54 温泉発掘
三人の客人達は、延々と続く我が家の暴露話に、ただただ呆気にとられていたが、エミストラがぼそっとこう呟いた。
「俺達、無事に家に帰してもらえるんでしょうかね?」
「今日はお帰りが遅くなってしまいそうでしたので、皆様のご自宅の方へは、こちらにお泊りになって頂きますと、勝手ながら伝令させて頂きました。いけませんでしたでしょうか?」
ベスタールが言った。さすが期待のホープ! 優秀だ。かすかなエミストラの囁き声さえ聞き漏らさないとは。
エミストラは我が家の秘密を知ってしまい、半分本気、半分冗談でびびっている。大丈夫、お前の事は信用している。それにたとえもし、ポロッ!と漏らしたとしたって、報復なんかしやしないよ。
「俺、いや私なんかが伯爵様宅にですか?」
ジョルジオさんが少し戸惑いがら尋ねると、キリッとしたクールなベスタールが、爽やかな笑みを浮べた。
「ジョルジオ様、拙宅には天然の温泉がございます。世界中を冒険してこられたジョルジオ様ならご存知だと思いますが、こちらの湯は硫酸塩泉でごさいます」
「なんと硫酸塩泉とな? あの『傷の湯』と名高いお湯ですか?」
ジョルジオさんが嬉しそうな声をあげた。
そう、硫酸塩泉のお湯は傷を癒す温泉として有名であり、冒険者や軍人、騎士達に人気である。しかも『脳卒中の湯』とも呼ばれ、年配者にも人気である。また、飲用しても健康にいいのだ。
「ジェイド家には天然温泉が出るのですか? 初耳です」
オルソーがまたもや驚いて言った。
オルソーが足を怪我した時には、近隣の町にある『傷の湯』へ、泊まりがけで何度も通っていたのだ。
「ああ、知らせなくて申し訳なかったな。入りたいという希望者が増えても面倒だからな。君も、親父殿が怪我でもしない限りは黙っていてくれると助かるよ。
それに、温泉は今からちょうど半年くらい前に、ユーリがたまたま掘り当てたばかりなんだよ。最近ようやく整備が終わったところでね。なあ、ユーリ?」
父は意味有りげに俺に向かって、こう言った。
ああ、やっぱり俺が見つけたって事はばれていたか。
そうなのだ。半年前、屋敷にたまたま誰もいなかった時に、庭の一番奥まった所にある、少し小高い山の傾斜に向かって、新しい攻撃魔法を試していたら、岩を一つ打ち砕いてしまったのだ。
するとその岩があった場所の下から、温泉が湧き出したんだ。なんと軍人の憧れである『傷の湯』が。
「えっ? あの温泉はユーリ様が見つけたのですか? どうしてそれを僕にまで秘密になさっていたのですか?」
俺の事ならなんでも把握しておきたいべルークはムッとした顔をしたので、俺は慌てて言い訳をした。
「いや、だって、攻撃魔法で岩を砕いて見つけたとは言えないじゃないか?
だから、庭師が山を掘り起こしていたら偶然湧き出したって事にしてもらったんだよ。父上にももちろん言ってない!」
「この屋敷の管理者はセリアンだ。庭師がセリアンに黙っているわけがなかろう。そしてそのセリアンが私に黙っているわけもない。
まあ、まさか攻撃魔法を使って温泉を見つけたとは思わなかったが」
父が当然な事を言った。そうだよな。庭師が俺の頼みなんか聞いてくれるわけないよなあ。
いくらどうってことのない岩だろうが、勝手に破壊したら自分の責任問題になるかもと怖くなっただろうし。庭師に悪い事をしてしまった。
「ユーリ様はだいたい僕を侮っていらっしゃいます。ユーリ様が魔力をお持ちな事くらい、とうの昔から気付いていましたよ。ずっとお側にお仕えしてきたのですから」
「えーっ!」
べルークの告白に俺は驚きの声をあげたが、他の者達は平然としていた。
「べルークなら気付いていても当然よね。四六時中一緒なのだから。
そういえば貴方、昔、ココッティ将軍様の家へだけは一人で遊びに行っていたでしょ。あれって、もしかしたら魔法の練習しに行っていたんじゃないの?
