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55  伊達男の演技

 翌日、べルークとエミストラの三人で学校へ行くと、やはり昨日の事件の事で盛り上がっていた。

 広いエントランスには生徒達があちらこちらで群れを作って、昨日の放課後の出来事について声高々に話をしていた。

 

 そして彼らはべルークを見つけた瞬間、キャーッと声をあげた。

 

「べルーク様、おはようございまーす! 」

 

「昨日はとても格好がよかったです。さすがです!」

 

 べルークは男爵家の二男なので、貴族の子弟が通うこの学校においては、身分的には一番下の地位にいる。しかし、この学校でべルークを見下す者なんてほとんどいやしない。くどいようだが、天使や女神様を見下せるか? 


 べルークは学校のほとんどの女子生徒から『様』付けで呼ばれている。本人はそれを酷く嫌がっているが。

 以前、俺がふざけて『べルーク様!』と呼んだら、一日中口をきいてくれなかった。

 

 そこへマリー嬢がやって来た。左頬が少し腫れている。父親に殴られたのだろうか? なんて奴だ、スウキーヤ男爵!

 暗い顔でエントランスに入って来たマリー嬢は、べルークを見つけた途端、ぱっと顔を輝かせて、べルークを見つめたまま、こちらへ駆け寄ってきた。

 

「おはようございます、べルーク様。昨日は助けて頂いてありがとうございました」

 

 べルークはマリー嬢が一番に自分に挨拶をした事に、少し戸惑った様子だった。

 

「おはようございます。マリー嬢、こちらが僕の主のユーリ=ジェイド様です。一昨日のパーティーでお会いしましたよね。それに昨年の秋祭りで貴女を助けて下さった方ですよ」

 

 べルークの言葉にマリー嬢は驚いた顔で、初めて俺の顔を見た。多分、去年も一昨日もべルークにだけ関心がいっていて、俺の顔なんて目に入っていなかったのだろう。

 彼女は初めて俺の顔を凝視した。そして、慌てて淑女の礼をした後、俺にお礼と謝罪の言葉を口にした。

 

 恐らく他の人にはわからないだろうが、べルークが密かに腹を立てている事がわかる。べルークは俺が他人から見下されたり、軽んじられたりする事を何よりも嫌うのだ。

 

 助けてもらいながら俺の顔も覚えていなかった事が面白くないのだろう。しかし、そんな事はいつもの事だ。俺は黒髪が少し目立つくらいで、その他は地味で特徴もないので、他人からしたら記憶に残りにくいのだろう。

 その上、いつも俺の傍には人の目を惹くべルークがいるのだから、余計に人の意識は俺には向かない。

 

 目立ちたくなかったので、その方が俺にとっては都合が良かったのだが、何もべルークを目くらましにしようとしていたわけじゃない。

 そして昨日、母とイズミンに言われた。もう隠れていてはいけないと。


 そう、これからはべルークを全面に出さず自分が表舞台へ出なければ、今回のように彼を危険な目にあわせてしまう。後方からだけでは、そろそろべルークを守れなくなっている。

 

 べルークに手を出したらどんな目に遭うのかを、相手に嫌と言う程思い知らせる事が出来るくらいには、俺も力を示さなければならない。

 

「私達は貴女の味方ですよ。色々とお辛い事もあるでしょうが、このべルークになんなりと相談して下さいね。彼なら必ず貴女の力になってくれますからね。それに私も及ばずながらお手伝いしますよ」

 

 いつもとは違う貴族的というか、主っぽい俺の言葉使いに、エミストラは笑いを必死に隠していた。

 しかし、せっかく俺とマリー嬢の噂を払拭してもらったのだから、俺達は何の関係もない事をここでアピールしておかないと、べルークに悪いからな。

 

「ユーリ様、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 

 マリー嬢が頭を下げた。すると、すかさずべルークが彼女の言葉使いを訂正した。

 

「マリー嬢。我が主の事は家名で呼んで下さい。また要らぬ噂がたちますから」

 

「あっ、ごめんなさい、いえ、申し訳ありません、私・・・・」

 

 マリー嬢はあたふたとまた頭を下げようとしたので、俺はそれを止めた。

 

「レディはそうやたらに頭を下げるものではありませんよ。それではまたお会いしましょう」

 

 俺はこう言ってから、エミストラと自分達の教室へ向かった。その際、俺はべルークの右腕にまるで挨拶でもするようにそっと触れた。そして呪文なしで癒し魔法をかけ、それと同時にお前を愛している!という気持ちを流し込んだ。

 

 べルークは驚いたように俺を見てから、『僕もです!』というように微笑みながら小さく頷いたのだった。

 

 俺は今日から早速自分の能力を余す事なく発揮する事にした。

 教師の質問には全て挙手して完璧に答え、武道の授業では力を抜かずに相手を叩き潰し、怪我をしたら癒し魔法で即座に治してやった。

 

 周りの者達は事情を知っている筈のエミストラでさえ、唖然としていた。

 

「君は癒し魔法が使えたのかね? さすがイオヌーン公爵家の血を引いているだけの事はあるね。しかし、何故今まで隠していたんだね?」

 

 教師がこう尋ねてきたので、俺は昨夜考えたばかりの事を口にした。

 

「先生、私は将来文官になりたいのです。しかし、魔力があると軍や騎士団に勧誘されて困るのではないかと思ったのです。全く自意識過剰で恥ずかしいです」

  

「先生、ジェイド君は攻撃魔力も持っているそうですよ。私は見た事がないのですが」

 

 今日の俺の様子を見て、俺が自分の能力を隠すのを止めたと察したエミストラがこう言った。教室内がざわついた。俺達の学年には癒しと攻撃の両方の魔力持ちはいないからである。

 

「それは本当かね? どれくらいの攻撃力を持っているんだね?」

 

 教師の問いに俺は頭を捻った。魔力は十段階で区分されていて、半年に一回行われる魔力能力検定で認定される。しかし、

 

「検定試験を受けた事がないのでわかりません。人前で攻撃魔力を使った事もありませんし。ただ、岩くらいなら砕く事は出来ます」

 

 と俺が答えると、武道場の中は再びシンとした。そしてやがて誰かが呟いた。

 

「パワーだけなら十段位レベルじゃないか!」

 

 と。多分、コントロール能力とか、魔力の種類とかも十二分にそのレベルに達してはいるとは思うが、あえてそれは口にしない。

 みんなは俺と組むのを避けるように、少しずつ離れて行った。

 

 魔力というものは、本人の体力に見合った力しか出せない。どんなに潜在能力があろうと、自分の身を守るために自然とそうなっているのだ。つまり、攻撃力十段という事はそれに見合うだけ体力も運動能力もあるという証明なのだ。

 俺は五歳の時から身体を鍛えてきたので、それなりに力はあるのだ。

 

 見学していた女の子達が俺にピンク色の秋波を送ってきた。そう、女子の全てがべルークのような細マッチョが好みという訳ではないのだ。

 

 俺はべルーク以外には興味がないし、たとえ女子にもてたとしても、それはべルークに焼きもちを焼かせるだけなので、なるべく避けたい。

 故にできれば女子には放っておかれた方がいいのだが、今回は俺の噂を出来るだけ流して欲しいので、見学している女の子達に向かって、爽やか?に手をあげてみた。自分でも気色悪かったが、キャーッという黄色い声があがった。

 

「よくやるよ」

 

 俺のカッコつけの演技に顔を引きつらせながら、エミストラが呟くのが聞こえた。

 エミストラは勘の良い、空気が読めるいい友人です。

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