けとめても、気持ちは絶対に拒絶しろよ! 俺はお前と絶対に離れないからな!」

 

 と。

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