あそこの家の庭って、庭園というより森よね。訓練場も完備されているし。
あそこならいつも誰かが魔法術の訓練をしていたから、貴方が魔法の練習をしていたとしても誰にも気付かれなかったんじゃないの?」
「そうだったんですか?」
姉の推理は当たりだ。訓練場の奥の森の中で、俺は魔法を手当たり次第試していたんだ。やっぱり練習しないで使うのは危険じゃないか。
ただし、サンエットと二人でやっていたわけだがそれは言えない。自分がばれたからといって、サンエットの秘密までばらすわけにはいかないだろ? それに・・・
俺が頷くと、べルークははあーと大きなため息をついて肩の力を抜いた。
そうなのだ。べルークは俺が一人でサンエットの屋敷へ行っていた事で焼きもちを焼いていたんだ。だから、サンエットと二人でいた事は口が裂けても言えない。本当にごめん、べルーク。
サンエットは本当にただの幼馴染みで、同じ秘密を持つ同士みたいなもんだったんだ。俺はべルーク一筋だったんだから。
「ジョルジオ様、是非とも私に背中を流させて下さい。英雄ジョルジオ様の湯あみのお手伝いができましたら末代までの自慢になります」
ベスタールがこういうと、バーミントもそれに続いた。
「私にもお背中流させて下さい。お前もどうだい、べルーク?」
「べルークは腕を捻っているのですよ。無理をさせてどうするんですか? それにジョルジオ様がいくら立派な体躯をなされていても、三人もいては流しにくいのではありませんかね」
ベスタールが真面目にこう言ったので、ダイニングの中に笑いが起こった。その中で俺は、べルークに言った。
「右腕が痛いのでは身体を洗いにくいだろう? 俺が洗ってやるよ」
するとべルークはぎょっとして目を見開いた。しかしすぐさまいつもの冷静な顔になった。
「何をおっしゃっているのですか?
侍従が主に身体を洗ってもらえるわけがないでしょう。大丈夫です。それくらい一人で平気です」
姉とイズミンが半目で俺を見ていた。
そりゃ今まで一度も俺はべルークと一緒に風呂に入った事はないよ。幼い頃は乳母に入れてもらっていたし、学校に入る頃からは下男に背中を洗ってもらっていたから。
今思うと、主従というより幼馴染みで親友なんだから、風呂くらい一緒に入ってもよかったんじゃないかなあ。何故入らなかったのかな? いや、さすがにべルークも風呂くらいは一人でゆっくり入りたかったのかな?
「俺達の前だからいいけどさ、他ではそんな事言わない方がいいと思うよ。君とべルーク君の仲を疑われるよ」
エミストラがこう言うと、ジョルジオさんが不思議そうな顔をして、誰ともなしにこう尋ねた。
「何故べルーク君は女の子だけでなく、男子にまで告白されたり、噂をたてられたりするんだい? まあ、べルーク君は凄い美人だとは思うが」
「「「あっ・・・・・」」」
みんな思わず声を上げた。ジョルジオさんは浦島太郎だったんだ。現代社会の勉強は一応したが、取りこぼしはどうしてもあるよな。
「ジョルジオさん、二十年前からこの国では同性婚が認められているんですよ。ですから、男同士が付き合う事もあるんです。そんなに数が多いというわけでもないですけどね」
オルソーが説明するとジョルジオさんは驚き過ぎて声も出なかった。しかし、少ししてからベスタールとバーミントをこわごわと見た。
すると二人はニッコリと笑った。
「ご心配はいりません。私共は異性愛者ですので。さ、露天風呂へご案内いたします」
結局、今日はこれで解散となり、客人は庭の温泉、家の者は内風呂に入ってから就寝する事になった。
細かな対策は、明日ジョルジオさんと家の大人達で詰める事になったのだ。
俺はべルークからマリー嬢とのやり取りを聞いておきたかったが、今日はべルークも疲れているだろうし、怪我もしているので諦める事にした。
俺の部屋の前で、べルークは俺の顔を心配そうに見ながら言った。
「夕べはよく眠れなかったのではありませんか? それに、今日は色々ありましたし、お疲れでしょう。顔色があまりよくありません。早くお休みになってください」
「心配いらないよ。今日は俺にとって最高の日だったんだから。べルークの事思いながら寝るよ。お前も俺の夢を見てくれ」
俺の言葉にべルークも幸せそうに、そして恥ずかしそうに頷いた。




